東京国際空港
東京国際空港(羽田空港) | |||
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250px | |||
IATA:HND-ICAO:RJTT | |||
概要 | |||
国・地域 | 日本 | ||
設置場所 | 東京都大田区 | ||
空港種別 | 商業 | ||
運営者 | 国土交通省東京航空局 東京国際空港事務所 | ||
運営時間 | |||
標高 | 6.4 m 21 ft | ||
位置 | |||
ウェブサイト | BIGBIRD | ||
滑走路 | |||
方向 | ILS | 全長(×全幅 m) | 表面 |
16R/34L 16L/34R 04/22 | 3000 3000 2500 | 舗装 舗装 舗装 | |
ヘリポート | |||
番号 | 大きさ | 表面 | |
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リスト | |||
国際空港の一覧・日本の空港 |
東京国際空港(とうきょうこくさいくうこう、Tokyo International Airport)は、東京都大田区羽田空港にある第一種空港。空港コードはHND/RJTT。通称は羽田空港(はねだくうこう)。
目次
概要[編集]
1931年(昭和6年)8月25日開港。日本最大規模であり首都東京を代表する空港で、国内線主体にも関わらず、利用者数は世界でも有数の規模を誇る。
航空機発着回数は約28.5万回(2004年度)航空旅客数は約6,581万人(18.0万人/日・2006年)でそれぞれ日本最大(2位はいずれも成田国際空港)。航空貨物取扱量は約83.7万t(2006年)で日本第3位(2293.8t/日、1位は成田・2位は関西国際空港)。
滑走路は、
- A滑走路(16R/34L、3,000×60m、34LにのみILS設置)
- B滑走路(04/22、2,500×60m、横風用、22にのみILS設置)
- C滑走路(16L/34R、3,000×60m、34RにのみILS設置)
の3本。
発着する便のほとんどが国内線であるが、皇族や内閣総理大臣等が政府専用機等の特別機を使用する場合や、国賓・一部の公賓などが外遊・訪日で専用機・特別機を使用する際には羽田を利用する場合がある。これは羽田の方が都心に近く、沿道上の警備上の問題(成田国際空港の場合、都心までの長い距離の沿道すべてを警備する必要が出てしまう)が理由とされている。VIP(要人)専用施設として、VIP機専用スポット(V1・V2)や貴賓室(旅客ターミナルビルなどとは別棟)がある。
日本では数少ない24時間運用が可能な空港の1つ(他には関西国際空港、中部国際空港、新千歳空港、新北九州空港、那覇空港)であるが、深夜から未明の時間帯にかけては国際線チャーター便や貨物便(ヤマト運輸の「超速宅急便」などの高速宅配サービスが行われている)が発着するのみである。国内線の各旅客ターミナルビルの開館時間は、定期便の運航時間帯に合わせ、第1旅客ターミナルの南ウィングは4:30~翌日2:00頃、北ウィングは5:00~24:00頃、第2旅客ターミナルが5:00~24:00頃となっている(2006年7月時点)。
空港の設置及び空港機能の管理・運用は国土交通省東京航空局東京空港事務所が行い、各ターミナルビルの管理・運用は日本空港ビルデング株式会社が行っている。
羽田空港は東京都区内にあり利便性が高い反面、騒音問題・増便規制・小型機の乗り入れ禁止などのいわゆる羽田空港発着枠問題といった緊急に解決が必要な問題が存在する。これらの問題を解決するため現在沖合展開事業や再拡張事業が行われている。空港騒音に関しては羽田空港一帯(羽田空港一丁目~羽田空港三丁目、これらに接する地先及び水面)のみ騒音規制法(昭和43年法律第98号)第3条第1項の規定に基づき大田区長が指定する地域から除外されている。
歴史[編集]
東京飛行場時代[編集]
1931年8月、荏原郡羽田町鈴木新田字江戸見崎(旧旅客ターミナル地区付近 翌年に東京市蒲田区羽田江戸見町となる)に日本初の国営(逓信省管轄)民間航空専用空港東京飛行場(羽田飛行場)として開業。日本の民間航空黎明期における重要な飛行場であった(面積53haに全長300m、幅15m滑走路1本)。
1945年8月の第二次世界大戦終戦後はアメリカ陸軍の管理下に置かれ、ハネダ・アーミー・エアベース(羽田陸軍航空基地)と呼ばれた。なお、同年に行われたアメリカ軍による拡張工事の際は、周辺住人が48時間以内の強制退去を命じられ、言葉通り着の身着のままで追い出されたという。現存する神社の鳥居は、撤去作業のたびになぜか事故が発生したため残されている。
旧地名は羽田江戸見町(鈴木新田字江戸見崎)、羽田穴守町、羽田鈴木町(鈴木新田字宮ノ下・辰巳ノ方・巽ノ方・明神崎・鈴納耕地・堤外東南)、羽田御台場、鈴木御台場(鈴木新田字御台場・御台場耕地・辰巳島)、猟師町御台場(羽田猟師町)。
返還以後(東京国際空港)[編集]
連合国による日本占領が終了した後、1952年7月にアメリカ軍から一部返還され、現名称の東京国際空港に改名。その後1958年に全面返還された。1955年には新しい旅客ターミナルが完成した。
その後、日本の空の玄関口、首都の空港として国際線・国内線ともに発着回数が増え、1964年に行われた東京オリンピックの時など数度にわたり旅客ターミナルが増・改築もされた。しかし、増大する一方の離着陸をさばくのが困難になり、A滑走路の使用を停止して駐機スポットにするなどしても対応が難しくなった。このため、1978年に千葉県に新東京国際空港(現在の成田国際空港)が開港し、中華民国(台湾)のエアラインを除くすべての国際線が移転した。
また、付近の騒音問題などから沖合展開事業(後述)が進められ、1993年9月に国内線のターミナルが第1旅客ターミナルビルに移転。以降、旅客ターミナルビル地区はビッグバードという愛称を持つ。
1998年3月20日には国際線旅客ターミナルビルが現在地に移転した。
2004年12月1日に第2旅客ターミナルビルが供用を開始した。全日本空輸 (ANA) グループおよびANAグループと業務提携している北海道国際航空 (ADO) の国内線業務が同ターミナルに移転した。12月21日には第1旅客ターミナルビルに残っていた日本航空 (JAL) グループが、従来使用していた同ターミナル南ウイングに加え、ANAグループの移転跡地である北ウイングの使用を開始。これらの結果、
- 第1旅客ターミナルはJALグループ(およびSKY・SFJ)
- 第2旅客ターミナルはANAグループ(およびADO・SNA)
のそれぞれ専用ターミナルとなっている。
各ターミナルのシンボルカラーも、第1ターミナルはJALグループのコーポレートカラーである赤色、第2ターミナルはANAグループのコーポレートカラーである青色となっている。JALグループでは広い第1ターミナルを活かし、国内線方面別チェックインを行っている。ターミナル・路線を参照されたい。
2006年4月1日よりANAとの国内線コードシェアを実施するスカイネットアジア航空 (SNA) は第2旅客ターミナルに移転し、両ターミナルとも3系列の航空会社が入居することとなった。
第2旅客ターミナルビル供用に関連して、2005年4月1日より東京国際空港を発着する便の航空券に旅客施設使用料として100円が上乗せされている。導入に関しては、国内線ハブとしての優越的地位の利用との非難も相次いだ。国内線を対象とした旅客施設使用料の徴収は日本で初めてであった(中部国際空港も同日より開始)。
沖合展開事業[編集]
かつてのターミナルは現在地より陸地側、今のB滑走路の南端付近にあり、3本の滑走路もそれを囲むように配置されていたが、1964年の海外旅行自由化以降は航空機の利用客が急増し、便数も増加できない上に国際線・国内線が同居する状態では発着する飛行機の数を捌き切れなくなり、空域では航空機同士が急接近する事が常にあった。このため、1970年代にはターミナル寄りの旧A滑走路 (15R/33L) を事実上閉鎖して駐機場を拡張した。
新設された新東京国際空港に国際線が移転した後も、国内線の需要の急激な増加が続いたため、手狭なターミナルと2本(交差しているため同時使用はできないので、事実上は1本)の滑走路では、首都空港としてのキャパシティは既に限界を超えていた。滑走路は現在よりも市街地に近かったため、騒音に対する苦情も絶えなかった。これら空港機能の改善及び騒音対策を目的として1984年1月から沖合展開事業(通称:沖展)が行われた。
しかしこの沖展については、地盤(元々ヘドロで埋め立てられていたため底なし沼状態であったことから重機はおろか人間も立ち入れなかった)の問題により埋め立てが難航した。しかしチューブの集合体の板を地中深く差し込むことで水を抜くペーパードレーン工法や沈下する地盤をジャッキの油圧で持ち上げ空洞を特殊なコンクリートで固める工法等を使用し、計画から完成まで約20年の歳月を経て完成した(このエピソードについては2004年にNHKのドキュメンタリー番組『プロジェクトX ~挑戦者たち~』でも取り上げられた)。
この事業は3期に分かれ、第2旅客ターミナルビル南ウィング(仮称)が完成した時点で終了する予定である。
- 第1期(1984年1月~1988年3月)
- A滑走路移転・拡張(1988年7月供用開始)
- 第2期(1987年9月~1993年8月)
- 西側地区旅客(→第1旅客)・貨物ターミナル・新整備場移転・新設(1993年9月供用開始)
- 管制塔・運輸省(→国土交通省)航空局棟移転(同上)
- 構内道路新設
- 首都高速道路湾岸線延伸(1993年9月開通)
- 東京モノレール羽田線 西旅客ターミナルビル「新」羽田空港駅(→羽田空港第1ビル駅)まで延伸(同上)
- 第3期(1990年5月~)
- C滑走路移転・拡張
- 1996年空の日には空港イベントの一環として供用前のC滑走路が一般公開された。
- 1997年3月供用開始。これ以降、2本の平行滑走路による同時離着陸が可能になった。
- 国際線旅客ターミナル移転(1998年3月20日供用開始)
- 京急空港線羽田空港駅まで延伸(1998年11月開通)
- B滑走路移転・拡張(2000年3月供用開始)
- 第2旅客ターミナルビル(2004年12月1日供用開始)
- 東京モノレール、羽田空港第2ビル駅まで延伸(2004年12月1日開業)
- 空港連絡道路(2004年12月1日午前4時供用開始)
- 第1旅客ターミナルビル北ウイングJALグループ利用拡張(2004年12月21日開始)
- 第2旅客ターミナルビル南ピア(2007年2月15日供用開始。66~70番スポット)
- 第2旅客ターミナルビル南ピア71~73番スポット(再拡張事業完了後に整備予定)
- 第2旅客ターミナルビル南ウィング(仮称)(再拡張事業完了後に整備予定)
- 第2旅客ターミナルビル第4駐車場 (P4) 立体化(再拡張事業完了後に整備予定)
- C滑走路移転・拡張
国際線の就航状況[編集]
戦前より日本航空輸送や満州航空の国際線が乗り入れており、また、戦後も東京で唯一の国際空港として世界各国からの国際線が乗り入れていたが、1978年の新東京国際空港開港後は、基本的に国内線用の空港となった。
中華人民共和国との国交樹立に伴う政治的問題により、台湾の航空会社であるチャイナエアライン(中華航空)と1989年に発足したエバー航空の路線は例外的に羽田発着として残されていた。ただし首都圏~台湾間の路線としては日本アジア航空とエアーニッポン、アメリカの航空会社は成田発着としていた。その後、2002年4月18日の新東京国際空港の暫定平行滑走路供用開始に際し、チャイナエアライン・エバー航空共々成田発着となり、これ以後国際線はチャーター便のみが就航している。2003年11月30日から韓国のソウル(金浦国際空港)間の定期チャーター便が就航し、2007年9月29日からは上海、虹橋空港との間の定期チャーター便も就航した。
再拡張事業によるD滑走路建設により発着枠が大幅に増加するが、増加分の一部は近距離国際線向けとなる見込みである。このため、2010年以降は国際定期便の運航も再開されると思われる。
- 過去に定期便を乗り入れていた外国航空会社(1978年5月21日、新東京国際空港完成以前)
- カナダ太平洋航空⇒現在のエア・カナダ
- パンアメリカン航空 *倒産、太平洋路線はユナイテッド航空が買い取った。
- ノースウエスト航空
- コンチネンタル航空
- 大韓航空 *現在はチャーター便にて就航中。
- 中国民航 *現在は中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空に分割されている。
- キャセイ・パシフィック航空
- チャイナエアライン *成田空港B滑走路が併用されるまで就航。
- フィリピン航空
- タイ国際航空
- マレーシア・シンガポール航空⇒現在はマレーシア航空とシンガポール航空に分かれている。
- ガルーダ・インドネシア航空
- エア・インディア
- パキスタン国際航空
- カンタス航空
- アエロフロート
- スカンジナビア航空
- KLMオランダ航空
- サベナ・ベルギー航空 *倒産
- 英国海外航空 (B.O.A.C) ⇒現在のブリティッシュ・エアウェイズ
- ルフトハンザドイツ航空
- スイス航空 *倒産、現在はスイスインターナショナルエアラインズが継承している。
- エールフランス
- アリタリア航空
- イラン航空
- エジプト航空
再拡張事業[編集]
近年の航空需要の増大から、特に羽田空港においては、ラッシュ時は2分間隔で発着が行われるなど、発着能力が限界に達しており、増便は困難な状況になっている。限られた発着枠でできるだけ輸送量を大きくするため、羽田空港では日本の空港としては現在唯一小型機の乗り入れが禁止されており、その結果、特に地方空港の利便性が低下し不満が高まっていた。航空需要の増加に早急に対応するため、羽田空港の再拡張や、首都圏に羽田、成田に次ぐ第3の空港を設置する案が検討されたが、検討の結果、2000年9月に政府は、第3空港の設置より優位性のある羽田空港の再拡張を優先的に行うこととされ、以下の計画が進行中である。
新誘導路(B滑走路)[編集]
主として南風時に使用されているB滑走路で、着陸した航空機が速やかに滑走路から退避するための高速脱出誘導路とそれに接続する誘導路を現在建設中である(2009年7月供用開始予定)。高速脱出誘導路とは発着回数を増加させ空港処理能力を向上させるために、航空機を高速のまま滑走路から誘導路へ導く施設で、滑走路と斜めに配置する。現在、羽田空港の場合、出発機は1時間あたり32機、到着機は同じく28機と、到着機の方が少ないが、滑走路から早めに脱出する事で到着機が1時間あたり29機へ増やすことが可能とされ、これにより1日あたり14便までの増枠ができると見込まれている。この工事と並行してA・B平行誘導路を結ぶ誘導路を新設する予定である。
新滑走路(D滑走路)[編集]
神奈川県寄りの多摩川河口付近の海上に人工島を造成し、既存のB滑走路とほぼ平行に近い形で2,500mの新滑走路の建設が進んでいる。
設計・施工・運用にあたって制約条件がいくつかある。
- 多摩川の流れを遮らないこと。→南側1,100mおよび現空港との連絡誘導路を桟橋形式にして川の流れをせき止めないようにしている。
- 既存の滑走路の離着陸を妨害しないような工事をすること。→制限表面に抵触する場所での大型クレーンによる施工は空港運用時間外の夜間に行っている。また、高さを低く改造した作業船も用いている。
- 東京港に入出港するタンカー、貨物船などの安全な航行を妨害しないようにすること。→空港東側にある東京港第一航路を一部移設する。また、工事期間中は東京航行安全情報センターを設けて一般船舶が工事区域に侵入しないように警戒その他の業務を行っている。
この滑走路の整備により、空港の処理能力である「年間発着能力」は29.6万回から40.7万回まで引き上げられ、国内線については発着枠の増加により現在より飛行機の小型化、多頻度化が可能となる。国土交通省は将来の国内航空需要に対応した発着枠を確保した後の余裕枠を活用すると年間3万回程度の近距離国際定期便の就航が可能となるという見解を示している。就航可能な国際定期便については、概ね羽田発着国内線最長距離の石垣空港間1,947km (1,228マイル) 以内の区間を目安とするとされている。具体的には、ソウル、釜山、上海、大連などである。
羽田空港沖は江戸前アナゴなどで有名な漁場である。滑走路の建設工事の影響により漁獲量減少が懸念されるとして、地元漁協と国交省の漁業補償交渉が難航した。当初、同省は閣議決定されていた2009年末の供用開始に向け、2006年春頃の着工を目指していたが、結果的に目標は達成できなかった。工事は2007年3月31日に開始され、5月20日に関係者による着工記念式典が行われた。同省は、当初の計画に間に合わせるために、工期短縮の方法などを模索しているが、2010年10月完成・供用開始を予定している。
D滑走路は現在の管制塔からかなり離れており、現在の管制塔から管制官が目視でD滑走路上の機体を確認することができない。そこで新たに現在の管制塔の南東側、第2駐車場に隣接する「バスプール」のエリアに、世界で3番目の高さとなる116mの新管制塔を建設する事が決定し、今現在基礎工事を実施中。これにより、現在の管制塔は供用開始からわずか10数年で廃止されることになるが、発着能力増大に伴いグランドコントロールだけでは対処飽和になる可能性が出てくることから、グランドコントロールとは別にエプロン地区のみを管制する「ランプ・コントロール」導入が考えられる。仮に導入された場合、旧管制塔は成田国際空港のようにランプ・コントロール・タワーとして再利用されることが検討されている。
このD滑走路の設置計画当初は既存のB滑走路と完全に平行な滑走路の建設を予定していたが、南風・雨天時に千葉県浦安市街地の上空を通過すること、特に東京ディズニーリゾートと直線距離300mを通過することが問題視され、計画が変更された。ただし、法制上は平行でない滑走路の場合は効率的な離発着許可の発出ができなくなる上に、D滑走路から北東向きに離陸する機とC滑走路へ北西向きに着陸する機との干渉も問題視されており、本来の発着能力の発揮とはいかないようである。要出典
国際線地区[編集]
2010年10月を目処にA滑走路とB滑走路および環八通りに囲まれた区域に、新しい国際線旅客ターミナルビル・貨物ターミナル(国際線用)・エプロンなどを建設し、国際線地区としてPFI手法を用いて整備する予定である。
国際線旅客ターミナルビルは、5階建てのターミナルビルと6層7段の駐車場(約2,300台収容)で構成される。ターミナルビルには、江戸の町並みを再現した商業ゾーンや国内最大級の規模の免税店を設置し収益を確保し、中部国際空港の2,500円などより低い2,000円の施設利用料を実現させる予定である。
ターミナルビルへのアクセスには、東京モノレール羽田線は一部ルートを変更し隣接する形での新駅建設を予定している他、ターミナルビル地下に京浜急行電鉄空港線も、羽田空港駅~天空橋駅間に新駅建設を予定している。ターミナルビルの整備・運営は国内線ターミナルビルを運営している日本空港ビルデングを筆頭株主とする特別目的会社「東京国際空港ターミナル株式会社」【Tokyo International Airport Terminal Corporation : TIAT】がPFI方式で行う。
貨物ターミナルは、年間50万トンを処理する貨物上屋2棟・生鮮上屋・燻蒸施設などで構成される。ターミナルの整備・運営は三井物産を中心としたグループが行う。
エプロン・周辺道路などの整備は大成建設を中心としたグループが行う。
神奈川口構想[編集]
神奈川県・横浜市・川崎市の1県2市が共同で提案している、羽田空港の再拡張・国際化に合わせて多摩川にある首都高速道路湾岸線と大師橋の間に空港に接続する橋または海底トンネルを建設し、川崎市側にも空港施設を設置するという構想である。国際線旅客ターミナルビルの出国手続き施設を建設する他、ホテルや物流施設を併設し、経済的な地盤沈下が進む京浜臨海部再生の起爆剤になると考えられている。現在、国土交通大臣、神奈川県知事、横浜市長、川崎市長を構成員とする「神奈川口構想に関する協議会」において、神奈川県等からの提案について具体的な検討を進めている。
ターミナル・路線[編集]
第1ターミナル[編集]
北ウィング[編集]
南ウィング[編集]
- 日本航空 (JAL) - 到着は北ウィングの便あり。日本トランスオーシャン航空の機材・乗務員で運航する便あり。
- 日本トランスオーシャン航空 (JTA) - 到着は北ウィングの便あり
- スターフライヤー (SFJ)
- 関西国際空港、新北九州空港
- スターフライヤー (SFJ)・全日本空輸 (ANA)
- 新北九州空港
第2ターミナル[編集]
- 全日本空輸 (ANA) - エアーニッポン、エアーニッポンネットワークの機材・乗務員で運航する便あり
- 北海道国際航空 (ADO) ・全日本空輸 (ANA)
- 女満別空港、旭川空港、新千歳空港、函館空港
- スカイネットアジア航空 (SNA) ・全日本空輸 (ANA)
- 長崎空港、熊本空港、宮崎空港、鹿児島空港
国際線ターミナル[編集]
- 日本航空 (JL) ・中国東方航空 (MU)
- 中国東方航空 (MU)・日本航空 (JL)
- 全日本空輸 (NH) ・上海航空 (FM) ・中国国際航空 (CA)
- 上海航空 (FM) ・全日本空輸 (NH) ・中国国際航空 (CA)
貨物専用路線[編集]
- 全日本空輸 (ANA)
- 新千歳空港、関西国際空港、佐賀空港
- ギャラクシーエアラインズ (GXY)・日本航空 (JAL)
- 新千歳空港、新北九州空港、那覇空港
アクセス[編集]
※羽田空港への連絡道は環八通りを除いてすべて自動車専用トンネルのため、徒歩・自転車でのアクセスは一般的ではない。また、歩行者、自転車を入らせにくくするため、歩道はあるものの整備されておらず、極端に狭い。しかも、遠回りする道路でしか入ることができない。
鉄道[編集]
- ■京浜急行電鉄空港線:羽田空港駅(京急本線、都営地下鉄浅草線、京成押上線・京成本線・京成東成田線、北総鉄道北総線、芝山鉄道線直通運転。当駅は第1ターミナルビルと第2ターミナルビルの双方に共通の最寄り駅である)
- ■東京モノレール羽田線:羽田空港第1ビル駅・羽田空港第2ビル駅
バス[編集]
関東地方およびその周辺から、空港直通バスが乗り入れている。
- すべて京浜急行バス(グループ会社を含む)または東京空港交通が運行しており、発着地により共同運行会社も乗り入れる。路線等の詳細は、上記バス会社項目を参照されたい。
- 羽田空港バス時刻表(外部リンク)にて運行会社に関わらず、路線・時刻の検索ができる。
首都高速道路[編集]
一般道[編集]
- 国道357号(東京湾岸道路)
- 東京都道311号環状八号線(環八通り)
事件・事故[編集]
羽田空港周辺や羽田空港で起こった航空事故・ハイジャック事件の一覧。
- 1938年8月24日 日本飛行学校訓練機と日本航空輸送旅客機がどちらも離陸後に空中衝突。両機の乗員5人が死亡したほか、墜落後燃料タンクが爆発して地上の45人を巻き添えにした(大森民間機空中衝突墜落事故)。
- 1940年12月20日 耐空証明取得中のMC-20が東京湾に墜落。原因不明。
- 1952年4月9日 日本航空の「もく星号」が離陸後失踪。翌日になって伊豆大島・三原山に墜落していたことが分かった。 乗員乗客37人全員死亡(もく星号墜落事故)。
- 1966年2月4日 全日空60便のボーイング727-100が着陸進入中に東京湾に墜落。乗員乗客133人全員死亡は当時単独機として世界最悪の事故となった。しかし、当時の旅客機はブラックボックスを搭載していなかったため事故原因は不明となった(全日空羽田沖墜落事故)。
- 1966年3月4日 濃霧の中カナダ太平洋航空402便のDC-8が最終着陸進入中に意図的に高度を下げすぎたために墜落炎上。乗員乗客72人中64人が死亡(カナダ太平洋航空402便着陸失敗事故)。
- 1966年3月5日 羽田空港を離陸したBOAC(英国海外航空)のボーイング707が富士山上空で乱気流に巻き込まれて空中分解。(英国海外航空機空中分解事故)。
- 1966年8月26日 日本航空のコンベア880が訓練飛行中に操縦ミスで墜落。乗員5人全員死亡(日本航空羽田空港墜落事故)。
- 1982年2月9日 日本航空350便のDC-8が着陸進入中に滑走路手前の東京湾に墜落。24人死亡。統合失調症の機長が副操縦士や航空機関士の制止にも関わらず逆噴射装置を作動させたのが原因(日本航空350便墜落事故)。
- 1985年8月12日 日本航空123便伊丹行きのボーイング747SRが離陸後に圧力隔壁が金属疲労によって破壊し、そのショックによって垂直尾翼が破壊(有力な説)。油圧系統を喪失した機体は羽田へ戻ろうとするが、群馬県の高天原山に墜落。520人死亡は単独機で最悪の数字である(日本航空123便墜落事故)。
- 1999年7月23日 全日空61便札幌行きのボーイング747-400Dが離陸後に包丁を持ったフライトシミュレーターマニアの男にハイジャックされた。男は副操縦士をコクピットの外へ追い出し、機長を殺害。その男が操縦する飛行機が墜落寸前になったため、副操縦士がコクピットへ突入。男を取り押さえ、羽田に緊急着陸した(全日空61便ハイジャック事件)。
東京国際空港を舞台とする主な映像作品[編集]
- アテンションプリーズ(1970年、東宝/東京放送)
- 大怪獣バラン
- フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ
- ゴジラVSデストロイア(東宝)
- 白い滑走路(1973年、東京放送 主演:田宮二郎)
- ビッグウイング(東京放送)
民間航空会社以外で拠点を有する機関、企業[編集]
旧整備場地区に事務所、格納庫がある。
航空管制[編集]
種類 | 周波数 | 運用時間 (JST) |
CLR | 121.825MHz,121.875MHz | |
GND | 118.225MHz,121.7MHz | |
TWR | 118.1MHz,118.8MHz,124.35MHz 126.2MHz,236.8MHz |
|
DEP | 120.8MHz,126MHz,127.6MHz | |
APP | 119.1MHz,119.7MHz,125.2MHz 125.3MHz,236.8MHz |
|
TCA | 124.75MHz,256.1MHz | 8:00~21:00 |
ATIS | 128.8MHz |
航空保安無線施設[編集]
局名 | 種類 | 周波数 | 識別信号 |
HANEDA | VOR | 112.2MHz | HME |
HANEDA | DME | HME | |
HANEDA | NDB | 337.0kHz | HM |
DAIBA | VOR | 111MHz | DYE |
DAIBA | DME | DYE |
- 保守は、国土交通省東京空港事務所航空管制技術官が担当
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 羽田空港ターミナルBIG BIRD(日本空港ビルデング)Webサイト
- 東京国際空港ターミナル株式会社(国際線ターミナル)
- 国土交通省関東地方整備局 東京空港整備事務所ホームページ
- 国土交通省航空局 羽田空港再拡張および首都圏第3空港について
- 空港主部の航空写真 - 国土交通省、1989年
- 国土地理院「国土変遷アーカイブ 空中写真閲覧システム」:羽田空港
テンプレート:airport-stubca:Aeroport Internacional de Tòquio
de:Flughafen Tokio-Hanedaes:Aeropuerto Internacional de Tokio
fi:Tokion kansainvälinen lentoasema
fr:Aéroport international de Tōkyō-Haneda
hu:Tokiói nemzetközi repülőtér
id:Bandar Udara Internasional Tokyo
it:Aeroporto di Tokyo-Haneda
ko:도쿄 국제공항
nl:Luchthaven Haneda
pl:Port lotniczy Tokio-Haneda
pt:Aeroporto Internacional de Tóquio
ro:Aeroportul Tokio Haneda
sr:Аеродром Ханеда
sv:Haneda
th:ท่าอากาศยานนานาชาติโตเกียว
vi:Sân bay quốc tế Tokyo
zh:東京國際機場