近代能楽集
『近代能楽集』(きんだいのうがくしゅう)は、三島由紀夫の戯曲集。
戯曲『邯鄲(かんたん)』(人間 1950年10月号に掲載)、『綾の鼓(あやのつづみ)』(中央公論 1951年1月号に掲載)、『卒塔婆小町(そとばこまち)』(群像 1952年1月号に掲載)、『葵上(あおいのうえ)』(新潮 1954年1月号に掲載)、『班女(はんじょ)』(新潮 1955年1月号に掲載)の5編を収録し、1956年(昭和31年)4月30日に新潮社より刊行された。
1968年(昭和43年)3月25日に刊行された新潮文庫版には、『道成寺(どうじょうじ)』(新潮 1957年1月号に掲載)、『熊野(ゆや)』(声 1959年4月号に掲載)、『弱法師(よろぼし)』(声 1960年7月号に掲載)の3編を加え、全8編が収録された。これら8作品は、現在まで数ヶ国の言語に訳され、国内外で多数上演され続けている。
『源氏供養(げんじくよう)』(文藝 1962年3月号に掲載)という9作目も発表されたが、のちに三島自身が自分の意思で廃曲とし、この戯曲集『近代能楽集』から除外した。
番外編として、1957年(昭和32年)に企画されたニューヨーク上演用に、三島が能楽集の中より『卒塔婆小町』、『葵上』、『班女』の3つの戯曲を繋ぐ場面を新たに創作・構成・加筆して統一的な芝居にした『Long After Love』(中央公論 1971年5月号に掲載)という3幕物の戯曲もある。タイトルは、「恋のずっと後」と「恋を慕う」という二つの意味を兼ねてつけられた。『卒塔婆小町』は前者の意味があって、『葵上』と『班女』は後者の意味があるという[1]。また、『葵上』と『卒塔婆小町』の間にはさむ戯曲として、狂言『附子』を演出した『附子』(中央公論 1971年4月号に掲載)もある。これらは1957年(昭和32年)10月に創作された。
これらの作品は全て、能の謡曲を原作とした翻案作品であり、能を世界に紹介した、という点においてその功績は大きい。中でも『卒塔婆小町』への評価は高く、『葵上』と並んでたびたび上演される2作品となっている。なお、『班女』は、海外での人気は高いが、日本ではあまり上演されていない。
舞台装置というものがほとんどなく能舞台自体が現実の外に設定された無の空間という能の感覚をとり入れ、三島はいわゆる近代演劇と異質な演劇世界を作り出したと、松本徹は評価している。特に『卒塔婆小町』の詩人の台詞、「思い出した。(中略)君は九十九のおばあさんだったんだ」に注目している。松本は、「80年先の未来の記憶が蘇るのです。“未来の記憶”とは何でしょう。時間の流れが逆転しているのです」と述べ、「(三島は)現実の復元なり模写をベースとするところを完全に排除、考えられることなら何でも起こり得る空間を設定、時間さえ逆流する世界を現出させ、(中略)永遠の美女を、また、永遠の美女を呼び出す詩人を、出現させた」と解説し、これを、「(中略)三島という驚くべき才能が、能に拠ることによって、初めて達成した、まことにブリリアントな出来事」、「すぐれて前衛的でありながら、そこを越えている」と高い評価をしている[2]。
目次
邯鄲[編集]
あらすじ[編集]
18歳の次郎は、幼少の頃に自分の面倒をみて辞めて行った女中の菊の家を訪ねてみた。可愛がっていたお坊ちゃまとの10年ぶりの再会に喜ぶ菊。次郎は菊の家に邯鄲という里から来た枕があると噂で聞いてやって来たのだった。その不思議な枕は菊の家系が代々宝物にしていたもので、その枕で寝て夢から覚めると、何もかも虚しく馬鹿らしくなってしまうという。菊の旦那もその邯鄲の枕で寝てから家出してしまっていた。それ以来、菊の家の庭の花が咲かなくなってしまった。
人生が始まらないうちから、すでに世の中が馬鹿らしいと思っている次郎は、自分にはその枕の効き目はないことを試してみたかったのだった。次郎は邯鄲の枕で眠りについた。夢の中で次郎は美女や踊子たちに、ちやほやされるが冷たくあしらう。そして秘書も現われ、次郎は自分が社長であることを知らされた。しかし次郎は全財産を放り出し寄付したので、秘書の気回しで政治家となる。そしていつの間にか独裁者とされていた。しかし端から夢を生きていない次郎は夢の中で寝てばかりだった。
老国手に化けていた邯鄲の里の精霊は、このままでは、「現世のはかなさを知ることになる」という教訓が次郎にもたらされないと考え、次郎に服毒して死んで目が覚めるという筋書きに変えようとする。しかし次郎は、「夢のなかだって僕たちは自由です。生きようとしたって生きまいとしたって、あなたの知ったことじゃないじゃないか」と精霊の説教を聞き入れず、死ぬのを拒む。「邯鄲の枕」の教訓を与える任務が果たされないことに怒った精霊は、このまま次郎を生かして返すわけにはいかない。そしてむきになり、「あんたは一度だってこの世で生きようとしたことがないんだ。つまり生きながら死んでいる身なんだ」と次郎に迫るが、「僕は生きたいんだ」と言って次郎は毒薬をはねつけた。
目が覚めた次郎を見た菊は、そこに変らない罪のない可愛らしい顔を見るが、亭主のように自分を見捨てて、さすらいの旅に出てしまうのか不安になった。しかし次郎はずっと菊と一緒にここにいると誓う。そして辺りを見ると、庭の一面に咲くきれいな花々の新しい朝を迎えるのだった。
おもな舞台公演[編集]
文学座アトリエ第5回公演
- 1950年(昭和25年)12月15日 - 17日 東京・文学座アトリエ
- 演出:芥川比呂志。音楽:團伊玖磨。出演:久門祐夫、新村礼子、文野朋子、関山君子、醍醐弘之、奥野匡、芥川比呂志
- ※ 福田恆存作『堅塁奪取』と併演。
三島由紀夫「近代能楽集」上演委員会主催公演 II
- 1979年(昭和54年)6月5日 - 13日 東京・国立劇場小劇場
- 演出:串田和美。美術;横尾忠則。音楽:越部信義。出演:河内桃子、野村耕介、秋川リサ、四葉寿和子、笹野高史、野村万之丞
- ※ 『葵上』、『道成寺』と併演。
東京グローブ座特別公演「三島由紀夫メモリアル」蜷川カンパニー公演
- 1990年(平成2年)1月26日 - 30日 東京グローブ座、2月8日 - 27日 新神戸オリンタル劇場
- 演出:村井秀安。出演:松田洋治、松本留美、高沢順子、瀬下和久、青山達三
- ※ 『卒塔婆小町』と併演。
劇団昴公演 芸術祭主催公演「三島由紀夫近代能楽集」
- 1990年(平成2年)11月1日 - 12日 東京・三百人劇場
- 演出:西川信広。出演:後藤加代、山本陽一、北村総一朗、坂本長利、熊谷真美
- ※ 『綾の鼓』と併演。
- ※ 1991年(平成3年)1月9日にNHK衛星第二で舞台中継。
Alchemists' Lab. 公演
綾の鼓[編集]
あらすじ[編集]
ビルの3階にある法律事務所で働く老小間使・本田岩吉は、真向かいのビル3階の洋裁店を訪れる華子に一目惚れをし想いを寄せている。岩吉は事務員の加代子に、華子への恋文を毎日届けてもらっていた。ある日、手紙を読んだ華子の取り巻きの客たちは、岩吉に音の出ない芝居用の、皮のかわりに綾が張ってある鼓を渡し、もし窓越しに鼓の音が届けば華子が想いを叶えるという悪戯を思いついた。そして窓から鼓と手紙を岩吉の窓へ投げ送った。華子はその悪戯を黙認していた。岩吉は喜び勇んで鼓を打つが、どこを打っても音は鳴らず、からかわれたことを知る。そして向かいの窓のあざけりの笑いを聞き、絶望して窓から身を投げた。
1週間後の深夜、岩吉の亡霊に呼ばれ、華子は洋品店に来た。華子は岩吉が想い描いていたような貴婦人ではなく、元娼婦のような女だったが、岩吉の亡霊は再び華子への恋を証明するために鼓を鳴らす。鼓は鳴ったが、華子は「きこえません」と冷たくあしらった。岩吉の亡霊は鼓を打ち続けだが、100回目で諦め消え去って行った。そのあと華子は、「あたくしにもきこえたのに、あと一つ打ちさえすれば」とぽつり言う。
おもな舞台公演[編集]
俳優座第3回勉強会
- 1952年(昭和27年)2月13日 - 14日 東京・三越劇場
- 演出:島田安行。出演:東野英治郎、山岡比佐乃、松本克平、成瀬昌彦、天野創治郎、平松淑美、川上夏代
- ※ レオンハルト・フランク作『チョコレート』と併演。
断紘会「円型劇場形式による創作劇の夕」
- 1955年(昭和30年)12月5日 東京・産経会館国際会議場
- 演出:武智鉄二。出演:観世静夫、桜間道雄、茂山七五三、茂山千之丞、野村万之丞、長岡輝子、岸田今日子、宮内順子
- ※ 能形式による公演。昭和30年度芸術祭参加。
- ※ アーノルド・シェーンベルグ作曲『月に憑かれたピエロ』と併演。
文学座アトリエ第28回公演「三島由紀夫特集」
- 1957年(昭和32年)4月16日 - 25日 東京・文学座アトリエ
- 演出:戌井市郎。出演:福田妙子、小瀬格、飯田紀美夫、高木均、大久保和子、北見治一
- ※ 『大障碍』と併演。
- ※ 1957年(昭和32年)4月25日にNHKラジオ第二で『大障碍』とともに舞台中継。
- 1959年(昭和34年)4月1日 東京・ドイツ・クラブO・A・G
- 演出:ヘレン・マッカルパイン。作曲:黛敏郎。出演:ヘレン・マッカルパイン、ほか
- ※ 『班女』、『葵上』と併演。英語上演。
新派公演
- 1962年(昭和37年)5月2日 - 26日 東京・新橋演舞場
- 演出:松浦竹夫。出演:水谷八重子、金田龍之介、大久保彰久、小柳修次、京塚昌子、光本幸子、大矢市次郎
- ※ 夜の部、川口松太郎作『女のあしおと』ほかと併演。
三島由紀夫「近代能楽集」上演委員会主催公演 I
- 1976年(昭和51年)7月3日 - 13日 東京・国立劇場小劇場
- 演出:石坂秀二。美術;金森馨。出演:高塚敏、加賀まりこ、上杉二美、英太郎、内田勝正、勝部演之、小竹外登美、楠田薫
- ※ 『卒塔婆小町』(3 - 6日)『綾の鼓』、『班女』(3日 - 13日)、『弱法師』(7日 - 13日)と連続公演。
- ※ キングレコードより1976年(昭和51年)12月、舞台録音のLPレコード発売。
- ※ 新潮カセットブック「近代能楽集(一)」として1991年(平成3年)6月、舞台録音のカセットテープ発売。
劇団昴公演 芸術祭主催公演「三島由紀夫近代能楽集」
- 1990年(平成2年)11月1日 - 12日 東京・三百人劇場
- 演出:酒井洋子。出演:久米明、森山潤久、中村雄一、伊藤和晃、水野ゆふ、山口小夜子
- ※ 『邯鄲』と併演。
- ※ 1991年(平成3年)1月10日にNHK衛星第二で舞台中継。
卒塔婆小町[編集]
あらすじ[編集]
公園のベンチでモク(煙草の吸殻)拾いの老婆が、恋人たちの邪魔をしながら拾ったモクを数えている。それを見ていたほろ酔いの詩人が老婆に声をかける。詩人は、ベンチで抱擁している若いカップルたちを生の高みにいると言うのに対し、老婆は、「あいつらは死んでるんだ」、「生きているのは、あんた、こちらさまだよ」と言う。そのうち老婆は自分は昔、小町と呼ばれた女だと言い、「私を美しいと云った男はみんな死んじまった。だから、今じゃ私はこう考える、私を美しいと云う男は、みんなきっと死ぬんだと」と言いだした。笑う詩人に老婆は、80年前、参謀本部の深草少尉が自分の許に通ってきたこと、鹿鳴館の舞台のことを話し出す。
すると、公園は鹿鳴館の舞台に変貌し、舞踏会に招かれた男女が小町の美貌を褒めそやす。詩人は20歳の令嬢となった美しい小町とワルツを踊り、小町(老婆)の制止も聞かず、「何かをきれいだと思ったら、きれいだと言うさ、たとえ死んでも」と宣言し、「君は美しい」と言ってしまう。そして、「僕は又きっと君に会うだろう、百年もすれば、おんなじところで…」と言い死ぬ。
「もう百年」と老婆が言う。すると、再び公園のベンチに戻る。死んだ詩人は警官たちに運ばれ、99歳の皺だらけの老婆は、またモクの数を数えはじめる。
おもな舞台公演[編集]
文学座アトリエ第9回公演
文学座公演
- 1952年(昭和27年)11月11日 - 14日 大阪・毎日会館、11月21日 東京・桐朋学園講堂
- 演出:松浦竹夫。出演:丹阿弥谷津子、仲谷昇、北村和夫、加藤和夫、福田妙子、ほか
- ※ 榊原政常作『しんしゃく源氏物語』と併演。
関西歌劇団創作オペラ第2回公演
- 1956年(昭和31年)3月13日 - 14日 大阪・産経会館
- 作曲:石桁真礼生。指揮;朝比奈隆。演出;武智鉄二。出演:木村四郎、桂斗伎子、浜田洋子、窪田譲、安則雄馬、伊勢川佳子
- ※ オペラ化
- ※ 谷崎潤一郎作『マンドリンを弾く男』と併演。
五条珠実公演
三島由紀夫「近代能楽集」上演委員会主催公演 I
- 1976年(昭和51年)7月3日 - 6日 東京・国立劇場小劇場
- 演出:蜷川幸雄。美術;金森馨。出演:平幹二朗、寺泉哲章、宇田郁馬、青井陽治、石原昭宏、ほか
- ※ 『卒塔婆小町』(3 - 6日)、『綾の鼓』、『班女』(3日 - 13日)、『弱法師』(7日 - 13日)と連続公演。
- ※ キングレコードより1976年(昭和51年)12月、舞台録音のLPレコード発売。
- ※ 新潮カセットブック「近代能楽集(一)」として1991年(平成3年)4月、舞台録音のカセットテープ発売。
三島由紀夫「近代能楽集」上演委員会主催公演 III
- 1981年(昭和56年)7月7日 - 15日 東京・国立劇場小劇場
- 演出:竹邑類。美術;妹尾河童。出演:長嶺ヤス子、光田昌弘、森大河、宮木茂、今井敦、富田晃代、ほか
- ※ 舞踊劇化
- ※ 『源氏供養』、『熊野』と併演。
第三エロチカ公演
東京グローブ座特別公演「三島由紀夫メモリアル」蜷川カンパニー公演
プロツー・カンパニー公演
- 1990年(平成2年)11月3日 - 8日 東京・国立劇場小劇場、11月10日 - 11日 名古屋芸術創造センター、
- 11月13日 - 14日 大阪・サンケイホール、11月15日 大津市民会館、
- 11月17日 - 19日 横浜市旭区民文化センター・サンハートホール、11月23日 高崎・群馬音楽センター
- 演出:宮永雄平。出演:李麗仙、牛山茂、佐堂克実、上野綾子、岡部健、ほか
- ※ 『葵上』と併演。
- ※ 1991年(平成3年)1月12日にNHK衛星第二で東京公演を舞台中継。
パルコ公演
- 1996年(平成8年)6月5日 - 23日 東京・PARCO劇場、6月26日 - 29日 大阪・メルパルクホール
- 演出:美輪明宏。出演:美輪明宏、岸本祐二、山田武、倉持一裕、斎藤真依、伊東知香、ほか
- ※ 『葵上』と併演。
万の会 第23回蝸牛の会
ホリプロ制作公演
- 2001年(平成13年)7月12日 - 14日 彩の国さいたま芸術劇場大ホール、
- 7月20日 - 21日 新潟・りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館劇場、
- 7月25日 - 27日 大阪・シアター・ドラマシティ、7月31日 - 8月12日 東京・Bunkamura シアターコクーン
- 演出:蜷川幸雄。出演:壌晴彦、横田栄司、清家栄一、塚本幸男、鈴木豊、新川将人、ほか
- ※ 『弱法師』と併演。
- ※ 2001年(平成13年)6月27日 - 30日 ロンドン・バービカン劇場で上演。
パルコ公演
- 2002年(平成14年)4月5日 - 29日 東京・PARCO劇場、5月1日 富山・オーバード・ホール、
- 5月7日 仙台市民会館大ホール、5月8日 盛岡市民文化ホール大ホール、
- 5月11日 浜松・アクトシティ浜松大ホール、5月13日 - 14日 名古屋・愛知厚生年金会館、
- 5月16日 - 17日 福岡市民会館、5月18日 広島郵便貯金ホール、
- 5月21日 - 25日 大阪・シアター・ドラマシティ
- 演出:美輪明宏。出演:美輪明宏、宅麻伸、木村彰吾、倉持一裕、仮屋ルリ子、高森由里子、ほか
- ※ 『葵上』と併演。
国立能楽堂11月特別企画公演「特集 小町」
テレビ・ラジオドラマ化[編集]
『卒塔婆小町』(NHKテレビ) 1958年(昭和33年)10月30日
ラジオ劇場『卒塔婆小町』(ニッポン放送) 1963年(昭和38年)9月15日
葵上[編集]
あらすじ[編集]
入院して毎夜うなされ苦しむ妻・葵のもとへ、夫の若林光が見舞いに訪れた。看護婦によると毎晩見舞いに来るブルジョア風の女がいるという。光が病室にいると、和服姿に黒い手袋をつけた六条康子が現れた。光と康子はかつて恋仲であった。毎夜、葵を苦しめていたのは嫉妬心に駆られた六条康子の生霊であった。六条康子の生霊は光の気持ちを自分のほうへ向けようとする。
病室に、かつて2人で乗った湖上のヨットが現われ、六条康子の生霊は幸福だった昔の思い出を語り出す。その不思議な魔力によって、一瞬、妻の葵のことを忘れそうになった光だったが、葵のうめき声で我にかえり、六条康子の愛を拒絶する。康子の生霊は消えていった。
病室の光はふと思いついて、六条康子の家に電話をかけた。康子は電話に出て、ずっと家で寝ていたという。その時、病室のドアの外から、さっきの六条康子の生霊が、忘れた黒手袋をとって頂戴と光に声をかけた。受話器をそのままにして光は病室から出て行った。そして受話器から六条康子の、「何の用なの? もしもし、光さん、もしもし」という声が響く中、突然、葵が苦しみ出し床の上に転がり落ちて死ぬ。
おもな舞台公演[編集]
文学座公演
- 1955年(昭和30年)6月18日 - 23日 大阪・毎日会館、6月24日 - 25日 京都・弥栄会館、
- 7月11日 - 24日 東京・第一生命ホール
- 演出:戌井市郎。音楽:黛敏郎。出演:北城真記子、神山繁、岸田今日子、井上靖子
- ※ 『只ほど高いものはない』と併演。
- 1959年(昭和34年)4月1日 東京・ドイツ・クラブO・A・G
- 演出:ヘレン・マッカルパイン。作曲:黛敏郎。出演:ヘレン・マッカルパイン、ほか
- ※ 『綾の鼓』、『班女』と併演。英語上演。
花柳滝二リサイタル
新宿文化プロデュース・アートシアター演劇公演 No.29
劇団浪曼劇場+ジァンジァン提携実験劇場公演「三島由紀夫の夕べ」
三島由紀夫「近代能楽集」上演委員会主催公演 II
佐藤正隆事務所プロデュース第1回公演
- 1988年(昭和63年)6月23日 - 7月3日 東京・三百人劇場、7月5日 京都府立勤労会館、
- 7月6日 - 7月7日 大阪・毎日ホール、7月9日 金沢・石川県文教会館ホール
- 演出:萩原朔美。出演:池端慎之介、長谷川初範、田根楽子、松下弥生
- ※ 『道成寺』と併演。
第三エロチカ公演
東京グローブ座特別公演「三島由紀夫メモリアル」
平岡紀子プロデュース ダンス・ネオ・ミシマ「エクリプス(月蝕) ―近代能楽集より」
- 1990年(平成2年)1月17日 - 21日 東京グローブ座
- 構成・演出・振付:竹邑類。製作;平岡紀子。出演:安達悦子、田島徹也、橋本さとみ、鈴木レイ子、前田清実、ほか
- ※ ダンス化。「三日月の章 ―葵上」として上演。
- ※ 『弱法師』のダンス化「新月の章 ―弱法師」と同時上演。
プロツー・カンパニー公演
- 1990年(平成2年)11月3日 - 8日 東京・国立劇場小劇場、11月10日 - 11日 名古屋芸術創造センター、
- 11月13日 - 14日 大阪・サンケイホール、11月15日 大津市民会館、
- 11月17日 - 19日 横浜市旭区民文化センター・サンハートホール、11月23日 高崎・群馬音楽センター
- 演出:茂山千之丞。出演:沢村藤十郎、佐野史郎、小林哲子、藤咲めぐみ
- ※ 『卒塔婆小町』と併演。
- ※ 1991年(平成3年)1月12日にNHK衛星第二で東京公演を舞台中継。
T.P.T 「THEATRE PROJECT TOKYO」Vol.11
- 1995年(平成7年)9月14日 - 27日、10月5 - 8日 東京・ベニサン・ピット、
- 9月30日 - 10月3日 大阪・近鉄アート館
- 演出:デヴィッド・ルヴォー。通訳:児玉寿愛。出演:佐藤オリエ、堤真一、松本紀保、松浦佐知子
- ※ 『班女』と併演。平成7年度芸術祭参加。
パルコ公演
- 1996年(平成8年)6月5日 - 23日 東京・PARCO劇場、6月26日 - 29日 大阪・メルパルクホール
- 演出:美輪明宏。出演:美輪明宏、宇崎慧、伊東知香、由良よし子、中山玲、高森由里子
- ※ 『卒塔婆小町』と併演。
パルコ公演
- 2002年(平成14年)4月5日 - 29日 東京・PARCO劇場、5月1日 富山・オーバード・ホール、
- 5月7日 仙台市民会館大ホール、5月8日 盛岡市民文化ホール大ホール、
- 5月11日 浜松・アクトシティ浜松大ホール、5月13日 - 14日 名古屋・愛知厚生年金会館、
- 5月16日 - 17日 福岡市民会館、5月18日 広島郵便貯金ホール、
- 5月21日 - 25日 大阪・シアター・ドラマシティ
- 演出:美輪明宏。出演:美輪明宏、宅麻伸、仮屋ルリ子、高森由里子、中山玲、小松花奈子、ほか
- ※ 『卒塔婆小町』と併演。
テレビドラマ化[編集]
文芸アワー『葵の上』(日本テレビ) 1962年(昭和37年)8月10日
班女[編集]
あらすじ[編集]
画家志望の40歳の女・本田実子は不安であった。彼女の家に住まわせている美女・花子の古風なロマンスのことが新聞記事になってしまったからだ。花子はかつてひとりの男・吉雄を愛し、扇を交換した。いつか会えることを願って駅のベンチで男を待ち続けているうちに狂気に陥ってしまったのだ。狂女・花子が扇を手に、来る日も来る日も駅で吉雄を待っている。その記事がいずれ吉雄の目にとまり、二人が再会してしまうのではないかと実子は恐れた。実子は花子の美しさを愛し、その美を独占し続けるつもりで、花子を描いた絵だけは一切発表しなかった。世間から花子を遠ざけるため、実子は花子を旅行に誘うが、花子は聞く耳をもたない。ずっとここであの人を待っていると言う。
新聞記事をみた吉雄が扇をもって実子の家を訪れた。実子は必死に吉雄を家に入れまいと妨害するが、花子が部屋から現われ吉雄と対面する。しかし、吉雄を見た狂女・花子は、あなたは吉雄さんのお顔ではないと言う。吉雄は失意のうちに去って行く。そして再び、花子の待つ人生、実子の何も待たない人生が続く。
おもな舞台公演[編集]
中央公論社公演
- 1957年(昭和32年)4月12日 東京・中央公論社ギャラリー
- 演出:三島由紀夫。翻訳:ドナルド・キーン。節付;武智鉄二。音楽;黛敏郎。
- 出演:ヘレン・マッカルパイン、マーガレット・エヴァンス、アイヴァン・モリス、ほか
- ※ 英語上演。
- 1959年(昭和34年)4月1日 東京・ドイツ・クラブO・A・G
- 演出:ヘレン・マッカルパイン。作曲:黛敏郎。出演:ヘレン・マッカルパイン、ほか
- ※ 『綾の鼓』、『葵上』と併演。英語上演。
NLT+新宿文化提携アートシアター 三島由紀夫作“近代能楽集”ナイター公演
三島由紀夫「近代能楽集」上演委員会主催公演 I
- 1976年(昭和51年)7月3日 - 13日 東京・国立劇場小劇場
- 演出:福田恆存、荒川哲生。美術;金森馨。出演:坂東玉三郎、村松英子、楠侑子、中山仁
- ※ 『卒塔婆小町』(3 - 6日)、『綾の鼓』、『班女』(3日 - 13日)、『弱法師』(7日 - 13日)と連続公演。
- ※ キングレコードより1976年(昭和51年)12月、舞台録音のLPレコード発売。
- ※ 新潮カセットブック「近代能楽集(一)」として1991年(平成3年)6月、舞台録音のカセットテープ発売。
- 1990年(平成2年)8月6日 - 7日 富山県利賀芸術公園利賀山房
- 演出:モニカ・ヴィニャオ。出演:シルヴィア・デートリッヒ、ほか
プロツー・カンパニー公演 芸術祭主催公演「三島由紀夫近代能楽集」
T.P.T 「THEATRE PROJECT TOKYO」Vol.11
- 1995年(平成7年)9月14日 - 27日、10月5 - 8日 東京・ベニサン・ピット、
- 9月30日 - 10月3日 大阪・近鉄アート館
- 演出:デヴィッド・ルヴォー。通訳:児玉寿愛。出演:松本紀保、佐藤オリエ、堤真一
- ※ 『葵上』と併演。平成7年度芸術祭参加。
万の会 第19回蝸牛の会
ラジオドラマ化[編集]
現代劇場『班女』(文化放送) 1957年(昭和32年)12月27日
道成寺[編集]
あらすじ[編集]
古道具屋で骨董家具の競売が行われている。商品として出されたのは、巨大な洋風衣裳箪笥。何百着の衣裳を入れてもまだ余るほどの、とても巨大で高品質の衣裳箪笥であった。客が次々と高額で入札しているところへ、踊り子と称する美しい娘・清子がやって来て、その箪笥は3000円の値打ちしかないと言い放った。清子はこの箪笥の出所を暴露する。かつてこの箪笥は、資産家・桜山家の夫人が若い愛人をかくまうために使っていたこと。そしてそのことに気づいた桜山が、中に隠れていた愛人・安をピストルで銃殺し、箪笥が血まみれになったことを、清子は話し出した。客たちは教えてくれた清子に礼を言いながら、次々と帰ってゆく。
怒った骨董店の主人に、清子は話の続きを聞かせる。箪笥の中で殺された青年・安は清子の恋人でもあったのだ。彼女はこの箪笥を手に入れるためにやってきたのだ。その箪笥の中で恋人を思いながら、愛されなかった自分の若い美しい顔が醜く変貌することを願っているのだという。しかし主人は50000円以下では箪笥を売ろうとしない。すると清子は箪笥の中へ入って鍵をかけてしまった。清子は手に硫酸の小瓶を持っていた。
やがて箪笥の中から清子は、硫酸をかぶらず、美しい顔のまま出てきた。四方の鏡の中で焼けただれた顔の幻影を見たが、その時に清子は、どんな怖ろしい悲しみも嫉妬も怒りの思いも、それだけでは人間の顔を変貌することができないのだと悟り、自然と和解することにしたのだという。そして、もう箪笥はいらないと言って、名刺をもらってナンパされた競売の客の男の1人に会いに骨董店をあとにする。
おもな舞台公演[編集]
三島由紀夫「近代能楽集」上演委員会主催公演 II
佐藤正隆事務所プロデュース第1回公演
- 1988年(昭和63年)6月23日 - 7月3日 東京・三百人劇場、7月5日 京都府立勤労会館、
- 7月6日 - 7月7日 大阪・毎日ホール、7月9日 金沢・石川県文教会館ホール
- 演出:村田元史。出演:仲谷昇、山下智子、小泉博、福田公子、坂本長利、ほか
- ※ 『葵上』と併演。
プロツー・カンパニー公演 芸術祭主催公演「三島由紀夫近代能楽集」
- 1990年(平成2年)11月6日 - 12日 東京・サンシャイン劇場
- 演出:横内謙介。出演:嶋田久作、住田隆、佐倉しおり、西田康人、六角精児、中原三千代、ほか
- ※ 『班女』と併演。
- ※ 1991年(平成3年)1月13日、NHK衛星第二で舞台中継。
ラジオドラマ化[編集]
国際演劇月参加特別番組『道成寺』(ラジオ東京) 1957年(昭和32年)6月18日
熊野[編集]
あらすじ[編集]
美しい女・熊野(ユヤ)は、大実業家の宗盛に愛人としてかこわれ、豪勢なマンションで暮していた。ある春の桜の季節、ユヤは、母親の病気を理由に、実家の北海道に帰らせてくれと宗盛に願い出ていた。部屋は片付いており、既に旅行の支度もできている。しかし宗盛は、今日は花見に行こうとしきりに誘った。今日の盛りの桜の花は今という時間にしか見られないのだと言い、美しい盛りのユヤを伴って花見をしたいと言って、母の危篤に一刻も早く駆けつけたいというユヤの申し出を聞き入れない。
ユヤの友人・朝子が現われて、ユヤの母からの手紙を持ってくる。そこには死ぬ前に一目、娘に会いたいという母の心情が切々と綴られていた。その手紙を聞かされても、宗盛はユヤを花見に誘うが、バルコニーで話しているうちに雨もようとなり、ユヤは宗盛の許可を得て旅立ちに向けて部屋を出ようとする。
そこへ、宗盛の秘書である山田が入って来た。ユヤの母親・マサも一緒だった。マサは小太りで元気そうである。マサは山田にすべて白状していた。母親が病気という話はユヤの仕組んだ嘘だった。ユヤには、北海道の自衛隊で働く恋人・薫がいたのだった。本当の母親もユヤが15歳のときにすでに死亡していた。ユヤは恋人に会うために宗盛に嘘の里帰りの理由を考えたのだった。薫とは結婚を約束していて、愛人稼業は結婚資金のためであったことも、すべて山田が調べてきていた。
マサや山田らが部屋を出て、ユヤと宗盛が二人きりになった。しかし、宗盛は怒らない。マンションの外では、雨が降って、遠くの桜が濡れていた。ユヤは、「ひどい雨ね。今日はお花見ができなくて残念」と言うと、宗盛は、捲きついていたユヤの腕をとき、手を握ったまま、「いや、俺はすばらしい花見をしたよ。……俺は実にいい花見をした」とユヤを遠くから見つめるようにして言った。
おもな舞台公演[編集]
新宿文化プロデュース・アートシアター演劇公演 No.29
- 1967年(昭和42年)11月17日 - 12月2日 東京・アートシアター新宿文化
- 演出:堂本正樹。出演:楠侑子、真咲美岐、小林トシ子、木島新一、早野寿郎
- ※ 『葵上』と併演。昭和42年度芸術祭参加。
三島由紀夫「近代能楽集」上演委員会主催公演 III
- 1981年(昭和56年)7月7日 - 15日 東京・国立劇場小劇場
- 演出:実相寺昭雄。音楽:石井真木。出演:藤村志保、瀬下和久、富沢亜古、小沢幹雄、高杉早苗、ほか
- ※ 『卒塔婆小町』、『源氏供養』と併演。
佐藤正隆事務所公演 芸術祭主催公演「三島由紀夫近代能楽集」
万の会 第25回蝸牛の会
ラジオドラマ化[編集]
ドラマ自由席『熊野 ― 近代能楽集のうち』(ラジオ東京) 1961年(昭和36年)11月5日
弱法師[編集]
あらすじ[編集]
家庭裁判所の一室で、川島、高安の2組の夫婦が俊徳の親権を争っている。俊徳は高安夫妻の子供であった。しかし、5歳の時、戦火の中で両親からはぐれ、火で目を焼かれ失明し浮浪児となっていたところを川島夫妻に拾われ、20歳まで育てられていた。2組の話し合いの決着がつかず、調停委員の桜間級子が俊徳を部屋に呼ぶ。俊徳は育ての親の川島夫妻を奴隷のように扱う。また、肉親の愛情を訴えようとする高安夫妻も虫けらのように扱い、「僕は裸の囚人ですね?」と聞き、自分の言うことになんでも同意しなければ親としての資格はないと言う。
埒が明かないので、桜間級子は親たちを別室に引き取らせ、俊徳と話をする。そのときちょうど夕日が沈むところで、級子は西窓に夕焼けを見る。俊徳はその夕焼けを地獄の東門へ沈んでゆく、僕にも見えると言い、「あれはこの世のおわりの景色なんです」と、戦火の地獄の思い出を激しく語り出す。そして級子に向かって、「この世のおわりを見たね?」と同意を求める。級子はしばらくの躊躇の後、「いいえ、見ないわ」と否定する。俊徳は反発し級子を邪険にするが、彼女は「ずっとあなたのそばにいる」と言う。俊徳はやや落着きを取り戻し、店屋物の食事を級子に頼む。そして、部屋から出て行く級子に向かい、「僕ってね、……どうしてだか、誰からも愛されるんだよ」と呟く。
おもな舞台公演[編集]
NLT+新宿文化提携アートシアター 三島由紀夫作“近代能楽集”ナイター公演
三島由紀夫「近代能楽集」上演委員会主催公演 I
- 1976年(昭和51年)7月3日 - 13日 東京・国立劇場小劇場
- 演出:蜷川幸雄。美術;金森馨。出演:岸田今日子、諏訪圭一、南祐輔、上月左知子、嵯峨三智子
- ※ 『卒塔婆小町』(3 - 6日)、『綾の鼓』、『班女』(3日 - 13日)、『弱法師』(7日 - 13日)と連続公演。
- ※ キングレコードより1976年(昭和51年)12月、舞台録音のLPレコード発売。
- ※ 新潮カセットブック「近代能楽集(一)」として1991年(平成3年)4月、舞台録音のカセットテープ発売。
東京グローブ座特別公演「三島由紀夫メモリアル」
平岡紀子プロデュース ダンス・ネオ・ミシマ「エクリプス(月蝕) ―近代能楽集より」
- 1990年(平成2年)1月17日 - 21日 東京グローブ座
- 構成・演出・振付:竹邑類。製作;平岡紀子。出演:安達悦子、田島徹也、橋本さとみ、鈴木レイ子、前田清実、ほか
- ※ ダンス化。「新月の章 ―弱法師」として上演。
- ※ 『葵上』のダンス化「三日月の章 ―葵上」と同時上演。
佐藤正隆事務所公演 芸術祭主催公演「三島由紀夫近代能楽集」
万の会 第21回蝸牛の会
ホリプロ制作公演
- 2001年(平成13年)7月12日 - 14日 彩の国さいたま芸術劇場大ホール、
- 7月20日 - 21日 新潟・りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館劇場、
- 7月25日 - 27日 大阪・シアター・ドラマシティ、7月31日 - 8月12日 東京・Bunkamura シアターコクーン
- 演出:蜷川幸雄。出演:藤原竜也、高橋惠子、筒井康隆、鷲尾真知子、清水幹生、神保共子
- ※ 『卒塔婆小町』と併演。
- ※ 2001年(平成13年)6月27日 - 30日 ロンドン・バービカン劇場で上演。
源氏供養[編集]
あらすじ[編集]
海を見渡す浦田岬の崖上の松林に美人作家・野添紫の文学碑が立っている。晩春の午後、2人の文学青年が手に小説「春の潮」を携えてやって来た。「春の潮」は野添紫の大ベストセラー小説で、主人公は絶世の美男・藤倉光。光は54人の女性に愛されながらも、最後はこの浦田岬の崖の上から身を投げて自殺するという物語であった。作者の野添紫は、この小説を書き財産を手に入れたところで、子宮ガンで死んでしまったのであった。
2人の文学青年は、「春の潮」の主人公・藤倉光がまるで実在した人間かのように文学碑の前で、光がなぜ死んだのかを熱く語り、光が身を投げたコースを辿ってみよう、などと言っていた。あたりが暗くなり春雷が轟きはじめた。2人があわてて見物を急ぎ、あっちだ、こっちだと言いながらコースを回っているとき、文学碑の後ろからスラックスに丸首セーターを着た1人の中年の女が現われた。そして碑の上にぞんざいに腰かけ、足を組んで煙草をふかした。あたりがまた明るくなり、文学碑の前に戻ってきた2人の青年は女を見ておどろく。
2人に誰かと問われても、女はただ、「私はこの石碑に座る権利のある女」とした答えず、石碑のほとりに2人を招き、肩に手をかけ、「ここから見ててごらん、本当の光を見せてあげる」などと言った。見ると、「春の潮」の主人公・光が夕映えに照らされた松かげから現れた。2人はすごい美男子の光に感動し、小説の光の容姿の描写を暗誦して見ていると、光は松のまわりをぐるぐる廻ったあと、崖から身を投げた。しかし、また松林から光が現われた。そして何度も同じことをくり返した。やがて青年2人は、女の話ぶりや説明から、彼女が野添紫の霊だとわかる。
野添紫は自分が死んだのは、読者みんなが実在を信じたがった主人公を創り出しながら、その主人公を救ってやらなかった報いだ語りだした。そして紫は、小説を書くことは実在のまねごとをして人をたぶらかすこと、それは罪だと私は知っていたから、せめて私は救済のまねごとまでは遠慮したのに、それが却って天の妬みを受けたのだと言った。なぜなら、光のような救済の輝きだけを身に浴びて、救済を拒否するような人間こそ、天は創りたくても創れず、それが創れるのは芸術家だけだから、それが天を怒らせるのだと言った。
紫が子宮ガンの苦しみを文学的に語っている最中、観光バスでやって来た団体客が近づいてくる音がし、紫は石碑のうしろへ消えていった。青年2人は、また松のかげから光が現れたのを発見するが、落ち着いてよく見ると、それは回転式灯台の光りであった。紫から受け取った血だらけのハンカチも、真っ白なままに戻っていた。2人は、「だまされた、文学なんかとは縁切りだ」と言い、持っていた本を捨てる。そして、観光バスの団体客たちが、文学碑の前でガイドの朗々とした説明を聞いているのを見て、青年2人は、「ははははは」と笑い出す。
舞台公演[編集]
三島由紀夫「近代能楽集」上演委員会主催公演 III
てふの会第6回公演
Long After Love[編集]
あらすじ[編集]
I. SOTOBA・KOMACHI
- 『卒塔婆小町』のあらすじ。
- 「今急に俺の家の猫がペンキ壺を引っくり返したような気がしたのだ」、という声。小町は、「それも私の罪じゃないのさ。私の知ったことじゃないのさ」、「恋が自然にその身を滅ぼし、夢みただけの報いをうけ、私が手を下すまでもなく、いい気持で死んでいったんだよ」、「私の顔の美しさから、つまらぬ幻を引き出して、その報いで死んだだけのことだもの。それ以来私は、私の顔を美しいという男は、きっと死ぬもんだと思うようになったんだ」と言う。
II. カーテン前
- 夜半の公園から詩人の屍体が乞食たちと巡査によって運ばれていく。これを驚いてまじまじと見る光に巡査が不審尋問する。光は木立の向うの病院に入院している妻の見舞いに行くんだと言う。
III. LADY・AOI
- 妻・葵の寝顔を見て安心した光は、看護婦に先ほど屍体を見た話をする。光は、「あれは僕自身の屍体じゃないか、僕は忌まわしい美女、齢百にも及ぶ女に恋して、その女のために身を滅ぼして、今死んだばかりのような気がしたんだ」、「僕には、女房のほかに、いつもどこか遠いところに女がいて、その女がじっと僕を見つめているような気がする」、「僕はその女から遁れられないという気がする。いつも遠くて、いつも近くにいるような気がする」と言う。
- 『葵上』のあらすじ。
IV. 公園
- 葵の死後、光と看護婦は恋人になったが、今では光の方は倦きていて、2人でベンチに座って夢に殺された葵の話などをしている。光は急に遠い記憶を思い出す。それは自分の思い出ではないが、自分の記憶のような気がした。光は、旅で出会った女に、又来ると言って約束して別れたような気がしたと言う。看護婦は、「夢にお気をつけなさい。真夜中に出る幽霊なんかより、もっと怖ろしいのは午後の幽霊なのよ」、「それはいい日和に突然現われるの」、「あなたはもうじきそれにお会いになるでしょう」と言う。
V. HANJO
- 『班女』のあらすじ。
舞台公演[編集]
T.P.T 「THEATRE PROJECT TOKYO」Vol.30
- 2000年(平成12年)3月17日 - 4月16日 東京・ベニサン・ピット、4月21日 - 30日 大阪・エイトスタジオ
- 演出:デヴィッド・ルヴォー、山下晃彦。出演:麻実れい、山本亨、佐々木蔵之介、小山萌子、松浦佐知子、ほか
- ※ 『班女』の部分をカットして、『卒塔婆小町』、『葵上』の部分で構成。
附子[編集]
あらすじ[編集]
ニューヨークの3rdアヴェニューにある高級アンティーク店・Duke Laspootinov(デューク・ラスプーチノフ)には、初老のケチな主人と2人の若者の店員・Keichi と Chiz がいた。ある日の午後5時ごろ、主人はカクテル・パーティーに行くから、閉店まで留守番をするように2人の店員に言って出かけて行った。
2人は、主人が大事にしまっている毒が入っているという東洋風の瓶を開けて見る。その瓶はアイスボックスの仕掛けとなっていて、中にはキャビアとレモンが入っていた。2人は主人の葡萄酒も持ってきてキャビアをどんどん食べてしまった。
主人が帰ってきた。そして、空の酒瓶がころがり困っている2人を見て怒り出した。2人は店の高価な陶器を主人に次々と投げつけたり、タピストリーを引き裂きながら逃げ回った。2人が店から逃げて行き、店には、両手に壊れやすい物を一杯かかえて身動きできずに立っている主人が残された。その傍のへんなポーズの仏像と全く同じポーズで。
おもな刊行本[編集]
- 『綾の鼓』(未来社・未来劇場6、1953年10月15日)
- 紙装。収録:作者の言葉、綾の鼓―近代能楽集ノ内。本文冒頭に、一条龍夫による装置図・平面図。
- 本書はそのまま台本として使用できるようになっており、巻末に「演出ノート」、「附帳」(スタッフ、キャスト用)、「上演許可願」ほかの欄がある。
- ※ のち、1953年(昭和28年)11月10日に、『未来劇場 第二巻』として、秋田雨雀「国境の夜」、飯沢匡「崑崙山の人々」と共に3冊セット(機械函入)で発行。
- 『近代能楽集』(新潮社、1956年4月30日)
- 紙装。A5変型判。夫婦函。収録作品:邯鄲、綾の鼓、卒塔婆小町、葵上、班女
- 「あとがき」末尾に、「初演及び特殊演出による上演の目録」。
- 文庫版『近代能楽集』(新潮文庫、1968年3月25日。改版2004年)
- 付録・解説:ドナルド・キーン。収録作品:邯鄲、綾の鼓、卒塔婆小町、葵上、班女、道成寺、熊野、弱法師
- ※ 改版2004年より、カバー改装:新潮社装幀室。
- 新装版『近代能楽集』(新潮社、1976年5月30日)
- 紙装。A5変型判。夫婦函。収録作品:邯鄲、綾の鼓、卒塔婆小町、葵上、班女
- 1956年初版刊行本の復刻の体裁だが、函題簽の位置、本文用紙、背表紙の書体等に若干の差異がある。
- 新装版『近代能楽集』(新潮社、1990年9月10日)
- 英文版『Five Modern No Plays』(訳:ドナルド・キーン)(Tuttle Pub、1989年12月15日。他)
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)
- 松本徹『三島由紀夫を読み解く(NHKシリーズ NHKカルチャーラジオ・文学の世界)』(NHK出版、2010年)
- 『決定版 三島由紀夫全集第23巻・戯曲3』(新潮社、2002年)
- 『決定版 三島由紀夫全集第25巻・戯曲5』(新潮社、2002年)