法政大学
法政大学(ほうせいだいがく、英称:Hosei University)は、日本の私立大学である。
目次
概観[編集]
大学全体[編集]
法政大学は、1880年4月開設の東京法学社(のち東京法学校)および1886年開校の東京仏学校を前身とし、1920年に大学令に基づく大学となった私立大学の一つである。東京六大学の一校としても知られる。
近代化への道を歩み始めた明治初期の日本において、高度な法技術者を養成する目的で創立され、現在では15学部・18大学院研究科を抱える総合大学へと発展した。創立者のほかに、初代教頭のギュスターヴ・エミール・ボアソナード (Gustave Émile Boissonade) と初代総理(総長)の梅謙次郎を学祖としている。
本部及び多くの文系学部生が通う市ヶ谷キャンパスは古くから東京都の中心地である千代田区に位置する。外濠や皇居、北の丸公園、靖国神社付近に立地しており、都心にありながら緑も多く、閑静で落ち着いた雰囲気に包まれている。昭和後期に入ると郊外へとキャンパスを広げ、市ヶ谷・小金井・多摩の3キャンパス体制となり、サテライトキャンパスを除き全てのキャンパスが都内に立地している。
近年、人気が上昇しており、主要調査機関による高校生大学イメージランキングでは2008年、2009年に3位を獲得している(法政大学は後期日程の入試を行っていない)。
理念[編集]
- 自由と進歩
- 進取の気象
を理念として謳っている。「自由と進歩」の文字は、創立者の一人、薩埵正邦の筆になると言われる1880年の「東京法学社開校の趣旨」に述べられている。「進取の気象」は、佐藤春夫作詞による法政大学校歌の一節である。
- 開かれた教育
「開かれた教育」は、法政大学初代総理(現在の総長)に就任した梅謙次郎の創意を基盤としたものであり、開かれた教育の理念およびそれを目的とする大学改革の精神は現在の法政大学の指針となる。
教育と研究[編集]
日本の私学では最古の法学部と社会学部を持つことで知られている。また私立大学では、経済学部が慶應義塾大学に次いで2番目、経営学部も明治大学に次いで2番目に設置されており、多くの伝統学部が存在する。さらに1947年には日本最初の大学通信教育課程を設立した。
企業側へ学生を派遣し、短期就職させる「インターンシップ」も他大学に先立ち早くから始動させているほか、海外大学留学制度も各学部別に整備している。
さらには、生涯設計や就職活動などに対する意識をいち早く形成させる目的の「キャリアデザイン学」を近年開講。キャリアセンター(就職部)と連携した学内では珍しい講義で、学部の枠を超えて1年次から教養科目として履修できる。
2003年より教育の質を向上させることを目的としたファカルティ・ディベロップメント(Faculty Development、通称FD)プログラムを実施している。具体例としては、授業の満足度等を学生が評価する「学生による授業評価アンケート」を年2回行っている。
2008年11月には総長室に「大学評価室」を付置し、自己点検・評価体制の構築のための情報収集・調査・分析、情報発信などを積極的に実施している。
千代田の春ー法政けんか祭り[編集]
うららかな天候に恵まれた24日午後、千代田区の法政大学市ヶ谷キャンパスの正門前で、中核派170人と警察官約200人によるけんかまつりが、今年も盛大に行われた。
「法政けんか祭り」は、約40年の伝統を誇る法政大学の神事で、揃いのヘルメットと手ぬぐいのイナセないでたちで、赤い旗を振り、ビラを撒きながら警察官と激しくもみ合い、家内安全、無病息災を祈願する。
中核派のかつての繁栄をしのばせる貴重な神事として、平成9年には国の重要無形文化財に指定された。警視庁公安部によると、このけんか祭りで年男の活動家合わせて6人がめでたく留置所に安置されたという。
世話人の活動家、法楽吉二郎さん(67)は、「昔は町内の人たちが私らに、力水や塩や石を投げ付けて盛り上げてくれたもんです。今は後継者が少なくてねぇ…まだ私も現役ですよ」と寂しく笑いながら火炎瓶を投げ飛ばしていた。
法政のけんか祭りが終わった東京は、間もなく初夏を迎える。
中核派法大デモ10・21闘争に向け決起。これに恐怖する学生弾圧田中優子・法大総長打倒へ(2014年)[編集]
2014年9月30日、法政大学文化連盟の仲間を先頭に首都圏学生は、後期開講後初の法大包囲デモを打ち抜き、10・21国際反戦デー闘争の爆発に向けたのろしを上げた。
これに恐怖する田中優子・法大総長は、文化連盟や全学連がビラまき・演説を行っている外濠校舎前の1カ月にわたる工事を9月26日から強行し、文化連盟への学内からの合流を阻もうとしてきた。しかし、この工事は法大当局の反動性を一層浮き彫りにさせ、法大生の怒りを増大させるものだ。
この日、5月13日の不当逮捕以来約4カ月半ぶりに武田雄飛丸君が門前に登場、昼休み突入とともにアピールを行った。
「みなさんの支援で法大闘争史上最短で戻ってきました。田中優子総長は、戦争反対を語りながら、学生の反戦活動を弾圧し、ビラまき、集会をやらせない。この大学のあり方はいったい何なんだ。文科省からスーパーグローバル大学に選ばれて3億円をもらったと自慢する田中優子を打倒しよう!」
ビラが次々と手渡される事態に驚愕した法大職員は、ビラをまく学生に襲い掛かるも、一喝されすごすごと帰っていく。午後1時、いよいよデモに出発だ。首都圏の新たな学生も合流し、元気よくシュプレヒコールを叫んだ。
「大学の戦争協力を阻止するぞ」
「戦争反対の武田君を奪還したぞ」
「田中総長は武田君に謝れ」
「学生の命で金もうけするな」
「軍事費を学費にまわせ」
学生の反戦闘争への決起に沿道からは多くの応援の声が寄せられた。「10・21には行く」と言う留学生や、デモ後に「応援しています」と言い寄る法大生も現れ、学内決起の足がかりを築く決定的な行動となった。最後に山本一如文化連盟書記長が団結ガンバローで締めくくり、10・21国際反戦デーの歴史的爆発に向け団結を打ち固めた。
沿革[編集]
略歴[編集]
法政大学の前身の一つである東京法学社(のち東京法学校)は、金丸鉄・伊藤修・薩埵正邦ら7名の若き法律家・司法省関係者によって創立された。開校間もない1883年には、日本政府の法律顧問として国内法整備に大きな貢献を果たした「日本近代法の父」ボアソナードが初代教頭に就任している[1]。また、辻新次(初代文部次官)や古市公威(帝国大学工科大学初代学長)らが創立した東京仏学校と1889年に合併し、和仏法律学校となって以降は、日本における「法律の元祖」といわれる箕作麟祥をはじめとして、日本の諸法典を創った法典調査会の中心人物が校長に就任している。中でも、「日本民法典の父」といわれる梅謙次郎は、20年間に渡り学監、校長、初代総理として、法政大学の設立・発展に多大な貢献をした。その後、大学令が施行された翌年の1920年に旧制大学となり、1949年より新制大学となっている。
年表[編集]
- 1880年 4月に東京府神田区駿河台で東京法学社講法局・代言局開設、9月12日に講法局が本格的に開校
- 1881年 講法局が独立し東京法学校と改称
- 1883年 ボアソナードが初代教頭に就任
- 1885年 東京法学校の通信教育機関設立
- 1886年 東京仏学校設立
- 1889年 東京法学校と東京仏学校とが合併、和仏法律学校と改称
- 1890年 九段上校舎に移転
- 1903年 専門学校令により財団法人和仏法律学校法政大学と改称、予科・大学部・専門部・高等研究科を設置
- 1917年 東京六大学野球連盟の前身である三大学リーグ(早大・慶大・明大)に野球部が加盟、四大学リーグ(早慶明法)の結成。
- 1920年 大学令により旧制大学となる、財団法人法政大学へ改組、法学部・経済学部設置
- 1921年 麹町区富士見町4丁目[2]に校舎を移転、第一校舎竣工
- 1922年 法学部に文学科・哲学科を新設して法文学部となる
- 1925年 東京六大学野球連盟発足
- 1927年 第一校舎(二代目)竣工
- 1928年 創立50周年記念式典を挙行
- 1929年 法大航空研究会発足、現在の航空専修の前身となる
- 1930年 東京六大学野球に初優勝
- 1931年 航空研究会の学生が操縦する「青年日本号」による訪欧飛行を達成(日本の学生初)、1月に現在の校歌を制定
- 1933年 法政大学騒動発生、教授多数が辞職する事態が起きる
- 1943年 法政大学学徒出陣壮行会
- 1944年 法政大学航空工業専門学校設立
- 1945年 法政大学航空工業専門学校が、法政工業専門学校と改称。5月、東京への空襲により第一校舎ほか多数の施設が焼失。終戦3ヶ月後、焼失を免れた図書館他にて閲覧サービスを開始
- 1947年 法文学部が法学部・文学部に改編、日本で最初の大学通信教育課程を設置、初代部長に美濃部達吉就任。4月に法政工業専門学校が千葉郡二宮町薬園台に移転
- 1948年 学園祭「自主法政祭」の第1回目を開催(1947年説も)
- 1949年 学制改革により新制大学となる。大原社会問題研究所を合併。
- 1950年 工学部設置、法政大学短期大学部設置
- 1951年 私立学校法により学校法人法政大学となる、新制大学院を設置
- 1952年 中央労働学園大学を合併。同大学を母体として社会学部を港区麻布の旧中央労働学園大に設置し、工学部も移転、野上記念法政大学能楽研究所設立
- 1953年 53年館竣工
- 1955年 55年館竣工、麻布にあった社会学部を市ヶ谷に移転
- 1958年 58年館竣工、55年館と58年館が第10回日本建築学会賞作品賞を受賞
- 1959年 経済学部商業学科を改組し、経営学部を設置
- 1960年 55年館と58年館が第1回BCS賞を受賞
- 1962年 奨学金給付制度開始、62年館竣工
- 1964年 小金井キャンパス竣工、工学部を麻布から移転
- 1965年 大学院工学研究科を設置
- 1969年 69年館(現在の法科大学院棟)竣工
- 1972年 学生会館竣工
- 1975年 法政大学ロンドン分室をロンドン大学に設置(現在のヨーロッパ研究センター)、市ヶ谷キャンパスに市ヶ谷総合体育館竣工
- 1977年 国際交流センター設置
- 1979年 奨学金留学制度開始
- 1980年 創立100周年。隣接する日本女子学園跡地に80年館(図書館・研究室棟)竣工、イオンビーム研究所設置
- 1984年 多摩キャンパス竣工、経済学部と社会学部が市ヶ谷より移転
- 1985年 短期大学部を廃止
- 1988年 自主マスコミ講座創立
- 1990年 戦没者学生への卒業証書授与式
- 1992年 92年館(大学院棟)竣工
- 1994年 小金井キャンパスに南館竣工
- 1997年 高度情報ネットワーク開設
- 1998年 法政大学エクステンションカレッジ創設
- 1999年 国際文化学部・人間環境学部を設置、総合大学で初めてISO 14001取得、多摩キャンパスに16号館-EGG DOME-竣工
- 2000年 創立120周年、現代福祉学部・情報科学部を設置、市ヶ谷キャンパスにボアソナードタワー竣工、小金井キャンパスに西館竣工
- 2001年 経済学部に国際経済学科を新設
- 2002年 社会学部にメディア社会学科を新設
- 2003年 キャリアデザイン学部設置、経営学部に経営戦略学科と市場経営学科を新設、文学部に心理学科を新設
- 2004年 大学院法務研究科(法科大学院)・イノベーションマネジメント研究科設置、工学部にシステムデザイン学科を新設、市ヶ谷キャンパス学生会館を解体、小金井キャンパスにマイクロナノテクノロジー研究センター竣工
- 2005年 会計大学院設置、法学部に国際政治学科を新設、経済学部に現代ビジネス学科を新設、スポーツ・サイエンス・インスティテュートを設置、イノベーションマネジメント研究科(経営大学院)設置、FDキャリアセンターおよびキャリアセンター発足
- 2006年 市ヶ谷キャンパスに隣接する嘉悦学園女子中学校・高等学校敷地を買収しキャンパスを拡張、市ヶ谷キャンパス富士見坂校舎利用開始、工学部に生命機能学科を新設、グローバル学際研究インスティテュート (IGIS) 開講
- 2007年 工学部の一部学科を改組しデザイン工学部を設置、市ヶ谷キャンパスに外濠校舎竣工、小金井キャンパス再開発を開始
- 2008年 工学部を理工学部と生命科学部に改組、GIS(グローバル教養学部)を設置、理工学部に航空操縦学専修を開設、小金井キャンパスに東館竣工
- 2009年 スポーツ健康学部設置、大学院静岡サテライトキャンパス開設
- 2010年 創立130周年、現代福祉学部を改組し福祉コミュニティ学科と臨床心理学科を新設、ボアソナードと梅謙次郎没後100周年
- 2011年 、東日本大震災の影響によりこの年の学位授与式・入学式を中止し市ヶ谷キャンパスのみ学部授業の開始を5月6日まで延期、小金井キャンパスに北館・管理棟が竣工
特色[編集]
学生気質は年とともに変化していくので把握するのは難しいが、以下、独断と偏見で大雑把な分類のもと学生の特徴を分析する。
- 一般入試入学組
- 一般入試入学組は「滑り止め入学組」「実力相応組」「法政第一志望組」の大きく3つに分けられる。「滑り止め入学組」はツンデレというよりはクーデレに近く、最初は法政のことなど歯牙にもかけていない姿勢を見せるも、同じような境遇の学生も多いことに気付き、やがて軟化する。滑り止め入学組の中には、「入りたくて入ったわけじゃないんだから」と入学直後にブツブツ言っている人もいるが、入学してしばらく経つと多くは「法大けっこう良いかも」という自我を確立する。同じような境遇の人間も多数いることが分かり、安心することも一因だろう。たまに入学後にハメを外して別人になってしまう人もいるが、そっとしておこう。「実力相応組」は、入学当初は大学に対する思い入れはあまりなく、大学に対する関心も薄い人が多いが、時が経つとともに法大生としての自覚が芽生えていく。意外としっかりしている人が多く、無難に大学生活を過ごし、無難に社会へと巣立っていく人が実力相応組には多い。面白みには欠けても堅実で真っ当な人生を歩んでいくことであろう。「法政第一志望組」は多くが法大に入学できたことに満足している。第一志望に入学できたのだから。やる気・元気のある人が多く、一般入試入学組の中では最も母校愛の強い人が多いと思われる。地頭がそれなりに良くて、高校時代にあまり勉強していなかった人の中には、大学入学後に急激に伸びて成績優秀者になってしまう人も稀に見られる。たまにウケ狙いで自分のおバカさをアピールする人もいるが、失笑を買うだけで、本気でバカだと思われるので止めておこう。
- センター3教科入試入学組
- 「センター3教科入試入学組」は、一般入試入学組の「滑り止め入学組」「実力相応組」と同様のタイプが多い。努力して受験勉強していた人が多く、浪人生も多い。しかしだからこそ母校愛も強い。内部生や推薦入学者、指定校入学者を法大生と認めず、内心バカにしている人も(いるかもしれない)。じつは一般入試に落ちて、センター3教科入試経由で入学する人も結構いることは内緒。
- センター5教科6科目入試入学組
- 最も苦労して法大に入るかわいそうな人たち(旧帝大・難関国立大落ちが多い)。コンプレックスを抱える人もいるかもしれないが、意外と割り切っている人が多い。このレベルになると、悟りを開くようである。大学生活を楽しもうとする人と難関国家試験や大学院などでリベンジを果たそうとする人に分かれる。
- 内部生組
- 良くも悪くも独特のオーラを放っている。全員が法大の校歌を覚えている、内部生同志の繋がりが極めて緊密であるなど、その母校愛は他の追随を許さない(はず)。入学前から人間関係が出来上がっているため、大学に入っても内部生同士でつるむことが多い。地方出身者にとって、付き合うにはハードルの高い連中である。学力の高い人と学力の低い人に分けられるが、学力の高い人の中には、「べ、べつに他大にだって行けたんだからっ」と小声で言っている人もたまにいる。中高生時代から法政大学への依存度が高く、「こんなんじゃだめだ、自立しなきゃ」と思いつつも、結局法大から離れられないジレンマに陥っている。といっても、一般入試組より学力の高い人は少なく、学力の低い人は一般入試組などからはお荷物に思われることもある。
- 推薦入学組
- 実態はあまりよくわからない。自分が推薦入学であることを明かす推薦入学者は少なく、それゆえ推薦入学者がいることさえよく分からないくらいである(※ただし、芸能人やスポーツ選手を除く)。推薦されるだけあって真面目な人が多いはず?で、控えめな性格がさらに目立たなくさせているのかもしれない。真面目に授業に出ているのに留年するような人は、推薦入学者ではないかと疑われやすい。
基礎データ[編集]
所在地[編集]
- 市ケ谷キャンパス(〒102-8160 東京都千代田区富士見2-17-1)
- 多摩キャンパス(〒194-0298 東京都町田市相原町4342)
- 小金井キャンパス(〒184-8584 東京都小金井市梶野町3-7-2)
- 大学院静岡サテライトキャンパス(〒420-0857 静岡県静岡市葵区御幸町3-21ペガサート7階・演習室3 B-nest内)
象徴[編集]
校章[編集]
- 現在の校章は、長い伝統と永遠の真理をイメージして「大学」の二文字を亀の子型に図案化したもの。1930年に制定されたもので、当時予科に在籍していた山崎静太郎の考案である。
校旗[編集]
- 校旗
- 現在の校旗は、2008年1月に改めて作られたもので初代から数えて3代目に当たる。初代の校旗は戦災で焼失し、2代目は1947年に当時の学生課長が学生自治会と相談して、学生から5銭、10銭と醵金(きょきん)を集め、校章とスクールカラーを配することを条件として高島屋に一任したもので、制作費は15,000円であった。入学式・学位授与式(卒業式)の時に掲揚する以外には通常目にする機会はない。
- 略旗
- 縦3列にスクールカラーで色分けされ、中央に「法政」を表すアルファベットの「H」を配したシンプルなもの。中央部分にはオレンジを、その他の部分で青(青紫)を使用。通常時は大学のシンボル旗として略旗が使用されているため、法政の旗というとこれを思い浮かべる者が多い[3]。略旗のデザインの起源については、応援団の「団旗」によるものと考えられている。1990年にはそれまで不明瞭だった寸法が正式に縦180cm、横270cmと制定され、中央の「H」の位置をはじめとする細かな寸法も定められた。
校歌[編集]
- 「法政大学校歌」
早稲田大学校歌「都の西北」・明治大学校歌「白雲なびく」と並び、日本三大校歌の1つであるとする説がある[4]。「若き我等が命の限り」「法政おお我が母校」の一節は有名である。
大学ホームページ上で試聴ができるほか、多くのカラオケボックスで曲目一覧に掲載されている。また着うた・着うたフル・着信メロディでも配信されており、法政大学アリオンコール等の法政大学の合唱団や音楽サークルが楽曲を提供している。
応援歌ほか[編集]
これらの曲は法大応援団などの演奏や東京六大学野球等の応援時に聴くことができる。また、曲を収録したDVD・CD・カセットテープを大学が発行しており、法大生は機会があれば無料で入手できるほか、大学内の大学グッズショップでも購入できる。
- 学生歌
- 「青春の烽火」
- 「オレンジの園に」
- 行進曲
- 「名大いなれ法政」
- 「法政大学校歌」制定以前はこの曲が校歌であった。
- 「名大いなれ法政」
- ラランカラン
- 「歩みくれば御社」
スクールカラー[編集]
- スクールカラーは「オレンジ」と「ブルー(紫より濃い青紫)」であり、それぞれ「暁の太陽」と「青空」を表している。印刷番号は、オレンジがDIC161(4色分解/Y100%+M60%)、ブルーはPANTONE280(4色分解/C100%+M90%)である。
シンボルマーク[編集]
- 現在のシンボルマークは1996年3月に制定されたもので、「100有余年の歴史が培ってきた様々な実績と、21世紀に向けたワールドワイドな視点を表すこと」をコンセプトとしている。
- スクールカラーの「オレンジ」が持つ意味合いの一つ「太陽」というモチーフをHOSEIの「O」の文字にオーバーラップさせ、宇宙、国際性、スポーティーイメージ、躍動感、明るさ、エネルギーなどを象徴化している。
教育および研究[編集]
学部[編集]
構成[編集]
法学部[編集]
一学年 定員760名
旧制法律学校時代からの伝統を有する学部で1880年創立。日本の大学では東京大学に次いで2番目に古い歴史(私学では最古の歴史)を持つ法学部である。法律学はもちろん政治学も学び、国際的に活躍できる知的人格形成を目指す。法律学科ではコースモデル制、政治学科は科目群制、国際政治学科はコース制を設定しており、他学科の講義も受講できるよう配慮している。また国際政治学科では、1年次の夏期休暇を用いてオックスフォード大学への短期留学を行っている(全員必修。他2学科からも希望参加が可能)。
文学部[編集]
一学年 定員605名
1922年に夏目漱石門下の野上豊一郎・内田百間・安倍能成らによって法学部内に創設された文学科と哲学科が前身。複雑化する現代社会において「人間」と「文化」の本質をさまざまな角度から追究する。少人数教育に重きを置いており、2~3年次からの学部生全員のゼミナールへの参加が必修である。法政大学では珍しい学科間の独立傾向が強い学部で、学部生全員へ課される共通必修科目が無い代わりに、より専門性の高い研究を行えるよう配慮されている。2003年には二部文学部教育学科を発展する形で心理学科が新設された。
経営学部[編集]
一学年 定員735名
1959年設立。日本の大学では3番目、私立大学では2番目に設置された経営学部である。経済学部内に設置されていた商業学科が前身で、戦後の好景気による経済学部進学希望者の増大に対して、より実学重視の学部を設置するべく創設された経緯がある[5]。組織・人事・会計を専門に扱う伝統の経営学科の他に、より国際的な経営戦略、専門的なマーケティング創造を目指す2003年新設の2学科がある。
- 2009年に創設50周年を迎え、マイケル・ポーター氏の特別講演など記念事業が催された。この様子は日本経済新聞にも掲載された。
国際文化学部[編集]
一学年 定員240名
1999年創立。「文化」を一国ずつに考えるのではなく、国境を越えて広がる文化のイメージを捉えると同時に異文化間のコミュニケーションを考える。情報文化、・表象文化・言語文化・国際社会の4コース制を敷いており、1年次前期終了後には希望のコースを選択するほか、少人数教育も盛んに行われている。長期と短期を選択できる海外留学システム(Study Abroad、通称SA)に力を入れており、学部生の海外留学は必修である。
人間環境学部[編集]
一学年 定員320名
1999年創立。日本の大学での環境学の先駆的存在。人間と環境の調和・共存を考察し、環境の世紀を切り開くキーパーソンの育成を目指す。自然保護・街づくり・国際協力などを学ぶため、キャンパスを飛び出して現地へ赴く「フィールドスタディー」が特徴。コース制を実施しており、環境経営・地域環境・国際環境・環境教養の4コースが存在。文系ではあるものの理系の研究も可能である。
キャリアデザイン学部[編集]
一学年 定員280名
2003年に二部文学部教育学科を発展させる形で設立。英語の「career」という言葉をいかに捉えるのかを研究する学部で、世界規模で注目されているテーマである「キャリアデザイン」を考える。このテーマを扱う学部としては国内でも最古の部類に入る。教育学・経営学 ・文化/コミュニティ学を融合した新しい学問体系で、その核となるのは「生き方研究」である。自身のライフコースを見つめ、深く考慮できる人材育成を目指す。
GIS(グローバル教養学部)[編集]
一学年 定員50名
2008年にIGISを発展させる形で設立。GISと称されることが多い[6] 。学内でも最小の学部で、日本国内でも最小規模の学部である。その分だけきめ細やかな教育を売りにしており、ほとんどの講義は少人数、かつ基本的に全て英語で行われる。また海外からの留学生も多く所属している。1年次の必修科目である「Global Studies」は、専任教員が毎週交替でそれぞれの専門分野と関連づけて講義されている。
デザイン工学部[編集]
一学年 定員280名
2007年に工学部の建築学科・都市環境デザイン工学科・システムデザイン学科を改組し、市ヶ谷キャンパスへ移転して設立。自然・芸術・技術の調和を創出し、新時代の文化構築を目指す。「総合デザイン」を学部の核となるキーワードに設定し、学生の進路に合わせたデザイン学を構成する。美学、工学、技術から生まれる新しい「ものづくり」、「空間づくり」、「都市づくり」の教育研究を理念に置く。専門の授業は市ヶ谷キャンパスから少し離れた市ヶ谷田町校舎で学ぶ。現在3学科を抱える。
経済学部[編集]
一学年 定員840名
1920年設立。日本の大学では東京大学・京都大学・慶應義塾大学に次いで4番目、私立大学では2番目に設置された経済学部である。学部独自の海外留学システムを備えており、国際コミュニケーション科目、外国語科目も多数存在し、よりグローバルな経済界を見据えていく。経済学だけでなく、会計やファイナンスといった商学の分野も学習が可能であり、さらには経済学に隣接する経営学と法学にも触れる。1年次からの入門ゼミと4年間の一貫教育を実施しており、現在3学科を抱える。
社会学部[編集]
一学年 定員700名
1952年設立。日本の大学では一橋大学に次いで2番目、私立大学では最初に設置された社会学部である。ゼミナール活動を中心とした7コース・8プログラムで研究を進める。さらに大学から外へ出て実際に行動する「フィールド学習」を行い、フィールドトリップ、フィールドワーク、フィールドリサーチ、フィールドのメディア化のプロセスを通じて、社会の実像を見つめていく。その他マスコミ・メディア学も履修可能である。現在3学科を抱える。
現代福祉学部[編集]
一学年 定員220名
2000年創立。福祉・臨床心理・地域づくりの3テーマを主軸に置く独自のカリキュラムで特色ある学習を目指す。福祉を取り巻く新たな問題へ対応し、個々人の自立・自己実現を保障する福祉を考える。東京六大学では初の本格的な臨床心理も学ぶことができる。学外での臨床現場を見学、体験を基にした研究をすることもできる。インテンシヴ・イングリッシュという2年間の英語教育も行われている。創立当初は現代福祉学科のみであったが、2010年に福祉コミュニティ学科・臨床心理学科の2学科体制へと改組され、現代福祉学科は現在募集停止中である。
スポーツ健康学部[編集]
一学年 定員150名
2009年創立。現在法政大学内で最も新しい学部である。21世紀のスポーツと健康の問題を日々扱っていき、実習・実技講義も多数備える。また、海外の最先端スポーツ健康学を理解するための英語教育にも重きを置く。コース制を敷いているが、各コース間の連携を強くし、学部生全員が基本となる体育学、健康科学が身につくよう考慮されている。多摩キャンパスの広いスポーツ施設を利用する。
理工学部[編集]
一学年 定員410名
2008年に工学部機械工学科・情報電気電子工学科・電子情報学科・システム制御工学科・経営工学科を改組、発展させて設立。理科を深く学び、真に独創的なものづくりに携わることのでき、社会的ニーズに適合したエンジニア育成を目指す。機械工学科には国内大学では極めて珍しい航空操縦学専修も存在し、飛行実習を海外ではなくホンダエアポートで行い[7]、日本の国立・私立大学で初めて留学無しで操縦士免許を取得できる様になっている。各個人へのパソコン貸与ほか、少人数教育に率先的である。各学科や専修にとらわれない学科横断の学習も可能で、専門科目だけではなく文系教養科目での単位修得も行える。現在4学科を抱える。
- 航空操縦学専修は普通試験の他に面接と書類審査を科す。
生命科学部[編集]
一学年 定員200名
2008年に工学部生命機能学科・物質化学科を改組、発展させて設立。生物学・生命学を軸とした専門分野を学ぶほか、先端科学を基礎とした技術研究も行う。生命機能学科には、国内大学では珍しい植物医科学専修が存在する。少人数教育を行っており、1年次から実験・実習を重視している。また、チューター制度も導入しているほか、キャリア学習にも力を入れており、外部研究機関等と連携して学習するインターンシップ科目も設定されている。現在2学科を抱える。
情報科学部[編集]
一学年 定員150名
2000年創立。コンピューターの概念から新しい情報社会・日本の情報分野をリードする人材を養成する。情報の名を冠する学部の中でも本学部の研究はかなり本格的で、他大学ではたいてい4年次から参加する情報活動を1年次から参加できる「情報科学プロジェクト」がある。4年間学科生全員へノートパソコンが貸与され、自由にソフトウェアを入れたりハードウェアを拡張することもできる。現在2学科を抱える。
募集停止中の学部[編集]
- 工学部(2007年度まで募集)
- 1950年設立。2007年に一部の学科をデザイン工学部に、2008年に残りの学科も理工学部・生命科学部へそれぞれ改組されたため、現在は学生募集を停止している。全学科が小金井キャンパスに設置され、工学の基幹を踏まえつつ、柔軟な思考で新たなものづくりができるエンジニア育成に力を入れる。改組以前は10学科を抱える大規模な学部であった。
- 二部(一部学科を除き2004年度まで募集)
- かつて法政大学にも二部が存在した。募集停止時には法学部法律学科・政治学科、文学部日本文学科・英文学科・教育学科、経済学部経済学科・商業学科、社会学部社会政策科学科の計4学部8学科を有していた。現在でも名称に「一部」・「二部」と付くサークルや「第二体育会」が存在するのは、二部が設置されていた名残である。なお教育学科を元にキャリアデザイン学部・文学部心理学科が成立している。在学生の減少により、2011年度をもって完全閉鎖される予定である[8]。
通信教育課程[編集]
法政大学は1947年に日本初の通信教育部を設立させている。設立当初は法学部法律学科のみの設置であったが、徐々に学部学科数を増やしてゆき現在に至っている。特に地理学科に関しては、国内大学の通信教育課程において全国唯一の存在である。現在3学部6学科と教職課程を有する。また、創立当初の通信教育部長は美濃部達吉である。全国各地でもスクーリング授業を行っており、近年は2004年よりメディアスクーリングを開講するなど、多くの人が学べるような工夫が行われている。2013年4月より、社会環境の変化にともないカリキュラムが大きく変わる予定である。
学部・学科[編集]
- 法学部
- 法律学科(1947年創立)
- 文学部
- 日本文学科(1948年創立)
- 史学科(1948年創立)
- 地理学科(1955年創立)
- 経済学部
- 経済学科(1948年創立)
- 商業学科(1948年創立)-通学課程では経営学部に相当する
- 教職課程
履修方法[編集]
- 単位修得試験-年8回、約20都市で実施。論文式である。リポートを提出すると受験することができる。リポートと単位修得試験に合格すると単位が取得できる。
- スクーリング
- 東京スクーリング-夏期・冬期(昼間、1週間単位での履修が可能)、春期・秋期(夜間)。卒業に必要な科目のほとんどを開講している。原則として市ヶ谷キャンパスでの開講。他大学の通信教育部に比べると冬期スクーリングが充実しているのが特色である。
- 地方スクーリング-全国主要8都市にて金・土・日または土・日・月に一部科目が開講されている。3日間の授業に参加することにより1科目2単位を修得できる。
- メディアスクーリング-インターネット上でオンデマンド放送を利用し受講するスクーリング。前期(4月~7月)と後期(10月~1月)に分けて行われ、受講期間中は好きな時に繰り返し受講可能(一部科目を除く)であり、最後に大学内で行われる教室授業・試験を受けると1科目2単位を修得できる。
- 週末スクーリング-土・日・祝日に市ヶ谷キャンパスにて行われるスクーリング。3日間の授業に参加することにより1科目2単位を修得できる。 一部の科目は大阪からサテライトキャンパスで受講できる。
- 放送大学で修得した単位は原則として最大10単位までスクーリングの単位として認定することができる。そのときは放送大学の特別聴講学生として入学する必要がある。
- 卒業論文-各学部とも必修(ただし2013年4月より法学部・経済学部では卒業論文が選択科目になる予定)だが、卒論指導の内容については学部・学科により違いが見られる。
その他[編集]
- 取得できる免許・資格
- 教育職員免許
- 中学国語,高校国語(文学部日本文学科)
- 中学社会,高校地理歴史・公民・商業(経済学部商業学科)
- 中学社会,高校地理歴史・公民(それ以外の学科)
- 図書館司書
- 図書館司書教諭
- 社会教育主事
これら3資格の取得には通年スクーリングの受講が必要である。
- 測量士補(地理学科)
大学院[編集]
大学院は1951年に人文科学研究科・社会科学研究科に修士課程を設置したことに始まる。学部の増加に合わせて拡大しており、2011年現在16研究科32専攻・法科大学院・専門職大学院として経営大学院と会計大学院を抱え、2012年度には新たに公共政策研究科の設置を予定している。
社会人への門戸が広いことが特徴で、1995年には日本最初の夜間博士後期課程を開設、2009年には静岡サテライトキャンパスを開設しているほか、2010年度には大幅な学費の値下げも行われた。現在8専攻で昼夜開講、7専攻で夜間大学院の開講を行っている。
- 経済学研究科
- 経済学専攻(夜間大学院併設)
- 社会学研究科
- 社会学専攻
- 政策科学研究科
- 政策科学専攻(夜間大学院併設)
- 環境マネジメント研究科
- 環境マネジメント専攻(修士課程のみ、夜間大学院のみ)
- システムデザイン研究科
- システムデザイン専攻(昼夜開講)
- 政策創造研究科(夜間大学院のみ)
- 政策創造専攻
- 公共政策研究科(2012年4月開設)
- 公共政策学専攻(2012年4月開設)
- イノベーション・マネジメント研究科(専門職大学院)
- イノベーション・マネジメント専攻(経営大学院)
- アカウンティング専攻(会計大学院)
附属機関[編集]
研究所[編集]
- アメリカ研究所 (HURIC)
- イオンビーム工学研究所
- イノベーション・マネジメント研究センター
- エコ地域デザイン研究所
- 大原社会問題研究所
- 沖縄文化研究所
- 研究開発センター
- 国際日本学研究センター・国際日本学研究所
- 情報技術 (IT) 研究センター
- 情報メディア教育研究センター
- 体育・スポーツ研究センター
- 地域研究センター
- 日本統計研究所
- 野上記念法政大学能楽研究所
- 比較経済研究所
- ボアソナード記念現代法研究所
- マイクロ・ナノテクノロジー研究センター
- サステイナビリティ研究教育機構
- ヨーロッパ研究センター (HERC)
- ヨーロッパ研究センター(チューリッヒ)(HERZ)
野上記念法政大学能楽研究所[編集]
野上記念法政大学能楽研究所(のがみきねんほうせいだいがくのうがくけんきゅうじょ)は野上豊一郎の能楽研究を元にした文学部能楽研究室が母体となり、野上没後の1952年に発足した研究所。通称は法政大能楽研。2006年4月現在、日本国内で唯一の能楽に関する専門研究所となっている。
同研究所の研究内容は、能楽研究家および能楽の実演者の間で高い評価を受けている。さらに観世寿夫の遺族による寄付を元に法政大学が1979年に創設した観世寿夫記念法政大学能楽賞は、能楽研究者および能楽実演者の実績を示す一つの目安として用いられている。
また、こうした経緯によって、能楽に関する文献の寄付が日本各地からなされており、地方における能楽関連資料も多く蒐集しており、中でも小鼓観世家の服部康治によって法政大学に寄付された観世新九郎家文庫は、地方における能楽演者を表彰する催花賞を法政大学が主催するきっかけとなった。
研究所以外のセンター[編集]
- 市ヶ谷リベラルアーツセンター
- SAセンター
- FD推進センター
- 学習環境支援センター
- 学生センター
- 環境センター
- キャリアセンター
- 言語文化センター
- 国際交流センター
- 自然科学センター
- 総合情報センター
- 入学センター
法政大学出版局[編集]
大学総長を会長とした、法政大学の出版部に当たる財団法人。詳しくは法政大学出版局の項を参照。
セミナーハウス等[編集]
詳しくは付属施設の項を参照。
- 富士セミナーハウス
- 三浦セミナーハウス
- 白馬山荘
- 石岡総合体育施設
研究[編集]
文部科学省支援 研究プロジェクト[編集]
- 21世紀COEプログラム
- 日本発信の国際日本学の構築(2002年)
- 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業
- マイクロ・ナノテクノロジーによる細胞内操作技術と生体機能模擬技術の開発(2008年)
- 自治体とのネットワーク構築による政策形成の研究(2008年)
- 国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討―<日本意識>の現在・過去・未来(2010年)
- 国際共同に基づく日本研究推進事業
- 欧州の博物館等保管の日本仏教美術資料の悉皆調査とそれによる日本及び日本観の研究(2010年)
- 教育研究高度化のための支援体制整備事業
- サステイナブルな社会システムデザインに関する研究(2009年)
文部科学省支援 教育プロジェクト[編集]
- 大学教育・学生支援推進事業【テーマA】大学教育推進プログラム
- 高度情報処理技術者を目指す学士力の育成(2009年)
- 新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム(学生支援GP)
- 「学生の力」を活かした学生支援体制の構築―クラス・ゼミ(正課教育)、クラブ・サークル(正課外教育)に次ぐ、『第3のコミュニティ』づくり―(2007年)
- 大学教育の国際化加速プログラム(長期海外留学支援)
- 「長期海外留学・学位取得支援制度」の実施(2008年)
- 現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)
- 大規模私大での大卒無業者ゼロをめざす取組-学生が行う「キャリア相談実習」による職業意識の質的強化-(実践的総合キャリア教育の推進)(2006年)
- 地域の中小企業活性化と実践的体験教育-コンサルティングと課題解決教育の構築-(地域支援分野)(2004年)
- 新しい国際遠隔教育の構築に向けて-コンテンツ開発とオンデマンド教育-(IT教育分野)(2004年)
- 大学教育充実のための戦略的大学連携支援プログラム
- 全国の地域で活躍できるプロフェッショナル<まちづくリスト>育成プログラム(2009年)
- 専門職大学院等における高度専門職業人養成教育推進プログラム
- 諏訪地域「地力・知力アップ」人材育成講座(2008年)
- 社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム
- 地域づくりを担う人材の育成に向けた学び直しの遠隔授業プログラム(2007年)
- 転職・再就職希望者に対する「トータルキャリア教育」(2007年)
- 大学生の就業力支援事業
- 就業力を育てる3ステップシステム(2010年)
教育[編集]
法政大学図書館[編集]
法政大学の図書館は1899年(明治32年)和仏法律学校時代に創設され、その歴史は100年を超える。創設以来、多くの法大生や教授の研究を支えてきた。1929年から1931年には第二代図書館長として野上豊一郎が就任している。
現在、図書館は市ヶ谷・多摩・小金井の各キャンパスにそれぞれ存在しているが、全ての学生が3キャンパスの図書館を利用することができる。所蔵資料数は2009年4月現在165万冊[9]で日本の大学中6位。法政大学生であれば、自宅のパソコンからも図書の予約が可能。毎日数回3キャンパスの図書館を回る「図書配達車」を運行しているため、希望の資料が万が一所属キャンパスに無くても、スピーディに入手できる。
各館では、図書館や法大教授が所有する歴史的に貴重な史料も定期的に展示されている。また卒業生や山手線沿線私立大学図書館コンソーシアム加盟大学生[10]・各キャンパス所在地周辺住民も登録を行えば利用可能である。
なお、1988年には小金井キャンパスの図書館長を工学部長が兼務することとなった。2004年4月1日には新たに図書館規程が制定され、規定により市ヶ谷キャンパス図書館に3館を統括する館長が置かれるようになったほか、館長の所属しない他2キャンパスの図書館には副館長を置くこととなった。
各館概要[編集]
- 市ヶ谷館
- 80年館2階~地下4階と富士見坂校舎1階に位置する。2階には多くの閲覧スペースを設けているほか、個人自習用の机も多数設置している。地下は閉架書庫となっている。富士見坂校舎の閲覧室とは連絡通路で連絡している。
- 市ヶ谷キャンパスからやや離れた市ヶ谷田町校舎内には田町別館も設けている。
- データベース利用コーナー、ガイダンスルーム、マイクロ資料室、共同読書室、閲覧室(自習室)、パソコン・電卓持ち込み閲覧室、学生ラウンジ、屋上庭園、リサイクル図書棚、ラーニングコモンズ(旧富士見坂閲覧室、討論等も可能なフリー学習スペース)などの施設がある。
- 小金井館
- 事務管理棟、南館、西館内にそれぞれ位置する。閲覧室の机には全てに情報コンセントが備えられているほか、学生証を提示することで入室できる洋書庫、さらには自由に入室できる地下書庫がある。ライブラリ施設にはグループ視聴可能なスペースも設けている。
- メディアライブラリ、閲覧室(自習室)、洋書庫などの施設がある。
- 多摩館
- 3号館に位置する。法政大学図書館では最大の面積規模を誇り、吹き抜けを利用した開放的で明るい雰囲気である。
- ガイダンスルーム、オープンパソコンエリア、共同読書室、視聴覚室、マイクロ室などがある。
学術機関リポジトリ[編集]
正式名称は法政大学学術機関リポジトリ。学内の教育成果や研究結果、研究論文などを電子化し、まとめた上で学外へ広く発信することを目的としており、2007年度から本格的に機能している。国立情報学研究所委託事業・次世代学術コンテンツ基盤の共同構築にも採択されている。学術雑誌の購読数の減少、それによって研究者が各々必要とする学位論文を読むことが困難になった現状、文部科学省「科学技術・学術審議会学術分科会、研究環境基盤部会、学術情報基盤作業部会」の報告などを背景として設立された。登録された教育成果や研究結果、研究論文等(同機関内では「知的生産物」と総称)は、Google・JAIRO・OAIster(ミシガン大学電子資料ポータルサイト)などから検索可能となっており、インターネット環境下の全ての人間を対象とした情報の無償公開を行っている。
登録されたデータはより多くの研究者達の目に留まりやすくなり、自らの研究結果を広範囲に発信できるほか、知の発信による社会貢献責務のある大学にとっても有意義なシステムであるとしている。
登録データは、それぞれ学術雑誌論文、学位論文、紀要、研究調査報告書、学会発表資料、レポート、プレプリント、図書、貴重書、教育資料、その他の合計11に分類される。
IGIS(グローバル学際研究インスティテュート)[編集]
2006年4月に開設。通称アイジス。学部横断型の特別プログラムで、特定の対象学部学科に所属しながら卒業所要単位の6割に当たる76単位を、IGISが独自に設置する科目から履修、単位認定を受けることができる。2008年GIS(グローバル教養学部)設置に伴い、現在募集を停止している。
指定学部学科は以下の通り。
- 文学部
- 日本文学科
- 英文学科
- 経済学部
- 国際経済学科
- 国際文化学部
- 国際文化学科
SSI(スポーツ・サイエンス・インスティテュート)[編集]
「スポーツに優れた者の特別推薦入学試験」による入学者の学ぶ環境をより充実させるためのプログラム。将来のスポーツ文化の担い手となる人材を育成する。多くの学部学科でSSI履修が認められており、履修を希望する学生は、各学部・学科によって定められた科目と同時にSSI科目を44単位以上履修することができる。学部・学科の枠を超えた科目履修を可能にするため、e-ラーニング・システムを利用した3キャンパスを結んだ遠隔授業が行われている。
国際遠隔講座「福祉工学」[編集]
2003年度より開講。法政大学では初めての学部横断文理融合科目。法政大学の3キャンパスとアメリカ、韓国とを双方向リアルタイム遠隔講義システムで結び、講義を行う。また、外国人教員担当の授業は全て英語で行われる。
国際日本学インスティテュート[編集]
2003年度に国際日本学研究所が開設したことに伴い、国際日本学の普及・教育を目的に開設された。入学した生徒は、大学院の既存専攻を横断し、「国際日本学インスティテュートコース所属」となる。当初、人文科学研究科・政治学研究科・社会学研究科などの多研究科を横断する形であったが、2011年度より人文科学研究科内に置かれ、教育的充実を図る。「日本」像を国際的に、国内から発信するという目的のために、多数用意されている授業カリキュラムの中から専門に合わせて自由に履修し、自己の研究テーマを国際日本学的視点から深化させ、多角的・学際的な研究を行う。「日本」を客観的に見て、世界の諸文化と比較することによって、多角的視点に立ちながら研究したい、またはそのような研究テーマを持つ者、または日本の文化を世界に発信したいと考えている者、または日本の中でも独自の文化を育んできたアイヌ・琉球等を研究対象とする者などが入学する。国際日本学周辺を専門とする研究者を養成するほか、日本文化をより深く学ぼうとする留学生や、学び直しをする社会人のために、それぞれ一般入試とは別に試験を行うなどの機会を設け、様々なバックグラウンドを持つ人のために、広く門戸を開いている。
自主マスコミ講座[編集]
自主マスコミ講座(通称「自主マス」)は、1988年に当時社会学部の助教授だった稲増龍夫と大学の職員有志が中心となって始めた、マスコミ志願者向け講座である。マスコミ向け就職対策講座としては日本の大学で最も古い歴史を持つ。
受講するには大学内の選考試験に合格しなければならない。法政大学の正課ではないにもかかわらず、その倍率は3倍近くになる。現在は、法政大学の3年生が受講できるアナウンサーコース、新聞・報道記者コース、出版コース、放送コース、広告コースに加え、2年生が受講できる2年アナウンサーコース、2年基礎コース、1年生が受講できる1年基礎コースの8コースがある。今年度から3年生は筆記試験がなくなり面接のみの試験となった。
なお2009年秋季より、2年生は、アナウンサーコース、新聞・報道記者コース、出版コース、放送コース、広告コースとコースごとへの募集と変更された。なお、コースごとに分かれての募集は秋季のみであり、春季は基礎コース(2年生)のみの募集である。
エクステンション・カレッジ[編集]
法政大学の資格取得支援として、エクステンションカレッジが設置されている。各種資格取得講座のほか、企業からの寄付講座やTOEFL・TOEICスコアアップ講座、英会話講座、コミュニケーション力養成講座、文章作成能力養成講座など多種多様な講義が存在する。
エクステンションカレッジは他大学の有料講座と同様に学外者も受講可能であり、法大生はもちろん、法大生の家族や他大学の学生、一般社会人などにも講座が公開されている。法大生に限らず、学生であれば特別優待料金で受講できるほか、一般人でも規定の条件を満たせば優待料金で受講が可能である。
学生生活[編集]
部活動・サークル活動[編集]
体育会に所属する部活動は2009年現在、合計37部存在している。後述の「スポーツ」の項目でも触れるが、数多くの部が大会などで実績を上げている。その他、リーダー部・チアリーディング部・吹奏楽部から成る応援団と第二体育会に所属する部活動が14部存在する。
サークル活動においては大学登録サークル(公認サークル)が174、非公認を含めると無数のサークルが存在している。3キャンパスそれぞれ独自に活動する団体もあれば、キャンパスを超えて活動を行っているサークルもあり、大会で優勝するなど実績を上げているサークルも少なくない。
学園祭[編集]
自主法政祭[編集]
戦後間もない頃から開催されており、半世紀以上の歴史を誇る。主催は全学生によって信任された自主法政祭実行委員会である。
法政大学の学園祭が持つ最大の特徴は大学側の関与が少ない学生主催のものであるという点であり、「自主」の二文字を冠しているのもこのためである。しかし、もともと「自主」と冠していたわけはなく、20~30年ほど前から学生主体の意味合いをアピールする意図で付けられたものである。
自主法政祭は3キャンパスのうち市ヶ谷キャンパスと多摩キャンパスで行われており、市ヶ谷と多摩の実行委員会は別組織だが基本理念など根幹部分では共通する点も多い。また、この自主法政祭では学生の飲酒も自主性に任されており、過去に発生した泥酔による死亡事故の反省を踏まえ、自主法政祭実行委員と参加者双方による事故防止の啓蒙や学内の見回りが徹底されている。また市ヶ谷キャンパスの法政祭では当日の警備に応援団も参加し、厳正に監視が行われている。
自主法政祭実行委員会による厳しい審査により各団体の企画場所等が決定されていく。そのためか市ヶ谷キャンパスでは各学生の参加熱意が高く、ビラ貼り日にはより良い位置に貼ろうと学生が校内を走り回り、学内の壁がビラで埋め尽くされる。
市ヶ谷・多摩の2つの学園祭は持つ役割や雰囲気がそれぞれ異なっており、多摩祭では広大なキャンパスを利用した「自然を生かし地域と連携した」祭りが、市ヶ谷祭では学生の熱気が溢れかえる「学生文化発信の場」の意味合いを持つ。多摩キャンパスの学園祭では地域住民や家族連れなどが学生らと交流する微笑ましい光景も多く見られる。
なお、市ヶ谷キャンパスの自主法政祭は東京六大学学園祭連盟に加盟している。
- 近年の開催期間:市ヶ谷キャンパスでは11月上旬の例年4日間、開催時間は連日午前8時~午後11時までの15時間で国内最大規模の学園祭である。多摩キャンパスでは10月下旬に土曜日曜休日を用いて、例年2日間開催される。
小金井祭[編集]
小金井キャンパスでは技術連盟や有志からなる「法政大学企画実行委員会」によって毎年11月上旬に3日間「小金井祭」が開催されている。他の2キャンパスとは基本理念そのものが異なっており、一味違ったものとなっている。
オープンキャンパス[編集]
多くの有志の学生達により構成された「オープンキャンパススタッフ」が運営管理、来場者の誘導、企画進行を担っている。毎年春にスタッフ募集の告知がされ、書類選考と面接を通過した学生がスタッフとして信任され、大学側と協力しつつ当日まで準備を進める。活動は毎週のミーティングなど、クラブやサークルとほぼ同頻度で活動している。模擬授業以外のほぼ全ての企画立案・製作・実行といった一連の流れや各校舎・フロアの備品設置なども学生スタッフに任されており、これだけ学生主体で運営されているオープンキャンパスは珍しいであろう。
新入生歓迎祭[編集]
毎年春、入学式から授業開始までの間に開催される。主に新入生を対象としたサークルや部活動などの説明会や勧誘行事が行われ、各団体がビラなどを配り新人確保を目指す。主催は自主法政祭実行委員会が兼任しており、大学側と協力し、ガイダンス後のサークル合同説明会や入学式が行われる日本武道館から市ヶ谷キャンパスまでの新入生の誘導なども学生が行っている。
スポーツ[編集]
- 野球部は東京六大学連盟に加盟、2012年秋季リーグで7季ぶり・六大学最多である44度目の優勝を果たした。全日本大学野球選手権は最多8度の優勝(2013年現在)、明治神宮野球大会は3度の優勝。
- アメリカンフットボール部は、甲子園ボウルへ2012年12月現在で17回出場しており、2012年12月現在で5回優勝している。ニックネームは「トマホークス」である。
- ラグビー部は第1回全国大学選手権で優勝している。2013年現在、大学選手権で優勝3回、準優勝5回。関東ラグビーフットボール協会に所属、関東大学ラグビーリーグ戦グループで戦っている。同リーグでは2013年2月現在、最多の優勝13回の実績を持つ。
- サッカー部は全日本大学選手権で2012年現在優勝2回、準優勝8回であり、また、総理大臣杯では2012年現在優勝3回、準優勝3回である。
- 陸上競技部は、卒業生にオリンピック選手、世界陸上メダリストが存在している。また、箱根駅伝では、2001年に往路優勝と2006年に復路優勝を一回ずつ(総合優勝は無し)記録し、2013年現在出場回数は74回(出場回数では各大学中4位)を数える。
- 自転車競技部は毎年優勝争いをしている強豪。プロ選手も輩出している。
- 弓道部は、全日本学生選手権で2008年現在8度優勝、全日本学生王座決定戦で2006年現在12度優勝している。2006年は全日本学生選手権を2年連続7度目の優勝、全日本学生王座決定戦も2年連続12度目の優勝をしており、両大会同年での連覇は学生弓道54年の歴史で初めてである。
- バレーボール部は、1997年の東日本インカレ以来優勝から遠ざかっているが、関東大学リーグ戦では28回、全日本インカレでは10回の優勝記録を持っている。
- バスケットボール部は1977年に関東選手権・関東大学リーグ戦・全日本学生選手権の三冠を達成しており、2007年・2009年にも全日本学生選手権で準優勝となった。ニックネームは「オレンジウィザーズ」である。
- ボート部は、インカレ上位入賞等の強豪校である。伝統の一戦4月29日(みどりの日)グリーンレガッタに出場している。グリーンレガッタとは、法政大学・中央大学・日本体育大学・東京経済大学の4大学対抗戦で総合優勝を競い、戸田漕艇場で毎年行われている大会のことである。
- ボクシング部は、1924年創立の強豪。全日本選手権大会に延べ38人のチャンピオンを輩出した名門である。
- レスリング部は、世界チャンピオンを始め、全日本学生チャンピオンを多数誕生させている。近年は女子部員を受け入れている。
大学による学生生活支援[編集]
- 学生チャレンジ・サポート制度
- 個人・団体問わず、法大生が企画した課外活動を支援する制度。大学の選考委員会で認可されると、その活動に対する助成金が支給される。
- デジタルコンテンツ・コンテスト
- 通称デジコン。2004年にトライアルとして始められ継続しているコンテストであり、毎年秋に静止画・動画・インタラクティブ(各種プログラム)の3部門に分かれ募集が行われている。
- 法政大学懸賞論文
- 1978年創設された制度。学部生・通信教育部生が出願でき、テーマは所属学部に関係なく自由に設定してできる。優秀論文は「雑誌法政」または「優秀論文集」に掲載される。
- 法政大学ピアサポートコミュニティ (Hosei PSC)
- サークルやゼミナール活動以外にも学生同士の交流や教養の場を提供するべく設立されたシステム。年間を通じて学生に多数の課外活動を提案、実行を行っている。2007年度文部科学省「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム(学生支援GP)」に採択された。学生スタッフを中心に、エンパワーメント、課外教養プログラム、キャリア支援、同郷会、障がい学生支援、ピア・サポート、ボランティア支援7つのプロジェクトに分かれ活発に活動している。
- 法政大学ボランティアセンター
- 学生へのボランティア活動の紹介・活動のサポートや学内外ボランティア団体間の仲介等を行う。2006年の学生団体からの提言・2007年にピアサポートコミュニティ内でボランティア支援プロジェクトが発足したことをきっかけに2009年4月に設立された。学生スタッフを中心に活動しており、市ヶ谷・小金井・多摩の各キャンパスに設置されている。
その他[編集]
- 多摩スポーツフェスティバル
- 多摩キャンパスにおいて年に1度行われるスポーツ大会。体育祭に似た雰囲気のイベントで、各競技の勝利者には多摩キャンパス内で使用可能な買い物券が進呈される。
- 小金井スポーツ大会
- 小金井キャンパスにおいて年に1度行われるスポーツ大会。
- その他、課外活動として新入生合宿、子供理科教室、多摩キャンパスダンススクールなどがある。
- 入学式と卒業式(学位授与式)は日本武道館で行われる。毎年北の丸公園や外濠公園の桜並木が市ヶ谷キャンパスを彩る。
大学関係者と組織[編集]
学友会[編集]
全法大生が所属する組織で、法政大学総長を会のトップに置く。構成員は法政大学に在籍する全学生であるが、全ての大学公認団体・サークル・部活動も学友会に登録され、所属する。その他、幹部組織としての団体が少数所属する(以下の所属構成で挙げる団体以外にも数団体所属している)。学内で開催されるイベント等はもちろん、法政大学野球部が東京六大学野球で優勝した際に行われる優勝パレードも学友会が主催している。
- 所属構成
- 法政大学総長
- 法政大学体育会
- 法政大学第二体育会
- 法政大学応援団
- 自主法政祭実行委員会
- 市ヶ谷、多摩、小金井の各キャンパスサークル管理団体
- 全ての大学公認サークル
- 全ての法政大学生
法政大学校友連合会[編集]
法政大学の同窓・親睦会組織は「法政大学校友連合会」と呼ばれる。連合会は本部であり、その下にいくつかの組織が存在し、それらが集まって連合会全体を成している。連合会入会資格は「学校法人法政大学」が設置している学校を卒業していることである[11]。
- 主な構成組織
- 法政大学法学部同窓会
- 法政大学文学部同窓会
- 法政大学経済学部同窓会
- 法政大学工学部同窓会
- 法政大学経営学部同窓会
- 法政大学社会学部同窓会
- 法政大学人間環境学部同窓会「いちえの会」
- 法政大学高等学校同窓会
- 法政大学第二高等学校同窓会
- 法政大学女子高等学校同窓会
- その他就職支部、クラブ支部(約112支部)
- 地域支部(約155支部)
- 上記以外にも部・サークル活動のOB会やそれに付随する組織などが所属する。
- さらに、ニューヨーク・中国・韓国・ソウル・シンガポール・台湾にも同窓会の支部が存在する。
- 第二次世界大戦(大東亜戦争、太平洋戦争)終戦までは台湾・韓国のほかに満州国にも同窓会支部が存在していた。
大学関係者一覧[編集]
- 法政大学の人物一覧を参照のこと。
キャンパス[編集]
市ケ谷キャンパス[編集]
- 所在地
- 交通アクセス
- JR中央・総武緩行線・東京メトロ有楽町線・東京メトロ南北線・都営地下鉄新宿線市ヶ谷駅から徒歩7~10分。
- JR中央・総武緩行線・東京メトロ有楽町線・東京メトロ南北線・東京メトロ東西線・都営地下鉄大江戸線飯田橋駅から徒歩約7~10分。
- 公式には案内されていないが、東京メトロ半蔵門線・東京メトロ東西線・都営地下鉄新宿線九段下駅からも徒歩約15分で利用可能である
- 設置学部
- 法学部
- 文学部
- 経営学部
- 国際文化学部
- 人間環境学部
- キャリアデザイン学部
- デザイン工学部
- GIS(グローバル教養学部)
の各学部1~4年次
- 環境
- 学生数の増加に伴って数回拡張や整備が行われてきた結果、現在の形となっている。東京都心にあって用地取得が難しいこともあり、若干ではあるが校舎は周辺にも点在している。ただし大多数の学部生が利用する校舎や施設は全てキャンパス内に位置し、デザイン工学部生以外はこれらの点在施設を利用することは少ない。
- キャンパスは外濠・外濠公園・靖国神社・三輪田学園・朝鮮総連・東京逓信病院に隣接している。また神楽坂・北の丸公園・日本武道館にもほど近い。衆議院九段議員宿舎と朝鮮総連に非常に近いため、キャンパス周辺の道路は終日警視庁麹町署の警察官が警戒に当たっている。
- 大学入試の試験会場名称等で、当キャンパス全体を指して「富士見校舎」と称する場合がある[12]。またキャンパスと靖国神社の間には、富士見坂校舎・富士見校舎の名称由来ともなった「富士見坂」が存在する
建築物[編集]
- 55年館
- 戦後の法政大学を代表する校舎で、現在学内で最も古い建物である。典型的なモダン様式の建物で、58年館と一体になっており、正門側正面から見て右側に当たる部分が55年館である。地上7階地下1階建て。1955年竣工。当時工学部教授であった大江宏が設計。各種大~小教室・市ヶ谷キャンパス最大の教室である511教室・第2食堂・通信教育部事務室等が入る。
- 当時としては珍しかったスロープを設置するなど先進的な設計をしており、1958年に58年館完成に合わせ優秀な建築作品として第10回日本建築学会賞作品賞、1960年に第1回BCS賞を受賞している。
- 建設されたのは戦後間もない資金的にも苦しい時期であったが、当時の大内兵衛総長の判断で着工され、511教室前の壁には大内の揮毫による学而不思則罔 思而不学則殆(学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し 『論語』 為政篇)が掲げられている。
- 58年館
- 80年館
- 58年館の奥に位置する校舎。図書館と各教授の研究室・各学部学科事務室・資料室等が入る。地上9階地下4階建て。1980年竣工。設計は鬼頭梓建築設計事務所。地下4階~地上2階部分が図書館(その内1~2階が開架図書室、地下1階~地下4階が閉架図書室・書庫)である。
- 隣接する富士見坂に基準階を合わせた傾斜地に立地しているため、キャンパス中心部から見ると図書館のメインフロア(1階)が3階相当の高さにあるという特異な構造になっている。詳細については鬼頭梓建築設計事務所のホームページが詳しい。
- 80年館の位置する土地は、かつてアーネスト・サトウの居宅があったことから、富士見坂校舎側の入り口には竣工当時の総長中村哲の筆による石碑が立っている。
- 富士見坂校舎
- 江東区東雲に移転した嘉悦学園女子中学校・高等学校の校地と校舎(1998年竣工)を買い取り改修し、2006年に利用を開始した校舎。80年館の横でキャンパスと敷地を接していたことから従来のキャンパスと連結され、キャンパス面積が拡大した。地上7階地下2階建て。
- ボアソナード・タワー同様、名称は学内公募により決定し、キャンパス南側にある「富士見坂」より名付けられた。ステラビアホール(多目的小ホール)・食堂・情報カフェテリア(PC自習室)・体育館・小教室・学友会本部等が入る複合施設である。2007年7月14日には嘉悦学園はバスケットコートであった校庭の緑化工事が完成し、噴水を中心に配したフランス式噴水庭園となった。
- 学内で最も高層の建物(地上27階地下4階建て、高さ122.43m)。2000年竣工。名称はボアソナードに因み、学内公募により決定。現在日本の大学建造物としては3番目に高い建物である[13]。
- スカイホール(26階に位置する多目的ホール)・フォレストガーデン(地下1階の食堂)・ヘリオス(学生ホール)・小教室・各種実験室・各学部学科事務室・各教授の研究室・野上記念法政大学能楽研究所等の各研究所等が入る。詳細についてはボアソナード・タワーを参照のこと。
- 外濠校舎
- 2007年3月竣工。地上7階地下2階建て。学生会館ホール棟および学生会館本部棟跡地に建設された。ボアソナード・タワー同様、名称は学内公募により決定し、当校舎が外濠に隣接していることから名付けられた。市ヶ谷キャンパスで初めてエスカレーターが導入された校舎である。
- 870人収容の薩埵ホール・マルチメディア対応の小~大教室・学生センター(旧称学生部)・サークル用会議室・和室・キャリアセンター(いわゆる就職部)・学生用展示スペース・セブン-イレブン法政大学市ヶ谷キャンパス店等が入る複合施設である。
- ESCO事業に基づく校舎で、校舎北・西側壁面にはガラスのダブルスキン、南・東側壁面にはアルミルーバーを取り付け、熱負荷の軽減を図っている。またトイレには力を入れていて、各階でデザインが異なっている。
- 市ヶ谷総合体育館
- 富士見坂校舎南東端に隣接している体育館。1975年竣工。地上5階地下1階建て。各種体育室・柔道場・ボクシング場・トレーニングルーム等の各種体育施設が入っている。
- 市ヶ谷キャンパスの体育は基本的にこちらと富士見坂校舎体育館で行われる。地下1階のトレーニングルームは事前講習を受ければ学生が自由に使用できる。
学生食堂[編集]
スタッフクラブを除く6つの食堂が存在するが、学生数に対して席数が不足しており、特に昼時には学生ホールやラウンジまで持ってきて食べる学生も多い。2006年度までフォレストガーデン・レインボーテラス・富士見坂食堂・スタッフクラブはシダックスが、2007年度はセブン&アイ・ホールディングスのファミールが運営していた。
- 第一食堂
- 第二食堂
- 55年館地下1階に位置する。通称二食(にしょく)。座席数は216で、運営は大学生協。
- 丼もの・スパゲティー・各種スナック類を提供しており、1g1円のサラダバーが好評である。環境に配慮し、食器ではなくリサイクル可能なエコトレーを利用している唯一の食堂である。営業時間は平日11時~14時と短いが、夕方まで席を一般開放している。
- フォレストガーデン
- ボアソナードタワー地下1階に位置する。通称ボア地下。座席数は300で、運営は東京ケータリング株式会社。
- 2008年度よりメニューが大幅に増え、丼もの・セットメニューの他学生が開発したオリジナルメニューも存在する。地下1階ではあるが半地下構造のため、外堀公園の景色を眺めながら食事を採ることができる。2009年度より営業時間外の座席の解放時間が縮小された。
- 富士見坂食堂
- 富士見坂校舎地下1階に位置する。座席数は262で、運営は大学生協。
- 数種類の麺類・カレーと、日替わりの数種類のメニューから好みのものを選び、取った分だけグラム単位で計算するビュッフェ方式による販売を行っている。地下1階に位置しているが、フォレストガーデンと同じく半地下構造のため、富士見坂校舎の校庭を眺めながら食事ができる。食堂の営業は11時~15時半までと短いが、こちらは夜までラウンジとして開放されており、夜には時折音楽系・ダンス系サークルが練習する様子が見られることもある。
- レインボーテラス
- ボアソナードタワー2階に位置する。座席数は約40(立席もあり)で、運営は東京ケータリング株式会社。
- カレー・サンドイッチ・フライドポテトなどの軽食やドリンクを提供している軽食堂である。軽食もボリュームたっぷりなのが魅力の一つ。数種類のフレーバーの自分で巻くソフトクリームが人気である。
- 教職員食堂
- 58年館2階、国際文化学部学務部事務室・障がい学生支援室の直上に位置する。運営は大学生協。名前の通り元々教職員用の食堂であるが、一般学生でも利用できる。
- メニューはカレーとフライ系のみで営業時間も11時半~13時半と短い。注文を受けてからフライを揚げるので、いつも揚げたてを味わうことができる。入試期間中は監督者の控え室に利用されるなど、食堂以外の用途に利用される場合もある。
- スタッフクラブ
講堂[編集]
- 511教室
- 55年館1階に位置する市ヶ谷キャンパス最大の教室。通称511(ごーいちいち)。760人収容で、普段は大人数での授業や試験で使われているが、大学スポーツの優勝祝賀会や大学祭等のイベント時にも利用されることがある。
- 薩埵ホール
- 「さった」ホールと読む。外濠校舎6・7階に位置する、870人収容の大ホール。可動式座席を収容し、アリーナとしての利用も可能である。演奏会や講演会などで利用されているが、授業が行われることもある。名称は創立者の一人である薩埵正邦に由来している。
- ステラビアホール
- 富士見坂校舎地下1・2階に位置する、244人収容の中ホール。名称は学内公募で決定しており、「ステラビア」にはラテン語で「stella=星」「via=道」という意味が込められている。普段は音楽系サークルのライブ・練習などに利用されている。
- スカイホール
- ボアソナードタワー26階に位置する小ホール。同時通訳装置やAVシステムを完備しており、各種シンポジウムやパーティ等で頻繁に利用されている。地上約120mに位置し、丸の内~上野方面の展望が素晴らしい。
歴代の校舎[編集]
- 九段上校舎
- 現在の市ヶ谷キャンパスに移転する前に建築されていた和仏法律学校時代の校舎。1890年竣工で木造2階建て、敷地面積は255坪であった。6つの講堂と学校事務室、応接所、書籍閲覧室などが設けられた。
- 第一校舎(初代)
- 外堀通り沿いに1921年に竣工した校舎。木造3階建ての戦前の法大を代表する重厚な校舎であったが、1945年5月25日から26日にかけての米軍による空襲によって多数の焼夷弾を受け、焼失。
- 第二校舎(初代)
- 第一校舎と共に同日、空襲により焼失。
- 第三校舎→第一校舎(二代目)
- 現在のキャンパス中央広場の位置に存在した地上4階・地下1階の鉄筋校舎。山下啓次郎の設計によるもので、1927年に竣工。完成当時は小講堂や図書館機能を有し、名称は第三校舎であったが、戦後は第一校舎と称されるようになる。末期には国際交流センター・キャリアセンター等が入っていた。
- 2007年の外濠校舎完成後に取り壊され、これを最後に法政大学から戦前の校舎が全て姿を消すことになった。2007年4月21日には第一校舎の顕彰イベントが実施され、「建築家山下啓次郎を語る」と題したパネルディスカッション等が催された。現在キャンパス中央広場には、第一校舎の説明パネルとモニュメントとして階段の手すり石の一部が残され、校舎が建っていた場所が白タイルで示されている。
- 第四校舎(六角校舎)→第二校舎(二代目)
- 校友会館→新館
- 戦前に建てられた鉄筋校舎で、戦災に耐え戦後は新館として教室やサークルボックスとして使われていたものの、六角校舎と同時期に解体された。
- 53年館
- 学生会館ホール棟および学生会館本部棟
- かつて現在の外濠校舎の位置に存在した建物。1972年竣工、河原一郎設計。多数のサークル活動のための部室(通称BOXと呼ばれていた)・会議室・多目的ホール・休憩室・食堂などが入っており、1973年~2004年まで学生の自主管理がなされ24時間自由に利用することができたが、キャンパス再開発・老朽化・その他各種事情のため2004年12月に取り壊された。
市ケ谷キャンパス周辺の校舎[編集]
デザイン工学部の校舎とその他の少数の事務所や大学院施設はキャンパス内ではなく、キャンパス周辺に校舎が点在している。以下にまとめて記載する。
- 市ヶ谷田町校舎
- 市ヶ谷田町校舎食堂
- 市ヶ谷田町校舎地下1階に位置する。運営は大学生協。富士見坂食堂と同じビュッフェ方式と数種類の麺類の販売を行っている。市ヶ谷田町校舎にはラウンジスペースが極端に少ないため、終日ラウンジとして席を解放している。
- 大学院棟
- 安信ビル
- 3階以上に大学院政策創造研究科の事務所と教室、教員の研究室が入る。大学院棟の東側に隣接する雑居ビル。2010年度には土地建物購入し大学所有の建物となった。
- 法科大学院棟
- 新一口坂校舎
- 専門職大学院イノベーション・マネジメント研究科(経営大学院、会計大学院)の専用校舎。法科大学院棟の南側に隣接する民間の新一口坂ビルを買取、改修したもの。2006年から利用開始。
- 一口坂校舎
- 靖国通り沿いに位置する。法学部の「法職講座」受講生専用の自習室・法政大学出版局等が入る。
- 九段校舎・九段校舎別館
多摩キャンパス[編集]
- 所在地
〒194-0298 東京都町田市相原町4342
- 交通アクセス
- JR横浜線相原駅から神奈川中央交通橋20・橋25・原19・原25系統で約15分
- 京王高尾線めじろ台駅から京王電鉄バス、京王バス南のめ06・め07急行・西56・西57・八96系統で約15分
- JR中央線西八王子駅から京王電鉄バス、京王バス南の西56・西57・八96系統で約22分
- 設置学部
- 経済学部
- 社会学部
- 現代福祉学部
- スポーツ健康学部
の各学部1~4年次
- 環境
- 面積は約80万m2。敷地内は、本部・図書館エリア、各学部棟エリア、体育施設エリア等に分けられて設計されている。町田市西端部の神奈川県相模原市と八王子市との境に位置しており、付近には1980年代~1990年代に同様に東京郊外に進出した他大のキャンパスが散在している。
- 構内の端から端まで歩いて20分以上掛かるほど構内が広いため、授業時間内には2台のバスが巡回している。また、朝ラッシュ時に一部の路線バスが体育館前のロータリーまで乗り入れを行っている。
- 元々手狭になった市ヶ谷キャンパスより大学本部を移す予定で広大なキャンパスが作られたが、一部学部の反対にあったために、本部移転に賛成であった社会学部・経済学部のみが移転したという経緯がある。その後大学の都心回帰の風潮が強まったために本部移転構想は消滅したが、総合棟や図書館などの建物は大学本部移転を見越して大きく作られている。
- 所在地の相原町以外にも、隣接する八王子市や相模原市などとも様々なイベントや活動を頻繁に行っており、大学の授業内だけでなく体育会によるスポーツ指導イベントや幼稚園の遠足コースに多摩キャンパスを組み入れるなど、キャンパス周辺地域との幅広い交流も積極的に行っている。多摩キャンパスの学園祭では、市ヶ谷キャンパスではあまり見られない地域住民との交流シーンが多く見られる。
エリア[編集]
- 本部・図書館エリア
- 多摩キャンパスの中枢エリア。中層のキャリアセンター・生協購買・食堂等が入る1号館(総合棟)、1600人収容の多目的ホール・円形芝生広場を有する2号館(大教室A棟)、図書館・研究所が入る3号館(図書館・研究所棟)から成る。
- 社会学部エリア
- 高層の4号館(社会学部A棟)、5号館(社会学部B棟)、6号館(食堂A棟)から成るエリア。
- 現代福祉学部エリア
- 2000年に完成した多摩キャンパスで最も新しいエリア。17号館(現代福祉学部棟)のみで完全バリアフリー設計になっており、臨床心理に関する設備が多い。
- 経済学部エリア
- 法政通りを跨ぐ歩道橋の法政Vブリッジを超えた先にあるエリア。低層の8号館(経済学部A棟)、9号館(経済学部B棟)、10号館(経済学部C棟)、11号館(食堂B棟)からなり、各校舎がコの字型に配置されている。エリアの横を通る構内道路沿いに「法政大学経済学部前」バス停があり、朝には一部路線バスがこのバス停を経由し「法政大学体育館前」まで運行を行っている。
- 体育施設エリア
- 第3種公認の陸上競技場、各種アリーナ・室内温水50mプール(世界大会基準の公認プール)・食堂などが入る総合体育館(14号館)、体育棟(15号館)、人工芝ホッケー場、ラグビー場、野球場、テニスコートが広がり、合宿設備もある。総合体育館前のロータリーに「法政大学体育館前」バス停があり、朝には一部路線バスがこのバス停まで運行を行っている。
- スポーツ健康学部エリア
- EGG DOME横の法政トンネルを抜けた先のエリア。本部・図書館エリアからは約1kmほど離れている。2008年度までは工学部棟として週3日ほど工学部の一部の授業が行われていたが、2010年のスポーツ健康学部設立を機に改築された。最新鋭のフィットネススタジオ・体組成実験室・スポーツ健康学部生のみが利用できる給食制の食堂等がある。
- 城山エリア
建築物[編集]
- EGG DOME(16号館)
- 百周年記念館(13号館)
- 構内道路を挟んで経済学部エリアの向かい側に位置する建物。会議室・ラウンジ・宿泊施設等を有し、主にキャンパス内での宿泊研修・実習や来賓の接待等に利用されている。
- 法政Vブリッジ
- 本部エリアと社会学部エリアを結ぶペデストリアンデッキと経済学部エリアを結ぶ陸橋で、下には法政通りが走っている。1997年3月竣工。橋長109m、有効幅員5mのプレストコンクリート製斜張橋で、ハーブ型ケーブルとV形式主塔を有した構造は世界初であった。名称は一般公募で決められ、橋を支える支柱の姿がアルファベットの「V」字型になっている点と、英語の「Victory」から名付けられた。学園祭の最後を飾る打ち上げ花火の一番の鑑賞スポットでもある。
- 法政トンネル
- EGG DOME 周辺とスポーツ健康学部エリアを結ぶ車道トンネル。
- 法政大橋
- 「ほうせいおおはし」と読む。経済学部エリア裏と本部エリア裏を結ぶ陸橋。ちょうど法政Vブリッジと並行して設置されている橋であり、こちらは多摩キャンパス開設当初より存在する。
学生食堂[編集]
多摩キャンパスには食堂が10ヶ所存在している。1号館食堂・16号館食堂以外は大学生協の運営であるが、それぞれ取り扱うメニューが異なっている。
- 1号館食堂(総合棟食堂)
- 総合棟(1号館)地下1階に位置する食堂。座席数は200、運営は新東京食堂。カフェテリア形式をとっており、好きなおかずを数種類選択できるセレクトランチが人気である。
- 9号館食堂
- 経済学部エリア内9号館地下1階に位置する。座席数は150。多数のセットメニューを提供。
- 11号館食堂
- 経済学部エリア内11号館(食堂B棟)地下1階に位置する。座席数は664(うちテラス席は95)。
- 11号館喫茶・フードショップ
- 経済学部エリア内11号館(食堂B棟)地下1階に位置する。座席数は70。おにぎり・サンドウィッチといった軽食を提供している。
- 6号館食堂(社会学部食堂)
- 社会学部エリア内6号館(食堂A棟)2階に位置する食堂。座席数は709(うちテラス席は60)で 多摩キャンパスで最も大きい食堂でメニュー数も豊富である。
- 14号館食堂(体育館食堂)
- 総合体育館1階に位置する食堂。座席数は186。定食を中心としたメニュー構成で、体育会所属学生のために比較的安めで量が多い傾向にある。
- 体育館喫茶
- 総合体育館1階に位置する食堂。体育館エリアバスロータリーに隣接している。座席数は63(うちテラス席は15)。主に軽食を提供している。
- 16号館食堂(エッグドーム・スローワールド店)
- 16号館 (EGG DOME) 2階に位置する食堂。座席数は108。2010年度までは大学生協、2011年度からはNPO法人やまぼうしの就労継続B型支援事業所「里山耕房くらさわ」が運営している。丼ものや数種類のカレー等の軽食を提供しており、18時以降はアルコール類も提供されている。
- 17号館ラウンジ(現代福祉学部棟ラウンジ)
- 現代福祉学部棟1階に位置する食堂。座席数は200。パスタ等の軽食を提供しており、焼きたてのパンも取り扱っている。
- 18号館食堂(スポーツ健康学部食堂)
- 18号館エリアに位置する食堂。給食形式の食堂であり、スポーツ健康学部の学生は学生証を掲示すれば無料で定食が提供される。また他学部の学生も規定の料金を払えば同じメニューを食べることもできる。
講堂[編集]
- 2号館(大教室A棟)大ホール
- 1600名収容の法政大学最大のホール。多摩キャンパスコンサートなどオーケストラによるコンサートや、周辺地域の各種講演会・コンテスト等のイベントでも使用されている。またこの校舎の屋上には円形芝生広場があるが、周囲に音が響かないようにするために、客席上部へ相当する部分に植えられているものである。
- この他にも多摩キャンパスでは大教室が多数あるため、それぞれ講演会等で利用されている。
小金井キャンパス[編集]
- 所在地
〒184-8584 東京都小金井市梶野町3-7-2
- 交通アクセス
- JR中央線東小金井駅から徒歩約15分
- 東小金井駅から京王バス東01・武02・CoCoバス北東部循環系統で約5分
- 設置学部
- 理工学部
- 情報科学部
- 生命科学部
- 工学部(募集停止中)
の各学部1~4年次
- 環境
- 小金井公園が比較的近く、北側約100m先には玉川上水が流れている。周辺には住宅街が広がっている。
- ほぼ全ての校舎がある敷地を「梶野町校舎」と称しており、700mほど離れた小金井市緑町3-11には、マイクロ・ナノ・テクノロジー研究所・サッカー場・テニスコートが広がる「緑町校舎」がある。
- 2007年2月より再開発工事が始まっており、2007年9月に部室棟、2008年9月に東館、2011年3月に北館・管理棟が竣工した。今後は研究実験棟等の既存校舎の撤去・中庭の整備が行われる予定である。
主な施設[編集]
- 北館
- 西館
- 南館(図書館)
- 東館
- 管理棟
- 共通実験準備室棟
- 情報メディア教育研究センター
- 水工実験室
- 熱工学・高圧実験棟
- イオンビーム工学研究所
- 部室棟
- マイクロ・ナノ・テクノロジー研究センター
- サッカー場
- テニスコート
学生食堂[編集]
- 生協小金井食堂
- 東館地下1階に位置する。座席数は521、運営は大学生協。カフェテリア方式とビュッフェ方式の併用でメニューを提供している。
- スエヒロ食堂
- 管理棟3階に位置する食堂。座席数は235、運営はスエヒロレストランシステム。
大学院静岡サテライトキャンパス[編集]
- 所在地:〒420-0857 静岡県静岡市葵区御幸町3-21ペガサート7階・演習室3 B-nest(静岡市産学交流センター・静岡市中小企業支援センター)内
- 交通アクセス:JR東海道本線静岡駅から徒歩約5分、静岡鉄道静岡清水線新静岡駅から徒歩1分、もしくはしずてつジャストライン新静岡バスターミナルから徒歩1分
- 設置専攻:政策創造研究科 政策創造専攻、イノベーション・マネジメント研究科 イノベーション・マネジメント専攻
2009年4月に法政大学初のサテライトキャンパスとして開設された。また立地する静岡県にとっても、初の県外大学によるサテライトキャンパス開設となった。現在は大学院の政策創造専攻、イノベーション・マネジメント専攻のみが開設され、社会人を対象に平日夜間に市ヶ谷キャンパスより遠隔講義、又は対面講義が行われている。
付属施設[編集]
キャンパスの他に以下の付属施設がある。セミナーハウスと体育施設などが占める。
- 向坂逸郎記念国際交流会館
- 石岡総合体育施設
- 茨城県石岡市にある、広大な敷地を誇るスポーツ施設群。当施設はかつて法政大学第三中・高等学校(1955年閉校)があった場所に位置しており、テニスコート・野球場・サッカー場・ラグビー場・体育館・道場等を有する。また、常時200名が宿泊できる宿泊施設「スポーツハウス96、98」もある。各部活動の合宿にはもちろんのこと、サークルの合宿や学部学科の体育イベント等にも使用される。
- 富士セミナーハウス
- 三浦セミナーハウス
- 白馬山荘
- 川崎総合グラウンド
対外関係[編集]
国内他大学との協定[編集]
詳細な協定大学名などは各項目を参照。
- 山手線沿線私立大学図書館コンソーシアム
- 加盟大学の学生は市ヶ谷キャンパスの図書館が相互利用可能。
- 東京12大学広報連絡協議会
- 首都大学院コンソーシアム
- 大学情報サミット
- 全国私立大学FD連携フォーラム
- 相模原・町田大学地域コンソーシアム
- 大学eラーニング協議会
海外交流大学等[編集]
2009年12月現在、全部で24ヶ国78大学・機関と交流協定を結んでいる。詳しくは海外交流協定大学・機関一覧を参照のこと。
地方自治体との連携[編集]
- 東京都千代田区
- 助成金
- 千代田区に関するさまざまな事象を一つの学問として学ぶ「千代田学」協定。千代田区に関する調査・研究事業に対して区が補助金を負担、区と大学が協力して千代田に関する一連の事象を学問として学び、区政の発展に寄与する目的で創設されたもの。
- 東京都台東区
- 中小企業総合コンサルティングネットワーク
- 東京都三鷹市
- 事業協力協定
- 神奈川県川崎市
- 川崎市職員研修所における女性のライフバランス研修(2006年)
- 長野県原村
- 事業協力に関する協定。
- 石川県白山市
- 岐阜県飛騨市
- 秋田県仙北市
- 「法政大学地域づくり塾」開催(2007年)
- 秋田県角館町
- 福井県大野市
- 鹿児島県大口市
- 出前まちおこしシンポジウム提携
- 東京都青梅市
- 共同プロジェクト「武蔵御嶽神社および御師家古文書学術調査団」結成
- 東京都日野市
- 事業協力協定
その他[編集]
- 商工会議所との連携・協定を組み、キャリア支援や特殊講義の開講などを行っている。
- 財団法人海外投融資情報財団(財務省所管)との提携
社会との関わり[編集]
創立130周年となる法政大学は、これまでに40万人以上の人材を輩出しており、各界で多くの卒業生が活躍している。また、法政大学教授・准教授の中にはテレビの報道番組や情報番組等にコメンテーターとして出演している者や、各新聞社・出版社の記事に取材コメントを寄せている者も多い。東京六大学としての交流も深く、スポーツ界においては野球を筆頭に多くのアスリートを輩出しており、プロ野球選手をはじめ、オリンピック出場選手も多数輩出している。
法政大学と外濠[編集]
千代田区との提携による「千代田学」研究の一つとして、「350年の歴史遺産・外濠の再生デザインと整備戦略」がある。
市ヶ谷キャンパスに隣接する外濠公園の設置の経緯に法政大学は大きく関わっており、法政大学と外濠は切っても切れない深い関係があると千代田区資料にまとめられている。校歌にも「蛍集めむ門の外濠」の一節がある。現在でも上記の研究や授業・課外活動等の各方面で外濠・外濠公園との関係は続いている。
- 経緯の詳細については外濠公園の項目を参照のこと。
その他[編集]
- 文部科学省・高等教育政策転換政策による、第三者評価機関による大学の周期的評価の義務づけに対し、法政大学は他私立大学に先行して2003年に「法政大学第三者評価委員会」を設置している。この評価委員会には東京大学名誉教授なども参加している。
- 法政大学では国内の大学でも有数の環境センターを設置している。グリーンユニバーシティをキーワードに掲げ、1999年3月には環境憲章を制定。同9月には、総合大学としては日本で初めてISO14001を取得するなど高く評価されている。学内ではエネルギー温暖化対策小委員会・資源リサイクル小委員会・グリーン購入小委員会・サステナビリティ教育研究小委員会を設置し、ゴミの分別回収や屋上緑化等の具体的活動を行っている。
- 教育保証、教学改革、卒業生や在学生・それらの父母と大学とのネットワーク強化、されらによる協力・支援関係の構築を目指す法政オレンジネットワーク事業をスタートさせている。具体的には法政オレンジCAMPUSカード(大学公式クレジットカード)、法政オレンジコミュニティ(関係者専用SNS、2009年12月末日をもって終了)、法政フェア、卒業生データベース再構築によるものである。
- 大学では新入生および卒業生に対し、大学生活や大学設備全般に対するアンケート調査を行っている。さらに保護者に対しては大学の社会的評価や大学への要求事項などをアンケート調査している。それら結果は大学ホームページにて公開している。
- 大学の予算・決算および事業報告は毎年度必ずホームページにて公開している。その他、事業計画書・財産目録・監事監査報告書などの公開も行っている。
- 各文芸作品にも登場している。テレビドラマではロケ地として選ばれることもある。代表例としてはNHK連続テレビ小説『ちゅらさん』にて「古波蔵恵里と前原琉美子が受験した東都大学」として多摩キャンパスが、同『こころ』にて「朝倉倖が通う青葉山学園」として市ヶ谷キャンパス富士見坂校舎が登場している。
附属学校[編集]
法政大学は以下の3つの附属学校を持つ。
- 法政大学中学高等学校(東京都三鷹市)
- 法政大学第二中・高等学校(神奈川県川崎市中原区)
- 法政大学女子高等学校(神奈川県横浜市鶴見区)
関連会社[編集]
脚注[編集]
- ↑ 東京法学校は長らく「校長」を置かなかったため、実質的に「ボアソナードの法学校」であったと言われている。
- ↑ 現在の市ヶ谷キャンパスに当たる。移転当初は現在よりも敷地は狭く、徐々に敷地を買収・拡張していくことになる。
- ↑ 大学スポーツの応援や、大学グッズなどにもたいていこの略旗が用いられるため、法大生や受験生の間でも「法政の旗=略旗」のイメージが強い。
- ↑ 他大学の校歌・寮歌・高等学校の校歌を含む諸説があり、現在でもはっきりしていない
- ↑ 法政大學新聞2009年後期号 経営学部50周年学部長インタビュー記事による。
- ↑ 公式ホームページ・パンフレットでも初めにアルファベット表記であることが多く、今のところアルファベット表記・かな表記のどちらも正式名称として取り扱われている。
- ↑ 2009年度までは福島空港で飛行実習を行っていたが、2010年度より変更される予定[1]
- ↑ 法政大学ホームページ 学部第二部の閉鎖年度について
- ↑ 法政大学図書館 図書館概要 図書館紹介
- ↑ 山手線沿線私立大学図書館コンソーシアム加盟大学生は市ヶ谷館のみ利用可能。小金井と多摩の両館は利用不可。
- ↑ つまり大学以外でも、例えば法政大学高等学校卒業生でも所属可能である
- ↑ 法政大学ホームページ 市ヶ谷キャンパスアクセスマップにも記載がある。
- ↑ 工学院大学の新宿校舎、日本医科歯科大学の医歯学総合研究棟に次いで日本国内3番目の高さ。
- ↑ ただし身分証の提示などは求められることはない。教員引率で学生も利用する姿が見受けられる。