経済学
経済学(けいざいがく)とは、この世において有限な資源から、いかに価値を生産し分配していくかを研究する学問のことである。総じて社会全般の経済活動が研究の対象である。
(経済学者については経済学者を参照のこと。ノーベル賞についてはノーベル経済学賞を参照のこと。)
概要[編集]
経済学の定義は、経済資源の希少性に基づくものが一般的であり、道徳や価値判断から独立した効率的、合理的資源配分問題を扱う科学であるとされる。これは、1932年に発行されたライオネル・ロビンズの「経済学の本質と意義」で最初に問題提起されたというのが定説となっている。しかし、こうした定義にはケインズやコースらからの批判もある。経済問題は価値判断や道徳・心理とは独立ではありえず、経済学は本質的に価値判断を伴う倫理学であって、自然科学ではないというものである。
現在では、資本主義・貨幣経済における人や組織の行動を研究するものが中心となっている。広義においては、交換、取引、贈与や負債など必ずしも貨幣を媒介としない、価値をめぐる人間関係や社会の諸側面を研究する。このような分野は人類学(経済人類学)、社会学(交換理論)、政治学(公共選択論・合理的選択理論)、心理学(行動経済学)と隣接する学際領域である。また労働、貨幣、贈与などはしばしば哲学・思想的考察の対象となっている。但し、経済システムの働きに深く関わる部分については経済思想と呼ばれ、経済学の一分野として考えられることも多い。
経済学の特徴[編集]
経済学は、物理学が「自然科学の王」と呼ばれているのに対し社会科学の女王と呼ばれている。自然科学などと違い数理的理論・実験が不十分な分野が多いのが人文科学・社会科学の特徴であるが、人文科学に比して比較的理論的・実証的な社会科学の中でも経済学はとりわけ理論的・実証的である。この二つの点が経済学を他の人文科学・社会科学の諸学問を引き離し、より科学的な学問となりえている。
数理的理論・理論[編集]
解析・代数・ゲーム理論を多用し古典力学の影響を色濃く受けている。現代になるまでは統計データが扱い難く実証が困難であった、このため経済学では数学を多用した論理的積み上げが大きく発展した。経済学の使う数学レベルは非常に高く物理学者マレー・ゲルマンをして「彼らの数学的教養には舌を巻いた」と言わしめた。その数学的親和性の高さから、確率微分方程式など数学のブレイクスルーが経済学に大きく影響を与えた事や、フォン・ノイマンなど数学者による経済学での貢献、クープマンスなど数学畑出身の経済学者は珍しくない。
実験・実証[編集]
統計学において経済関連の統計が主流分野として立脚していること、統計学者や経済学者と統計学者を兼ねる者が両分野の発展に大きく貢献してきたことを知れば一見なように、古くから社会全体を実験室に見立てて統計学を使い裏付ける方法が経済学において多用され影響を与えてきた。実証の現代の新潮流にはダニエル・カーネマン、エイモス・トベルスキー、バーノン・スミスなど心理学、認知科学(認知心理学)の流れをくみ行動実験を用いて消費者行動を裏付ける方法が強力な道具として提供され急成長している。この流れから行動経済学、神経経済学という分野も心理学者と心理学的素養を持つ経済学者によって生み出されている。
政策[編集]
経済学は、その誕生・分析対象が社会政治経済問題と不可分であったことから政策への提言として社会へ関わる機会が非常に多い。19世紀以降は、社会的な判断において経済学が不可欠となった。社会問題を対象としている性質からか、社会的不幸を予測する理論も多々生まれ「陰鬱な学問」とも呼ばれた。先駆的政策(事実上の実験)の過程と結果から新たな学問的問題を提起したソビエト連邦による社会主義建設は失敗し「壮大な社会実験」として総括されているが、この社会主義的政策が、第二次世界大戦後日本で採られた傾斜生産方式のように社会に有益な影響を与えたのも事実である。ちなみに近代経済学では傾斜生産方式の有用性について疑問符を投げかけている。マルクス主義経済学と対照をなす古典派経済学はイギリス帝国や20世紀初頭のアメリカの繁栄などで実証されたかにみえたが、世界恐慌や植民地帝国の解体によって軌道修正をよぎなくされる場面もあった。理論と結果への当てはめという試行錯誤が長く繰り返される中で経済学は発展し近代経済学の成立とあいなった、現代では一般的に経済学=近代経済学とされる。だが近代経済学もまだまだ問題が山積しているのは明白である。しかし経済学が他の社会科学では成し得ない安定した世界経済の枠組みの達成に寄与してきたのは事実である。
経済学の対象[編集]
有限な事物の分配・生産が対象であり人間が知覚できる有限性がなければ対象とはならない。例えば宇宙空間は未だに対象ではないが、東京に供給されるビル空間の量は対象である。その他にも人間行動の心理的要素や制度的側面も重要な研究対象である。また事実解明的分析と規範的分析に分けられる。前者は理論的に説明・判断できる分析であり、後者は価値判断や政策決定に使われる分析である。例えば「財政支出を増やすと失業が減少する」は真偽が判明する分析であるが、「財政支出を増やして失業が減少したほうが良い」は価値判断が絡む分析である。
歴史[編集]
経済学は法学、数学、哲学などと比べて比較的新しい学問である。近世欧州列強の著しい経済発展と共に誕生し、その後資本主義経済がもたらしたさまざまな経済現象や経済システムについての研究を積み重ね、現代に至る。
重商主義学説[編集]
経済についての研究の始まりはトーマス・マン(1571~1641)によって書かれた『外国貿易によるイングランドの財宝』や、ウィリアム・ペティ(1623~1687)の『租税貢納論』、バーナード・マンデヴィル(1670~1733)の『蜂の寓話』、ダニエル・デフォー(1660~1731)の『イギリス経済の構図』、デイヴィッド・ヒューム(1711~1776)の『政治論集』などに見られるような重商主義の学説である。この時代には欧州列強が海外植民地を獲得し、貿易を進めて急速に経済システムを発展させていた。
重農主義学説[編集]
1758年にフランスの重農主義の学派フランソワ・ケネー(1694~1774)が『経済表』を書き、国民経済の再生産システムを解明して、経済学の体系化の発端となった。
イギリス古典派経済学[編集]
1776年にアダム・スミスにより資本主義工場生産について論じた『国富論』 (The Wealth of Nations)が書かれ、これが現在の理論化された経済学の直系で最古の理論に当たる。そのためスミスは経済学の父と呼ばれている。経済学では一般的に『国富論』を持って始まりとされる。またデイヴィッド・リカード(1772~1823)の『経済学および課税の原理』、マルサス(1766~1834)の『人口論』や『経済学原理』、ジョン・スチュアート・ミル(1806~1873)の『政治経済学原理』などがスミスに続いて英国古典派経済学の基礎を築いていった。
経済学の分裂[編集]
しかし発展過程で大きく経済学は二系統に分かれていく。すなわち「資本主義経済の現象を数値化して分析する」という潮流を受け継いだ、当時イギリスやオーストリアなどで登場した「限界効用」学派を中心とした近代経済学、そして「資本主義の本質を労働価値説に基づいて分析する」という潮流を受け継いだマルクス経済学(政治経済学)である。この二派の系統は、思想的立場、分析手法、理論形態の違いにより対立的な関係のまま発展を続けることとなる。
近代経済学[編集]
近代経済学はその後、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ(1798~1855)の『経済学の数学的一般理論の考察』や『経済学の理論』、レオン・ワルラス(1834~1910)の『純粋経済学要論』や『応用経済学研究』、カール・メンガー(1840~1910)の『国民経済原理』や『社会科学特に経済学の方法に関する研究』、アルフレッド・マーシャル(1843~1924)の『外国貿易と国内価値との純粋理論』や『経済学原理』、ジョン・メイナード・ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』、ヨーゼフ・シュンペーターの『理論経済学の本質と主要内容』や『経済発展の理論』、などの研究を通じて発展していくこととなる。
マルクス経済学[編集]
一方マルクス経済学はまずカール・マルクスの『資本論』や『剰余価値学説史』などを通じて英国古典派経済学の労働価値説を継承しつつ新たに価値論や剰余価値論を体系化して、その上で資本の種類を分類して単純再生産や拡大再生産などの資本の運動法則を解明した。このことによって資本主義経済の全体構造の把握を目指した。さらにマルクス経済学はフリードリヒ・エンゲルスの『国民経済学批判要綱』や『反デューリング論』、カール・カウツキー(1854~1938)の『カール・マルクスの経済学説』や『エルフルト要領解説』、ルドルフ・ヒルファーディング(1877~1941)の『金融資本論』、ローザ・ルクセンブルク(1870~1919)の『資本蓄積論』、レーニンの『ロシアにおける資本主義の発達』や『帝国主義論』、などの研究を通じて発展していく。
現代[編集]
近代経済学とマルクス経済学の二派は冷戦という政治的背景もあったために長期間にわたって対立してきた。しかしソ連が崩壊、共産主義国の没落、そして冷戦終了となるとマルクス経済学については否定的な研究・実証が多くだされた、また非数理的・非数量的・非実証的な点も大きく問題となった。これによって今日では市場に基礎を置く近代経済学=経済学となった、現在では共産主義を名のる中華人民共和国でもほとんどの経済学者は近代経済学を研究している。かと言ってマルクス経済学が全て否定されたわけではなく一部は近代経済学に吸収されている。またアメリカを中心とする近代経済学はその非歴史的・非文化的なモデルをマルクス経済学やポストケインジアンなどによって指摘され、現代においては両者を学ぶことが求められている。
論争[編集]
経済学は完全な自然科学ではないこと、存在自体が社会・政治・経済・政策と不可分である事、そのため学術的な論争、政策的な論争、数多の論争を生み出し消化してきた。それによって経済学徒は他学徒に「傲慢である」と印象を与えてしまうほど非常に攻撃的な知的スタイルを形成している。また論争は経済学にとって理論を洗練させブレイクスルーを起こす役割を担ってきた。このように経済学と論争は切り離すことはできない、ここでは経済学において歴史的に重要な意味を持った論争を取り上げる。
- 全地球的な論争
- 重商主義・重農主義論争
- 穀物法論争
- ピグー・ケインズ論争
- 経済計算論争(1920~1930)
- 日本における論争
分類[編集]
経済学は、次のような分野に分類される。
学派[編集]
古典派経済学 - マルクス経済学(講座派、労農派、宇野経済学)- ケインジアン - 新古典派経済学 - シカゴ学派 (経済学) - マネタリスト - サプライサイド経済学 - 新しい古典派 - ニュー・ケインジアン
経済理論[編集]
ここでは方法論としての理論を紹介する。なお経済学は専門ごとに理論と応用とに別けられるわけでなく、専門の中にも理論と応用が存在する。
ミクロ経済学 - マクロ経済学 - 計量経済学 - ゲーム理論 - 行動経済学・実験経済学 - 複雑系経済学 - 経済物理学
専門分野[編集]
国際[編集]
成長[編集]
数量[編集]
金融[編集]
数学[編集]
法・契約[編集]
公正[編集]
産業[編集]
公共・公益[編集]
財政学 - 公共経済学 - 教育経済学 - 社会政策論 - 公共選択論
労働[編集]
情報[編集]
地理・空間[編集]
環境[編集]
歴史・思想[編集]
その他[編集]
経済学における主な用語・概念[編集]
需要と供給 - 有効需要 - レッセフェール - IS-LM曲線 - AD-AS曲線 - インフレーション - デフレーション - スタグフレーション - ジニ係数 - ローレンツ曲線 - フィリップス曲線 - ラッファー曲線 - トリクルダウン理論 - 限界効用 - セイの法則 - エンゲル係数 - 費用対効果 - 一般均衡理論 - リアルビジネスサイクル理論 - 生産集合 - 無差別曲線
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- ノーベル経済学賞受賞者一覧:www.nobel.se(英語)
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