山田町
山田町(やまだまち)は、日本の岩手県沿岸中部に所在する、太平洋に面する町。
中心的産業はリアス式海岸を利用した養殖を中心とする漁業であるが、山間部を中心に中小工場が稼働している。
復興予算8億円をNPOに食い逃げされる[編集]
岡田 栄悟(おかだ えいご)とは、東日本大震災の復興資金8億円を食い尽くした詐欺師である。NPO法人「大雪りばぁねっと」代表。
事件概要[編集]
緊急雇用創出事業が食い物にされていた。問題は岩手県山田町で発覚。佐藤町長は「青天の霹靂」と話した。問題のNPO法人は「大雪りばぁねっと。」という。
山田町から緊急雇用創出事業を請け負ったNPO法人は、町民約140人を雇用し、仮設住宅への食料配布などを行なった。しかし山田町によると、NPO法人が年度途中で復興予算から渡される事業費を使い果たしたことが判明。
その結果雇った町民全員を解雇した。事業責任者は当時、「至らない点があった。お詫びしたい」と話していた。
なぜ復興予算からの事業費を使い果たしたのか。町議会議員とNPO法人の本部を訪れた。すると本部には、救助用に使ったとされるアメリカ海兵隊が使うものと同じ型の1200万円したというボートがあった。さらに一台130万円の水上バイクが3台。
緊急雇用創出事業で認められていない50万円以上の物品の購入が多数あった。軍事オタクだったという代表は、各部署を「小隊」と名付けていた。
NPO法人の装備については、活動当初から過剰だという声があがっていた。中でも幹部に配られた一着20万円のスーツに批判が集中している。
NPO法人の元従業員から話を聞いた。元従業員は、「焼肉などを大量に食べれた」と話した。
復興予算による緊急雇用創出事業では、従業員の飲食代や接待費は経費として認められていない。さらに研修と称した積丹半島への旅行や、オカマバーでミーティングなどもしていた。
山田町の町民は怒りを顕にした。町議会議員はNPO法人代表に事業を任せた前町長に問題があったと指摘。その前町長は、「知らなかった」と話した。
「もう我々の手には負えない。こうなったら警察だ、警察!」[編集]
1月7日、岩手県山田町の佐藤信逸町長は、会見で色をなして怒った。東日本大震災で甚大な被害を受けた同町の復興資金約8億円を謎のNPO法人が使い切ったあげく、地元の従業員に給料も払わず同法人の代表が雲隠れした。これは、詐欺なのか支援事業のミスなのか。
問題となっているのは、北海道旭川市に本部を置くNPO法人「大雪りばぁねっと。」(岡田栄悟代表理事)。山田町の緊急雇用創出事業を受託し「復興やまだ応援事業」を行っていたが、2012年11月までに'12年度の予算約7億9000万円が尽きたとし、町に補正予算を求めた。
「町が調べたところ、通帳に残っていたのは75万円だけ。何に使ったのか問い質しても要領を得ない答えが返ってくるばかりで、町議会は当然却下しました。するとNPOは昨年の12月25日に、12月分の給与を未払いのまま雇用していた約140人の従業員全員を突然解雇してしまったのです」(山田町役場関係者)同町の田村剛一議員がこう憤る。
「NPOは事業計画書を町側に提出しており、その通りに運用すれば予算が足りなくなることなんてない。しかも、使い途すらはっきりしていない。そんな杜撰なNPOが存在していいんですか!」
地理[編集]
太平洋に面した町で、リアス式海岸である船越湾の北部と、船越半島、山田湾で海岸に面している。関口川や織笠川が山田湾に注ぎ、関口川河口のやや南に山田港があり、周辺に駅や役場、病院などが集中する。町の西端は高滝森で、西部一帯は、津軽石川の上流部の流域となっている。
2011年(平成23年)3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、地殻変動によって当地域の地盤が東南東へ25cmずれたことが、GPS(全地球測位システム)を用いた国土地理院測地観測センターによる分析の結果、明らかとなった。
- 山地 :高滝森(たかだきもり)、十二神山(じゅうにしんざん)、霞露ヶ岳(かろがだけ)
- 川・水系 :津軽石川(つがるいしかわ)、関口川(せきぐちかわ)、織笠川(おりかさかわ)
- 湾・海岸 :船越湾、山田湾
隣接する市町村[編集]
歴史[編集]
沢田地区の遺跡からは、縄文時代前期(約6000年前)の集落跡が発見されている。房の沢遺跡の古墳からは、蝦夷の首長の副葬品と思われる蕨手刀と直刀が出土している。中世になると安倍氏や奥州藤原氏の勢力下となる。
鎌倉時代から室町時代には、国府などへ軍馬を提供するための公的な牧場が置かれ、閉伊氏や福士氏の一族が管理した。南部氏が領内統一し盛岡藩の成立後は、大槌代官所の管轄となる。江戸時代前期にはオランダ船が漂着するブレスケンス号事件が起きる。
太平洋戦争中は大日本帝国海軍航空隊の山田湾基地が置かれたが、終戦間際に米軍による攻撃を受けた。終戦後は米軍基地を経て航空自衛隊の山田分屯基地が置かれた。
2011年3月11日の東日本大震災により町は大津波と猛火に包まれ、JR陸中山田駅も焼失するなど、高台の一部を残し町内は壊滅的被害を受けた。
年表[編集]
- 1935年(昭和10年)11月17日:国鉄(JRの前身)山田線の豊間根駅と陸中山田駅が開業。
- 1936年(昭和11年)11月10日:国鉄山田線の織笠駅と岩手船越駅が開業。
- 1980年(昭和55年)7月17日:山田町(旧・山田町)出身の鈴木善幸が第70代内閣総理大臣に就任。
- 1983年(昭和58年)3月10日:国鉄山田線の織笠駅が無人駅となる。
- 1985年(昭和60年)10月20日:山田町が千葉県の山田町(現・香取市域)と姉妹都市提携。
- 1990年(平成2年)8月2日:山田町が青森県の平賀町(現・平川市域)と友好親善都市提携。
- 1999年(平成11年)5月:国道45号上に道の駅やまだが開業。
- 2000年(平成12年)5月13日:ザイスト市(en。オランダ、ユトレヒト州)と友好都市提携。
- 2002年(平成14年):三陸自動車道の山田道路が開通。
- 2002年(平成14年)8月2日:山田道路の山田南インターチェンジと山田インターチェンジが開業。
- 2003年(平成15年)8月31日:上山田町(長野県更級郡、現・千曲市)との姉妹都市提携を解消。
東日本大震災後[編集]
- 2011年(平成23年)3月11日 :マグニチュード9.0の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が発生し、山田町は震度5弱(観測地点:八幡町地区)を記録した。さらにこの地震が引き起こした大津波によって町は壊滅状態となった。
- 町域の地盤は東南東へ25cmずれた (#)。
- 町域にあるJR東日本(山田線)の駅のうち、陸中山田駅と織笠駅は、周辺地域の駅同様、駅舎などが流失あるいは焼失し、線路にも多大な被害が出た。
- 3月17日 :IBC岩手放送(在・盛岡市)が、被災して難聴エリアとなっていた山田町と大槌町の一部地域に対応するため、山田町に臨時FM放送局「IBCやまださいがいエフエム」を開局。
- 5月31日 :長期ボランティアに入っている茶人・為公史が、自分のトラックに搭載した移動茶室を用いて、山田町から他地域への情報発信を目的とした、インターネット放送局「光の茶会」を開局。Ustreamで20:00-21:00に毎晩、定時放送を行っているほか、昼間、解説つきで復興状況を詳しく報告している。山田町からの数少ない情報発信手段である。
行政区域の変遷(市町村制施行以後)[編集]
- 1889年(明治22年)4月1日:東閉伊郡内で町村制が施行される。
- 1896年(明治29年)3月29日:東閉伊郡・北閉伊郡・中閉伊郡が合併し、下閉伊郡となる。
- 1955年(昭和30年)3月1日:山田町・船越村・織笠村・大沢村・豊間根村が合併し、新たに山田町となる。
行政[編集]
経済[編集]
漁業が中心的産業であるが、かつての勢いはなく、そのため、町の人口も漸減傾向にある。
山田道路の完成など自動車交通は充実するいっぽうで郊外化も進行しており、中心市街地は集客力を失い、衰退傾向が見て取れる。隣の宮古市・大槌町のような大型商業施設と呼べるものはないが、主に大沢地区に郊外型の店舗が集積するようになってきており、しまむらのような全国チェーンの進出も見られる。
漁業以外では、製造業の工場が、宮古市に隣接する豊間根地区にいくつか立地する。釜石市寄りの織笠・船越地区は目立った産業はないが、山と海に囲まれた自然豊かなロケーションを生かし、観光客向けの外食店や道の駅が営業している。
経済は退潮傾向にあるが、市町村合併の機運は小さい。北隣の宮古市は地理的距離があるうえ、宮古の経済も大きくないことから、依存度は総じて低い。南隣の大槌町は釜石市と緊密さを強めており、こちらも山田との関係性は薄い。
※以上、東日本大震災被災以前の状況。
産業[編集]
水産業[編集]
郵便局[編集]
- 山田郵便局(集配局)(津波被災によりプレハブ仮局舎営業)
- 豊間根郵便局
- 船越郵便局
- 織笠郵便局(津波被災閉鎖中)
- 岩手大沢簡易郵便局(津波被災閉鎖中)
- 大浦簡易郵便局
- 田の浜簡易郵便局(津波被災によりプレハブ仮局舎営業)
地域[編集]
人口[編集]
600px | |
山田町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 山田町の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 山田町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 }} |
山田町(に相当する地域)の人口の推移 テンプレート:人口統計/03 | |
総務省統計局 国勢調査より |
教育機関[編集]
幼稚園[編集]
小学校[編集]
- 山田町立山田南小学校
- 平成22年度の児童数は304名。2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震では高台にある学校は津波の被害を免れた。
- 山田町立山田北小学校
- 山田町立大沢小学校
- 山田町立大浦小学校
- 山田町立織笠小学校
- 山田町立船越小学校
- 山田町立轟木小学校
- 山田町立荒川小学校
- 山田町立豊間根小学校
中学校[編集]
- 山田町立山田中学校
- 山田町立豊間根中学校
高等学校[編集]
交通[編集]
鉄道[編集]
路線バス[編集]
- 岩手県北バス
- 夜行高速バス
- ※2011年12月より両路線ともに運行を開始した。
道路[編集]
高速道路[編集]
一般国道自動車専用道路[編集]
一般国道[編集]
県道[編集]
主要地方道[編集]
一般県道[編集]
名所・旧跡・観光[編集]
- 山田町船越地区にある博物館。学術的にも価値の高い世界最大級のマッコウクジラの骨格標本(体長17.6m)を始めとして、主に様々な鯨の骨格標本を中心に、海洋の仕組みや海洋生物を展示している。
- 2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)では津波の被害を受け、3階建ての建物の最上階(約5m)まで海水や泥が流れ込んだ。1階の展示室にあった世界最大級のマッコウクジラの骨格標本などは海水に浸かったものの、無事であった。
出身著名人[編集]
- 明治生まれ
- 昭和生まれ