三島由紀夫レター教室
『三島由紀夫レター教室』(みしまゆきおレターきょうしつ)は、三島由紀夫の長編小説。1966年(昭和41年)、週刊誌「女性自身」9月26日号から翌年1967年(昭和42年)5月15日号に連載された。単行本は1968年(昭和43年)7月20日に新潮社より刊行。現行版はちくま文庫で重版されている。
出来事のすべてを登場人物の交わす書簡で表現した異色の小説。職業も年齢も異なる男女五人が、恋したりフラれたり、金を借りたり断られたり、人から貰ったラブレターを見せたり、脅迫状を出したり、あざけり合ったり憎み合ったりという騒動をユーモラスで娯楽的な趣で描きながら、その千変万化の手紙がそのまま文例、手本となる形式となっている。最後に付録的に、「作者から読者への手紙」という章で、三島が手紙を書く際の肝心な要点をまとめ、締めくくられている。
あらすじ
45歳の未亡人・氷ママ子は英語塾を経営している元美人。友人に同じ歳の山トビ夫というニヤけた有名デザイナーがいる。氷ママ子の英語塾の元生徒には、空ミツ子という20歳のピチピチしたOLがいる。一方、山トビ夫の店には、芝居の演出の勉強をして劇団にいる23歳の炎タケルが、衣裳のことで出入りして、氷ママ子や空ミツ子とも知り合いとなっている。空ミツ子には、丸トラ一というテレビを見ながら食べているのが大好きな25歳のまるまる肥った従兄がいる。丸トラ一の目下の願いはカラーテレビを買うことである。
山トビ夫は空ミツ子にラブレターを出すがフラれ、氷ママ子や炎タケルは、それぞれ気のない相手や同性愛者からラブレターを貰ったりしながら、お互い相談し合ったりしていた。そんな中、空ミツ子と炎タケルはしだいに恋仲になり、結婚をしようとするが、密かに炎タケルに恋していた氷ママ子は嫉妬し、他人を装い、空ミツ子に炎タケルの有らぬ噂の密告手紙を出し、二人の仲を引き裂こうとする。
ひょんなことから、その手紙を書いたのが氷ママ子であることを見破った丸トラ一は、氷ママ子から口止め料としてカラーテレビを買うお金を貰い、それ以来、氷ママ子のスパイとして、従妹の空ミツ子と炎タケルの様子を報告する役目を担う。空ミツ子と炎タケルはタケルの田舎の両親から結婚を反対されていた。氷ママ子は山トビ夫に、さらに二人の仲を裂くように工作を頼むが、山トビ夫は逆に空ミツ子と炎タケルの結婚を応援し、炎タケルの両親を説得してしまった。山トビ夫は長年友人として付き合ってきた氷ママ子を愛していたことに気づいたからだった。怒った氷ママ子は山トビ夫と絶交する。
山トビ夫は、自分に何の嫉妬もせずに慰謝料代りにずっと計画的に小金を溜め込み、自分名義のアパートまで買っていた辛気臭い女房と別れたことなどを、何でも話しやすい丸トラ一に全部話し、女房を失ったことよりも悪友だった氷ママ子を失ったことが身に堪えていることを告白した。そして、氷ママ子との仲直りを取り持ってほしいと丸トラ一に頼む。単純な丸トラ一は、そっくりそのままのことを氷ママ子に報告した。山トビ夫と氷ママ子は晴れて恋人となり、同じビルの上下でそれぞれの店や塾を開き、結婚する予定となった。
登場人物
- 氷ママ子
- 45歳の未亡人。かなり肥っているが、元美人。むかし夫とアメリカに3年間暮らし、そこでおぼえた英語を生かして自宅で英語塾を開いている。秘書や助手もいる。口八丁、手八丁。英語の喋りすぎで、口を三角にあけたり四角にあけたり、口を大きくあけすぎる。猫みたいな声を出す。大学生と高校生の息子がいる。兄の方はとんだプレイボーイで、弟はひどい堅物。夫は7年前に死亡。ダックスフントを一匹飼っている。いろんな社交会合に出たり、恋愛も忙しい。筆まめ。
- 山トビ夫
- 45歳の有名ファッションデザイナー。チョビ髭を生やし、旗竿のように痩せている。何でもかでも自分が一番洗練されていると思っていて、皮肉屋で文学的だが、どこか田舎くさいところがある。鹿児島県生まれで、15歳の時に家出をし、東京の伯父を頼ってデザイナーへの道を一人で邁進した経歴を持つ。お針子上がりの妻がいる。妻は主人の生活にいっさい干渉しない。恋愛生活が豊富だが、客だった氷ママ子とは親友。お互い好みが違うので友人同士。猫を五匹飼っている。うれしい時はタラバガニのように、横っ飛びに飛んで歩く癖がある。
- 空ミツ子
- 20歳のOL。商事会社に勤めているが、お嫁に行くまでの腰かけのつもり。ソコツ者だが、叱られても明るい顔で謝るので、人に憎まれない。小柄で、大きな目をしていて鼻の形がかわいらしいピチピチした娘。ママ子の塾のかつての生徒。ママ子に気に入られ今も行き来がある。自動車教習所に行っているが、なかなか免許がとれない。字が上手いので自然と筆まめ。
- 炎タケル
- 23歳。ある劇団の大道具係などをしながら、芝居の演出の勉強をしている。大真面目な理屈っぽい左翼青年。芝居の衣裳デザインのことで山トビ夫の店に出入りするうちに、氷ママ子や空ミツ子とも知り合うが、ブルジョア的な空気には反感を持っている。ある会社のエレベーター係のアルバイトをしている。文才があり、手紙の代筆を頼まれることがある。顔つきは理論ほど深刻でない。
- 丸トラ一
- 25歳。空ミツ子の従兄。大学を3年も留年している。まるまる肥っていて世にも楽天的な風貌。頭はそう悪くないが怠け者で、テレビを見ながら食べているのが好き。体を使わないことなら、わりに無精ではなく、方々にペンフレンドを持っている。切手収集家。不器用でいつもぼんやりしている空想家。空想の中では自分を世にもスマートな青年と想像している。
- Q銀行の支店長
- 50歳。氷ママ子の塾の移転資金を貸付けている銀行の支店長。数年前に奥さんを亡くした男やもめ。退屈な男で、顔は穴熊のよう。氷ママ子にラブレターを出す。
- 九里唐門
- 空ミツ子が憧れている劇作家。ブルジョア喜劇やサロン劇を書くキザな中年男。炎タケルが代筆した知的なファンレターにはなびかずに、ミツ子の母の若い頃の写真を送ったファンレターに釣られる。
- デパートの売り子
- 婦人服売り場の店員。すらりとして、ちょっと知的な感じの目元涼しき抒情派美女。山トビ夫と付き合い、処女でないことを打ちあける手紙を出す。
- 大川点助
- 有名な三枚目俳優。少し禿げあがった肥満体の中年男。人あたりのいい威張らない男。男色家。炎タケルにラブレターを出す。
- 健ちゃん
- 氷ママ子が5、6年前に付き合っていた年下の恋人で、大学出たての24歳のサラリーマン。英語塾の生徒だった。ママ子を振って、3年前から婚約していた女と結婚。ママ子は健に出さなかった脅迫状を久しぶりに読み返す。
- 英語塾の元生徒のお嬢さん
- ある貿易会社の社員と1年前に結婚。最近、子供が産まれた報告の手紙を氷ママ子に出す。
- 上品な英国紳士
- 銀髪が素敵な紳士。志賀高原ホテルで氷ママ子に付きまとう。
- 英語塾の生徒の姉
- 美人である自分が、15、6人と見合いしても結婚できないという悩みの身の上相談の手紙を、会ったことのない氷ママ子に出す。
- 深刻なカップル
- 空ミツ子と炎タケルがデート中に見た、新宿の喫茶店にいた野暮ったいカップル。田舎くさいワンピースの20歳そこそこの妊娠した女と、24、5歳の野暮なサラリーマン風の男。無愛想で冷たい男に、女がメソメソ泣きながら「結婚して」と懇願。
- 炎タケルの両親
- 人のいい真面目な田舎の夫婦だが、泥くさいセンチメンタリズムしかわからない。妊娠したのに物おじしない明るい空ミツ子の態度を誤解し、不良女と勘違いする。地方の有力者らしい家構え。
- 丸トラ一のペンフレンドの女の子
- トラ一から送られた無名の男前俳優の写真をトラ一と信じ込み、幻想を抱いている。父はミシンのセールスマンで、家に見本のミシンを持ち、母はそれで内職して手芸品や子供服を作り、娘はその品を自分の勤めている共済組合へ仕入れているという助け合い一家。天守閣のある市に住んでいる。トラ一に会いたがり結婚を申し込む。
- 東京タワー君
- テレビタレント。中華料理店の3階で開かれた、空ミツ子と炎タケルの結婚披露宴の司会者。
- 新劇の有名演出家
- 空ミツ子と炎タケルの仲人。中国をえらくもちあげるような挨拶をする。
- 山トビ夫の妻
- お針子をやっている時、トビ夫に目をかけられ結婚。店の経理や預金をいっさい任され、トビ夫に甘えることもなく事務に専念。夫の浮気にも無関心で嫉妬もしない。長年こっそりと膨大なヘソクリを貯めて、自分名義の小さなアパートまで買っていた。
- 作者(三島由紀夫)
- 読者へ手紙の書き方の要点を教授。
おもな刊行本
テレビドラマ化
- 土曜グランド劇場『近眼ママ恋のかけひき』(日本テレビ)
参考文献
- 文庫版『三島由紀夫レター教室』(付録・解説 群ようこ)(ちくま文庫、1991年)
- 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)
- 『決定版 三島由紀夫全集第11巻・長編11』(新潮社、2001年)