藤谷美和子

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ふじたに みわこ
藤谷 美和子
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本名 岡村 美和子
おかむら みわこ
別名
生年月日 1963年3月10日
没年月日 月日
出生地 日本の旗 日本東京都豊島区
死没地
国籍
民族 日本人
身長
血液型
職業 女優歌手
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1975年 -
活動内容
配偶者 岡村俊一(2005年 -)
家族
公式サイト
主な作品
受賞
最優秀助演女優賞
1993年女殺油地獄』、『寝取られ宗介助演女優賞
1992年『女殺油地獄』、『寝取られ宗介』 キネマ旬報賞
助演女優賞
1992年『寝取られ宗介』、『女殺油地獄』
毎日映画コンクール
女優主演賞
1992年『寝取られ宗介』、『女殺油地獄』
報知映画賞
助演女優賞
1992年『寝取られ宗介』、『女殺油地獄』
備考
テンプレート

藤谷 美和子(ふじたに みわこ、1963年3月10日 - )は、女優歌手東京都豊島区出身。本名 岡村 美和子(旧姓:藤谷)。事務所よしもとクリエイティブ・エージェンシー

来歴・人物[編集]

12歳の時に「カルビーポテトチップス」のCMで芸能界入り[1]1978年日本テレビの学園ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」に出演して人気を集め、1980年「刑事珍道中」で映画デビュー。

1994年には歌手デビューも果たし、大内義昭とのデュエットソング「愛が生まれた日」がミリオンセラーとなる大ヒット。年末恒例の第45回NHK紅白歌合戦にも初出場となった。

堀越中学校(廃校)→東京都立代々木高等学校(廃校)卒業。身長162cm。

常識外れの奇妙な言動を繰り広げることから「元祖お騒がせ女優」「元祖プッツン女優」として知られる[2]。そのたびに周囲をぼう然とさせる仰天発言を残してきたが、2005年12月、演出家岡村俊一と結婚。結婚した理由について「だって結婚しないと離婚できないでしょ?」との発言を残した[2]。2012年現在は離婚を希望し、芸能界復帰の意思がないと一部のスポーツ紙は報じた[3]

エピソード[編集]

  • 愛のエプロン」に出演した際、VIP食材がイチゴなのにもかかわらず「カレーを作るの?」という迷言を残し、イチゴのタルトを作ったものの「ピンクにしたかったの」という理由で生クリームに紅しょうがを混ぜ、イチゴにポッキーを2本突き刺して鬼のようなものを作るという暴挙に出て審査員の顰蹙を買った。そのときのジャッジマンは和泉節子和泉元彌の親子だったが、鬼のようなイチゴのデコレーションを指して「お母様をイメージしたんです」との発言を残した。
  • めちゃ×2イケてるッ!」の1コーナー「フジテレビ警察24時」において、当時、俳優の筧利夫と共にデュエット曲を歌い、その宣伝として同番組に出演した。以前からドラマの宣伝でゲスト出演している筧は、元々のひょうきんなキャラクターで様々なボケを繰り広げ、めちゃイケメンバーにいじられていたのだが、同席していた藤谷が突然クリップ(おそらく打ち合わせ用の書類を止めているクリップ)を持って「そんでもってクリップ」という意味不明な発言をし、さらには楽屋に設置してあった出演者練習用のピアノの上の部分のふたを開けて「焼き芋が入っている!!(焼けている)」と発言。ボケを食われた形となった筧は、対処に困っているめちゃイケメンバーの援軍に付き対処しようと模索したが、藤谷のあまりに異常な発言や行動に手を焼き、そのまま強制連行する(小道具の牢屋型カートに乗せてスタジオから出す)ことになった。
  • 明石家マンション物語」に出演した際に、ダメダメボーイズの格好をしたレギュラー陣に、いろいろと明かされた。
    • 飼っているインコにタラバガニを食べさせる。
    • 所ジョージにバレンタインの時期にカニを送る。
    • タレントのYOUとベトナムロケをした際に、食事のシーンを撮ろうとしたが「私眠い」と言って部屋で睡眠を取り、起床してお腹が空いたのでルームサービスのイタリア料理を食べた。
などを暴露され、「ははは。ばれてしまっては仕方がない」と突然お面を剥ぎ取る行動をとったり、目の前にあった花瓶の花をいじり「今ねえ、私、生け花をしているの」などと言い出したため、さんまは藤谷の頭を叩く行動を取った(さんまは女優に対して頭を叩くことはほとんど行わない)。さんまは「あまりにも腹が立った(話を聞かずに勝手な行動をとった)から」と答えている。
  • 読売テレビ制作の情報番組「なるトモ!」にて、大阪で一番多発している犯罪は何だと思うか?と尋ねられ、「シュークリーム」と回答した。
  • 人気者でいこう!」の1コーナー「芸能人格付けチェック」に主演した際も相変わらず突拍子もない発言が見受けられ、当時から司会をこなしてきた浜田も「いろんなタレントさばいてきたけど、こいつだけは無理」とお手上げ状態だった。また、チェック中に藤谷と同室になった原千晶は、その口やかましさに憤慨した。
  • その芸能人格付けチェックでは、ワインを飲んで酔っ払い浜田から、「ず~っとしゃべり続けて、頭から国旗が出そうだった」と言われ、プロが演奏したシンバルの音色を「割れ鍋に綴蓋な感じ」と酷評(なお、このシンバルの問題は角盈男以外は全員不正解であり、他の出演者である原千晶は「不愉快」、山田まりやも「下世話な感じ」等と酷評した)。書を見極める問題では、奇妙な言動が相次ぎ浜田から「殺そうかな」と言われ、またその時点で3連続不正解だったため坂上二郎からは「もう、アンタ来たらダメだわ。こら」と疫病神扱いされた。しかし、ツナキャットフードの違いは当てることができた。だが意味不明な発言は続き、またも浜田からは「撲殺やな」と言われた。
ファイル:Imperial Palace Tokyo Sakashita mon outside.JPG
2003年にタクシーで乗り付けた坂下門
  • 2003年6月26日には、皇居坂下門に突如タクシーで乗り付け、当地警戒中の警察官に開門を要求、開けようとしない警察官に「紀宮さまは私の妹。お会いしてお手紙を渡したいのです」と詰め寄り、その後1時間あまりタクシー内に立て籠もるという騒動を起こしている。
    • この騒動の後、ほどなくして所属事務所より「春先から体調を崩して現在休養中」との告知があり、暫くの間表舞台から姿を消した。
  • 2012年4月、写真週刊誌「フライデー」に神奈川県小田原市内での徘徊生活が掲載された。毎日午後5時半に小田原駅前に現れ、猫に水を撒いたり、両手にゴミ袋を持ち、同じコースをグルグルと回っているとされる。心を病む状態であるとも言われる[3]
  • 藤井フミヤなどが、ファンであることを公言している。

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティ[編集]

他多数

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. 愛が生まれた日』/大内義昭とのデュオ(1994年2月22日発売)
    日本テレビ系ドラマ『そのうち結婚する君へ』挿入歌)
  2. 『ドライフラワー』(1994年7月6日発売)
  3. 『スペアキー ~愛されてもしょうがない~』(1994年11月14日発売)
    テレビ朝日系ドラマ『ママのベッドへいらっしゃい』主題歌
  4. 私たちになりたくて』(1995年4月1日発売)
    テレビ朝日系列アニメ「美少女戦士セーラームーンSuperS」エンディングテーマ)
  5. 『I LOVE YOU EVERYDAY & まな板に乗った恋』(1995年9月30日発売)
  6. 『シャダバ ダバダ』/筧利夫・藤谷美和子(2001年10月24日発売)

アルバム[編集]

  1. 『SINGER』(1994年5月21日発売)
  2. 『BELIEVERS』(1995年4月1日発売)
  3. 『シングル・コレクション』(1996年8月31日発売)
  4. 『エッセンシャル・ベスト』(2007年8月22日発売)※5社共同企画、廉価ベスト盤シリーズの1枚。

脚注[編集]

  1. 週刊アサヒ芸能 2012年6月28日特大号 俺たちが愛した美少女選抜BEST30 第1弾・70年代編
  2. 2.0 2.1 藤谷美和子 電撃プッツン結婚(スポニチ、2005年12月29日)
  3. 3.0 3.1 “元祖プッツン女優”藤谷美和子の徘徊騒動にマスコミが深入りできない裏事情(日刊サイゾー、2012年4月12日)

関連項目[編集]

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