椿事件

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椿事件(つばきじけん)とは、1993年に起きた、テレビ朝日による放送法違反が疑われた事件である。当時全国朝日放送(ANB 現:テレビ朝日)の取締役報道局長であった椿貞良による、日本民間放送連盟の放送番組調査会の会合の中での発言に端を発したことからこの名で呼ばれる。

日本の放送史上で初めて、放送法違反による放送免許取消し処分が本格的に検討された事件であったとも言われる。

経緯[編集]

1993年7月18日、第40回衆議院議員総選挙が行われ、与党自由民主党が解散前の議席数を維持したものの過半数を割り、非自民で構成される細川連立政権が誕生。自民党は結党以来初めて野党に転落した。

9月21日、民間放送連盟の放送番組調査会の会合が開かれ、その中でテレビ朝日報道局長の椿貞良は選挙時の局の報道姿勢に関して、

小沢一郎氏のけじめをことさらに追及する必要はない。今は自民党政権の存続を絶対に阻止して、なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしようではないか」
「共産党に意見表明の機会を与えることは、かえってフェアネスではない」

との方針で局内をまとめた、という趣旨の発言を行った。

10月13日、産経新聞が朝刊一面で椿発言を報道、各界に大きな波紋を広げる。これを受けて、郵政省放送行政局長の江川晃正は緊急記者会見で、放送法に違反する事実があれば電波法第76条に基づく無線局運用停止もありうることを示唆、自民党・共産党は徹底追及の姿勢を明確にする。10月25日、衆議院が椿貞良を証人喚問。その中で椿は民放連会合での軽率な発言を陳謝したが、社内への報道内容の具体的な指示については否定、一方で放送法で禁止されている偏向報道を行った事実は認めた。

翌1994年8月29日、テレビ朝日は内部調査の結果を郵政省に報告した。この中でテレビ朝日は、特定の政党を支援する報道を行うための具体的な指示は出ていない旨を改めて強調。この報告を受け郵政省は、テレビ朝日に対する免許取消し等の措置は見送り、「役職員の人事管理等を含む経営管理の面で問題があった」として厳重注意する旨の行政指導を行うにとどめた。9月4日、テレビ朝日は一連の事件を整理した特別番組を放送した。

1998年、郵政省はテレビ朝日への再免許の際に、一連の事件を受けて、政治的公平性に細心の注意を払うよう条件を付した[1]

影響[編集]

この事件を契機に、自民党内で放送番組への規制強化の声が高まり、また郵政省でも問題のある放送番組の是正のあり方を議論するために多チャンネル時代における視聴者と放送に関する懇談会が開催され、のちの放送倫理・番組向上機構が設立される契機となったとも言われる。

自民党とテレビ朝日の対立がこの事件で表面化したとの分析もある。この事件の後、第43回衆議院議員総選挙を控えた2003年11月の「ニュースステーション」において、「民主党の菅直人の政権構想を過度に好意的に報道した」として自民党の安倍晋三幹事長が抗議するとともに所属議員のテレビ朝日への出演一斉拒否を決めたり、2004年7月の第20回参議院議員通常選挙の際の選挙報道に対しても自民党がテレビ朝日に文書で抗議するなど、政治的公平性をめぐって両者の対立はしばしば再燃している。 ただし、テレビ朝日ないしANNが事件以来政府・与党に対して腰が引けるようになったとの指摘もある。

また近年では2007年の第21回参議院議員通常選挙で、「当時の安倍政権に対して朝日新聞が同様の手法を用いた」との指摘(「アサヒる問題」を参照のこと)や、2008年に発足した麻生政権に対する大手マスコミの報道姿勢が本件と同様ではないか、として「椿事件の再来か?」とする論評[2]もある。このように、本件は放送法の「政治的公平性」やジャーナリズムについての論議の中で、しばしば引き合いに出される事例となっている。

非自民連立政権の実現可能性[編集]

椿の意図は、上記にもあるように「何でもよいから共産党を排除した反自民の連立政権を成立させる」ことにあったが、当時の政局は必ずしも反自民の連立政権が成立すると言い切れる状況では無かった。

というのも、総選挙の結果判明直後から小沢が掲げた「細川護煕擁立論」が明るみに出るまで、日本新党の去就が定かではなかったからである。総選挙で35議席を獲得した日本新党は、いわばキャスティング・ボートとしての存在でしかなかった。自民党の出方次第、また小沢の連立政権構想の中に細川が無ければ、自民党と日本新党の連立政権が樹立する可能性も十二分にあった。実際、過去には1983年に自民党が過半数ギリギリになった際、新自由クラブとの連立政権を誕生した例があった。

これを踏まえると、椿の挙げた方針は半分の可能性に賭けたいわば博打的なものだったと言えよう。

脚注[編集]

  1. 通常、放送免許の更新は5年毎だが、条件付の免許更新は1年毎となるケースが多い。この件以外では同じテレビ朝日でアフタヌーンショーの「やらせリンチ事件」が起きたときも条件付の免許更新を受けたことがあるほか、KBS京都(京都放送)でも過去に条件付の免許更新を受けたことがある。
  2. 放送倫理・番組向上機構ホームページ視聴者の意見(2009年2月)より

参考文献[編集]

  • 渡邉昭夫 「細川護煕」『歴史群像シリーズ70 実録首相列伝』 学習研究社、2003年。ISBN 4-05-603151-7

関連項目[編集]

外部リンク[編集]