地面師

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地面師(じめんし)とは、土地の所有者になりすまして不動産取引を持ちかける詐欺グループ。

偽造文書を作成して土地所有者に断りなく登記の移転や書き換えを行い、不動産を第三者に転売して代金を騙し取ったり、借金の担保に入れたりする。土地探し、偽造文書作成などの役割を分担し、事件ごとにメンバーを組み替えているとされる。地面師による詐欺被害は、地価高騰で土地取引が活発だった1990年前後のバブル期に多発したが、近年、再び被害が増加傾向にある。

不動産のプロも騙される[編集]

地面師は古く70年前の終戦後のドサクサに跋扈した。日本全国どの町でも役場が戦災に遭って機能しない時代だ。地面師たちは勝手に縄を張って土地の所有者になりすまし、土地の登記をはじめとした関係書類をでっちあげた。そして、それを転売してぼろ儲けしていた。

そんな伝説的な詐欺集団が21世紀の現在、東京の都心で蘇っているという。とりわけこの数年来、地面師による不動産のなりすまし詐欺が横行し、警視庁が対応に追われている。

しかも、もっぱら被害に遭っているのが、不動産取引のプロであるデベロッパー業者というから、さらに驚きなのである。

「うちの場合、印鑑証明を偽造され、それに気づかないままでした。司法書士の力量の問題もあります。ただ、最近は偽造どころか、まったく同じ物をつくれるらしい。たとえば3Dプリンターを使って実印を作り、本物と見分けがつかないほど精巧な書類を偽造する。見破りようがないケースも少なくありません。

また偽の実印を使って改印し、新たな印鑑証明を作り直す。それを繰り返せば、どの時点で偽造されたか、わからなくなる」

そう悔しがるのは、東京都内でマンション開発を広く手掛けてきた40代の不動産会社社長Aである。発端は昨年5月のこと。同業の不動産業者から渋谷区富ヶ谷にある住宅地の取引を持ち込まれたという。

「もともとの紹介者は、僕が独立する前に働いていた大手デベロッパーで先輩だった霜田高志さんでした。霜田さんも今は会社を経営しています。長年の付き合いもあって信頼のおける人ですし、不動産業界では紹介を受けていっしょに事業をやることも珍しくない。

霜田さんが見つけてきた物件の購入資金を私が調達して買い、さらに大手デベロッパーに物件を転売してマンションを建てる事業計画でした」

Aがことの経緯をそう説明してくれた。

「くだんの土地は井の頭通りに面していて、私も車で通るたびに気になっていたところ。不動産業者なら誰もが欲しがるようなすばらしい土地でした。そこが、なぜか雑木林のようになって放っておかれてきた。もともと目をつけていたので、話に乗ったのです」

土地面積は484・22平米(147坪)。さほど大きくはないものの、都心に近い高級マンション用地としてはうってつけだ。

折しも日本銀行によるゼロ金利政策でマンション投資ブームが続き、さらに2016年1月のマイナス金利政策により、不動産ブームに拍車がかかっている。2020年の東京五輪も手伝い、不動産業界はマンション用地探しに躍起になっている。

そんなタイミングで持ち込まれたのが、富ヶ谷の住宅地売買だ。Aたちは6億円以上の買い取り価格を提示されたが、それでも十分採算が合うと踏んだ。

ここまでは、不動産業者が普段おこなっている土地取引と変わらない。要は都心に近い優良住宅地をデベロッパーが買って、最終ユーザーのマンション業者に売り渡すという計画だ。

だが、あにはからんや、これがまったくの詐欺話だったのである。

Aたちは土地を買ったつもりで6億5000万円もの大金を支払うのだが、実は土地の所有者が真っ赤な偽者だった。というより取引そのものが、仕組まれたまったくの作り話なのである。

そもそもAたちに話を持ちかけたのは、吉永精志という元弁護士だった。Aが続ける。

「かつて霜田さんが、弁護士資格を持っていた時代の吉永氏を使って不動産取引をしていたらしい。それで久方ぶりに連絡をとったとき、今回の物件を薦められたそうです。すでに吉永氏は弁護士資格を失ってはいましたけど、今でも多くの不動産業者が彼のところに飛び込みでやって来るという触れ込みでした」

くだんの土地の所有者は、武蔵野市吉祥寺に住む呉如増。呉は終戦後に台湾から日本に渡ってきた華僑で、都内で一財産を築いた実業家という。もとより不動産取引のプロであるAたちは土地の登記簿などから、呉という人物が実在することを確認して取引に臨んだ。

2015年8月、まずAは霜田とともに吉永と会った。指定された場所は、神田にある諸永総合法律事務所だ。Aが振り返る。

「吉永氏は肩書こそ事務員だが、諸永総合法律事務所のオーナーとして事務所を取り仕切っていると話していました。諸永芳春弁護士は第二東京弁護士会の副会長まで務めた大物弁護士だとのこと。その弁護士事務所を取り仕切っているというのですから、疑いもなく取引に応じました」

ちなみに吉永は弁護士時代、諸永の事務所に所属していた居候弁護士(イソ弁)だった。いわゆるボス弁が諸永であり、結婚したときの媒酌人でもあった。現在は立場が逆転しているかのような説明だったそうだ。

で、問題の土地取引に戻ると、このあたりから話が妙な方向へねじ曲がっていく。くだんの土地取引は、所有者である呉の代理人から持ち込まれたという。Aがこう首を傾げる。

「吉永氏によれば、その代理人と称する男が山口芳仁という呉さんの運転手兼ボディガードで、身のまわりの世話をしているとの話でした。山口が呉さんの資産管理を任されていて、今回の件を持ってきたのだという。ところが、肝心の呉さんが腰を痛めて銀座の病院に入院しているといわれ、なかなか会わせてもらえないのです」

なんでも台湾華僑の呉には息子がおり、その借金返済のために土地を売りたいという話。Aが苦々しく補足説明する。

「我々は、まずは当の呉さんと会いたいと吉永氏に伝えたのですが、後回しにされた。吉永氏は『呉さんとは何度もここ(諸永事務所)で会っているので、120%間違いない。だから信用してくれ』とまで言うのです。

その上で、『呉さんの土地を買いたいという希望者は他にもいる。売買の決済はいつまでにできるのか』といかにも急かす。売買契約については、呉さんが高齢なため手続きを諸永の事務所でおこなうといわれ、そのまま取引を続けたのです」

すでにこの段階でかなり怪しげではあるが、諸永法律事務所でおこなわれた一連の手続きには、大物弁護士の諸永自身も立会人になっている。そんな安心感があったかもしれない。またAたちにとっては喉から手の出るほど欲しい物件だったのだろう。

富ヶ谷の土地取引は、呉の代理人と称する山口を窓口にして進んだ。山口はジョン・ドゥというコンサルタント会社社長の肩書を持っているが、その正体はまさに不明だった。

「山口を吉永氏から諸永事務所で紹介されたのは、売買契約当日の9月3日でした。本人は日体大の空手部出身で俳優業をやっていたとか。映画セーラームーンなんかに出ていたと自慢していました」

Aが悔しがる。

「山口の話では、呉さんの息子は人形町のあたりで貿易会社やパチンコ屋を経営していた。その息子さんが覚醒剤の輸入をして警察にパクられ、呉さんに随分迷惑をかけたらしい。あとから警察に聞くと、すべて嘘でしたけどね。

呉さんには台湾で医者をやっている娘さんがいて、奥さんと一緒に暮らしており、きょうだいの相続争いになるのが嫌なので、財産処理を任されたとも話していました」

呉には実際、息子はいるが、その他の話はでっち上げばかり。すでにお分かりだろう。ことの次第は、山口が呉の代理人と称し、Aたちから土地代金をかすめ取ろうと企んだのである。

だが、さすがにAとしても土地の所有者である呉と一度も会わないまま、取引はできない。しつこく面談を求め、それがかなったのは土地の代金支払い日のわずか3日前、9月7日だった。

面談の場所は例によって諸永総合法律事務所だ。Aや霜田、吉永や山口などのほか、不動産登記の手続きをおこなうA側の司法書士とともに呉と対面したという。

「我々が到着すると、呉さんは食事に出かけているといわれ、吉永氏や山口としばらく待っていました。その間、吉永氏が『呉さんは腰の調子はだいぶよくなったけど、高齢で耳が遠いのでできるだけ手短に願いたい』と言い、山口が『呉さんは公証役場の手続きで時間がかかったので機嫌が悪いんです』などと話していました」

Aが当日の模様をこう思い起こした。

「食事から戻ってきたという呉さんは、いきなりバッグの中からパスポートを取り出し、同行した我々の司法書士の先生に見せるではないですか。だが、そのパスポートそのものが偽造だった。目の前の呉は、まったくの別人だったのです」

つまるところ呉に成りすました別人が、偽のパスポートや印鑑証明書まで作っていたわけだ。

おまけに山口たちは面談のあったこの日、呉を連れて銀座の公証役場に出向き、公証人に呉本人であることを証明する公正証書まで作成させ、この場に臨んでいた。手元に公証人が発行したその〈平成27年9月7日〉付公正証書の写しがある。

〈嘱託人呉如増は、本公証人の面前で、本証書に署名捺印した。本職は、パスポート、印鑑及びこれに係る印鑑証明の提出により上記嘱託人の人違いでないことを証明させた。よってこれを認証する〉

公証人は検察幹部などが退官後、法務大臣によって任命される。事実の存在や契約など法律行為の適法性について認証し、公正証書を作成する。

公権力が本人と認めたことになるのだから、Aたちが騙されるのは無理もない。

こうしてAたちは呉を本人だと信じ込んだ。

「売買は呉さんの息子の借金返済という名目だったので、やや複雑な形をとりました。9月10日当日、呉さんの所有名義をいったんダミー会社に移し、同じ日付で私が代金を支払って購入するという同日登記というやり方です。不動産取引ではそう珍しい方法ではありませんでしたから、それ自体に違和感はありませんでした」

結果、6億5000万円もの土地代金を支払ったという。売買代金の6億5000万円は契約手続きを取り仕切ってきた諸永総合法律事務所の口座に振り込まれ、弁護士報酬や手数料などを差し引いた残りが呉のもとへ渡る。と同時に土地の所有権がAへと移るはずだった。Aがこうほぞを嚙む。

「ところが、法務局で所有権の移転登記をしようとするとできないというのです。そうして調べていくと、呉は偽者だったと……」

当事者にとっては文字通りキツネに抓まれたような出来事だったに違いない。当然のごとく、諸永事務所や吉永に説明を求めたが、らちが明かない。Aは警察に訴え出た。

「警察が調べると、呉という人物は確かに実在するが、現在は台湾に住んでいて吉祥寺にはいない。それをいいことに土地の所有者に成りすましたのでしょう。聞くと、この手の事件は最近頻繁に起きて、警察も大わらわの様です。あのアパホテルも引っかかっている。私の事件では背後には大掛かりな地面師集団の影がちらついています」

知らぬ間に自分の家が他人の物に。闇にうごめく「地面師」の狡猾手口(2017年2月)[編集]

天国に先立った夫が妻に残した一軒家。だが、いつしか知らぬ間に勝手に他人に転売され、プロの詐欺集団「地面師」グループには数千万円の不正な利益が転がり込んでいた。悪用されたのは妻が主治医に漏らした不動産についての情報。あらゆる機会をとらえ、不動産詐欺に手を染める複数の地面師グループが、都内を舞台に再び跋扈し始めた。

東京都墨田区。高さ634メートルの下町のランドマーク、スカイツリーを仰ぎ見る場所にひっそりと建つ3階建ての店舗兼住宅がある。東武伊勢崎線曳舟駅にも近く、不動産としての価値は高い。捜査関係者や訴訟記録などによると、ここが地面師の餌食となった今回の事件の舞台だ。

住宅は平成22年に亡くなった夫が妻に残した遺産でもある。以前は1・2階に飲食店も入っていたが、その後リフォームされた家に、女性は終生、居住するつもりだったという。交通の便のいい土地と建物は、転売を狙う地面師グループにとっても格好の物件。ただ、女性と地面師グループの間に接点はない。それをつないだのが女性が通っていた病院だった。だが、その情報は不動産に寄生する地面師グループにも伝わっていった。

警視庁が詐欺などで逮捕・再逮捕したのは、会社役員の宮田康徳(54)や、司法書士の亀野裕之(52)ら6人。そのうち1人が元理事長の知人だったことから、情報がグループ側に抜けたとみられる。

宮田らは、女性と元理事長の間に土地と建物の贈与契約が成立したかのような書類を偽造して登記を申請。さらに、その登記などをもとに、土地と建物を横浜市内の不動産会社に転売すると偽り、7千万円をだまし取った。

横浜市内の不動産会社は不動産取引のプロだが、宮田らは偽造書類や嘘の証言などを繰り返し、土地が転売できるかのように装い通した。登記手続きには現役の司法書士である亀野もかかわっていた。

捜査関係者は「地面師グループは、印影の偽造はもちろん公的書類の紙まで精巧に偽造する。偽造書類はプロでもなかなか見分けはつかない」と指摘する。

地面師事件は2000年代の後半に相次いで摘発されて以降、一時は犯行が減っていたが、最近は1年余りの間に警視庁だけで少なくとも5グループが摘発されるなど、再び目立ち始めている。

地面師は、地域ごとにグループがあるとされるが、緩やかなネットワークのようにもつながっている。捜査関係者によると、事件ごとに偽造を担う役や所有者になりすます役など、役割に応じて合従連衡を繰り返しているという。

こうした地面師グループが目を付けるのは、再開発絡みで地上げをすれば大幅な転売益が見込める土地や、所有者が高齢で管理能力が低下しているような土地だ。

国土交通省が平成25年に公表した報告書によると、国内の宅地資産の6割、計約530兆円分の所有者は60歳以上の高齢者だ。相続時の平均年齢も15年間で約7歳上昇して20年には約63歳になるなど、所有者の高齢化が進む。総務省によると、平成25年10月時点で全国の住宅のうち、820万戸(約13.5%)が空き家で、そのうち4割近くが社会問題となっている管理が行き届かない「放置空き家」だ。

グループは、こうした高齢の所有者が多い放置状態の建物や土地であれば、勝手に名義を変えて転売しても本人が気付かないとみて犯行を繰り返しているという。

捜査関係者は「地面師事件は相次いでおり、摘発を強化しても追いついていない」と危機感を募らせている。