内部告発
内部告発(ないぶこくはつ)とは、組織(企業)の身内の人間が、所属組織の不正や悪事(法令違反など)を、監督機関(監督官庁など)や報道機関へ通報することである。
組織の不祥事やその隠ぺいは、この内部告発によって明らかになるケースが多い。
なお、社内の監査部門に対して行われるそれを「内部『通報』」、企業外部(マスメディアや役所等)に対して行う「内部『告発』」と言葉を分ける場合も多い。
内部告発者に相当する語としてホイッスルブローワー(「笛を吹く物」つまり「警鐘を発する者」)があるが、これは自らから関わる団体を糺して更生させることを意図する善意的な場合をさすのであって、たとえば遺恨や腹いせから報復的に告発したり、また社内の敵対派閥をおとしめるために行う告発など、不純な動機な場合、ホイッスルブローワーとは称しがたい。金銭報酬などの目的も含めて情報を流す人間の場合は、より一般的な情報提供者の範疇になる。
目次
内部告発が持つ意味[編集]
組織内での各行動は、通常外部からは不透明なものであり、そこでもし不正や悪事などを働いていたとしても、それを外部の者が認識する事は困難である。つまり、外部からは見えにくく、不正や悪事をしても隠し通しやすい。しかし、その組織内部に所属している者(あるいは所属していた者)であれば、そのような行為を容易く認識する事ができる場合がある。そして、それを認識した組織内の者が何らかの要因により外部へ通知、つまり内部告発することで、外部からは見えなかった組織内での不正や悪事が暴かれるのである。
利益を求める集団などはその活動が行き過ぎると不正、悪事を働くことに結びつきやすい。これら組織が不正・悪事を働くことは、国家・国民・消費者に対する重大な犯罪行為であると言え、内部告発がそれを正す行為であることは明白であり、組織をより健全な活動へ修正するためには必須のものであると言える。
このように、内部告発は組織犯罪などの不正行為を摘発するためには、非常に重要な意味を持った行為と言える。
内部告発が起こる理由[編集]
- 社会的正義感によるもの
- 会社の存続についての危機感
- コンプライアンス意識の発露
など善意からなされることもある一方、
- 組織への不満
- 上司への不満
- 第三者からの要請
- 派閥抗争での勝利、若しくは敗北したことに起因する相手側に対する怨恨
- 解雇されたことへの報復・逆恨み
などのネガティブな要因からなされることもあり、複数の動機が混在していることが一般的である。
保護制度[編集]
過去の常識からすると、内部告発をするということは、組織からすれば組織への裏切りであると見なされることが普通であった。従って、告発者は必然的に組織や関連業界が好ましからざるものと認知されやすい。これにより、公益のために組織の不正や悪事を公表した者が、その組織や関連業界に報復人事などの不利益な扱いをされたり制裁を加えられたり、業界から追放された事例が相次いだ。
組織の不正を知り、正すためには内部告発が非常に重要な働きをする。そのため、こうした組織による不適切な報復行為から内部告発者を保護する必要性があり、各国で法整備が進められていく。
米国では1989年に「内部告発者保護法 (Whistleblower Protection Act)」、英国では1998年に「公益開示法 (Public Interest Disclosure Act)」が制定。日本ではこれに相当する法律として、2004年(平成16年)に「公益通報者保護法」が成立した。
公益通報者保護法[編集]
2006年4月1日に施行された日本の法律。内部告発を行った労働者を保護することを目的とする。
同法はあくまで「内部告発者を守る法」であり、組織の不正行為を摘発することが主軸のものではない。したがって、内部告発者の保護はなされても、組織の不正行為の摘発および是正に必ずしも結びつくとは限らない。
同法の施行後も、内部告発者に対する企業による制裁は行われている。また、保護される告発・通報の要件が色々と限定されており、告発者の立場[1]や通報先にも縛り[2]がある。こうしたことから、一部からは同法は内部告発者の保護が不十分であるという指摘を受けている[3][4]。
弁護士会の相談窓口[編集]
内部告発者を考えている者の相談窓口として、弁護士会は無料もしくは廉価な相談窓口を開設している(記事末尾の外部リンク参照)。同法では内部告発者が保護されるための様々な要件が決められており、不用意に企業の外部へ内部告発を行うと保護の対象にならない。その点、弁護士には守秘義務があるので、内部告発の相談を行っても、企業外部への告発とみなされることなく、告発の方法や身分の保護について確実な手順を示してもらうことができる。
告発者に対する制裁・報復[編集]
日本での実例[編集]
日本国内において、告発者に対して組織が制裁・報復行為(不利益処分としての不当懲戒処分)をした実例を例示する。
- 1974年にトラック業界の闇カルテルを告発したトナミ運輸元社員(2006年9月20日定年退職)串岡弘昭が、告発が匿名されなかった為に、32年間も閑職しか与えられなかった。串岡はこの処遇を内部告発に対する不当な報復行為として、2002年1月にトナミ運輸に対して訴訟を起こし、2005年に勝訴判決を得ている(富山地判平成17年2月23日)[5]。
- 2004年7月、三菱重工業神戸造船所に勤務していた54歳の男性が、同造船所の複数の社員による『監理技術者』の資格者証の不正取得があったとして、社内のコンプライアンス委員会に電子メールで通報したところ、設計補助の担当を外されて閑職に回され、さらに2007年6月に関連会社へ出向(休職派遣)を命ぜられたとして、出向の取消しと慰謝料など110万円の支払いを求める労働審判を神戸地裁に起こした[6]。
- 2005年1月、愛媛県警察鉄道警察隊隊員・仙波敏郎が、警察本部の裏金の存在を公表したところ、勤務中も拳銃を貸与されず、果ては職務経験と何の関係もない通信指令室付に突如異動させられた。愛媛県人事委員会から“不当人事であり原職復帰させよ”と警察本部に下命。
- 2006年4月(公益通報者保護法の施行後)、トヨタ自動車系列の販売会社大阪トヨペットの社員が、売買契約書捏造による販売実績水増しをトヨタ自動車販売店協会が設けたヘルプラインに対して内部告発したところ、窓口を務めた弁護士事務所が社員の氏名を大阪トヨペットに報告(これは守秘義務違反に当たる)、大阪トヨペットは社員に対して10日の自宅待機命令を下すという事件が発生した[7]。
- 2007年、東日本高速道路新潟支社が発注した上信越自動車道熊坂トンネル工事で、コンクリートの厚さ不足の手抜き工事を告発した、ピーエス三菱・北野建設共同企業体の下請け企業の現場監督(当時)が、自宅待機の後に懲戒解雇された。その後、会社都合による退職をすることで和解[8]。
- 2007年4月、オリンパスの社員が、当時の上司がすすめていた他社社員の引き抜き行為に関して不正競争防止法違反の疑いがある、と同社コンプライアンスヘルプライン室へ通報。ところが、同室の責任者が通報者とのメールを当事者である上司や人事部へも送信し、通報した社員は畑違いの部署へ異動となった。2008年2月、この社員は不法な報復人事であるとして、異動の取り消しを求め東京地裁へ提訴した[9]。
- 2010年9月、高松市内の金属加工会社に勤務していた男性社員が、この会社が給与額を労働省などに過少申告することで社会保険料の負担を抑抑していると感じて高松西年金事務所に相談し、同事務所がこれを受け調査したところ、保険料の過少納付の他、助成金110万円を不正受給していたことも発覚。ところがその直後、この社員は時給を下げられたり、社内で無視されるなどのパワハラを受け、これが元で体調を崩し2012年3月に退職した。男性は2012年8月17日に、この会社を相手取って慰謝料など総額200万円の支払いを求め高松地方裁判所に提訴しており、現在会社との間で係争中[10]。
- 2012年9月、福岡県小郡市の障害者就労支援施設で虐待事件が発生した際、2人の職員が「元管理職の男性(暴行罪などで有罪確定済)が知的障害者への虐待行為をしている」と福岡法務局に通報。ところが、管理職の男性の父親で、施設の運営主体のNPO法人・リブロの理事長から、パートタイム勤務への切り替えを命じられた後、2013年1月から退職を迫られるようになり、拒否したところ、「試用期間を終えた」との理由で解雇された。2人は福岡労務局に紛争調整委員会による斡旋を申請したが、リブロとの交渉が不調に終わったため、リブロに対し解雇後の賃金を支払うよう、2013年7月26日付で福岡地方裁判所に労働審判を申し立てた[11]。
- 2013年11月、厚生労働省・NEDOや製薬会社の合同国家プロジェクトJ-ADNIにてデータ改竄事件が起きた際、検証担当者の東京大学教授が厚生労働省の担当官にこれを告発したが、担当官はメールを研究代表である別の東京大学教授にそのまま転送。検証担当者は辞職に追い込まれ、会見を開かざるを得なくなった[12]。
監督省庁の不手際・隠蔽[編集]
内部告発は組織の不正を正すために重要な要素を持つ行為であるが、内部告発者の身を危険に晒す原因を作り上げたり、内部告発を放置して被害を拡大させてしまうなど、内部告発を受け処分する側であるはずの監督省庁の姿勢・対応の悪さがたびたび問題となる。
内部告発者の個人情報通知[編集]
企業の内部告発者に対する不当な制裁・報復行為を誘発する恐れが高いにもかかわらず、内部告発者の個人情報(氏名など)を企業に対して提供する問題が発生している。
2002年に発覚した東京電力の原子力発電所トラブル隠し問題において、内部告発を受けた経済産業省原子力安全・保安院が、その内部告発者の氏名を含む資料を電力会社側に通知していたことが判明している[13]。
2013年、東京都世田谷区の設置する世田谷保健所は、衛生管理に関する内部告発を行った人物の氏名を企業へ通知した。内部告発者は即日解雇された[14]。
2014年、厚生労働省はJ-ADNIのデータ改竄疑惑を告発した検証担当者からのメールをそのまま研究代表に転送。検証担当者は辞職に追い込まれた[15]。
内部告発放置問題[編集]
内部告発を放置あるいは無視し、組織の不正摘発に遅れを生じさせるなど、監督省庁に対して行われた内部告発が生かされず、企業の不正が放置され被害を拡大させる問題が発生している。
2007年6月、北海道の食品加工卸会社ミートホープが牛肉ミンチの品質表示偽装行為を長年に渡って行っていたことが報道により公になったが、その1年余り前の時点で北海道庁や農林水産省に対し、内部告発が行われていた。しかしながら省庁側の対応が鈍く、この内部告発は事実上放置されていた。その結果、およそ1年間に渡って偽装牛肉ミンチの流通を防ぐことができず、この食品加工卸会社の不正を知りながら不正行為をさせ続けたことになり、問題化した[16]。
また、JAS法違反(食品偽装など)を内部告発する公益通報は、公益通報制度が開始された2006年以降5年間で、日本政府や各都道府県に対し計63件が寄せられているが、違反した事業者名が公表される「改善指示」につながった例は1件も出ておらず、制度の実効性に疑義を唱える意見が強くなっている[17]
企業の内部告発制度と限界[編集]
経営陣が支店等現場での不正や不祥事を知る手段として、内部告発の制度を作る企業もある。だが、制度だけでは内部告発は設計意図どおりには機能しない。告発を勧めるためには、制度設計の他にも社員教育による意識の改革が必要となる[18]。
善悪の逆転について[編集]
日本においては、内部告発とは、つまり自らが所属するグループ内で行われている不正行為を外部にバラす(漏らす)行為のことであり、俗にチクリともいわれることがある。これは主に児童・生徒が多用する言葉である。組織とそこに属するものの人生が一体化していた、旧体質の日本ならではの隠語である。たとえ反社会的行為を行っている組織であったとしても、その行為を告発したものは、その組織の「和」を乱したものとされる。そして、「和」を乱すことは反社会的行為を犯すことよりも重い罪である。従って、告発者は「悪」と見なされる、そんな風習から生まれた言葉である。
「日本において勇気を出して不正を告発した内部告発者が激しい報復に晒されることが多いのは、こういった日本の旧態依然な村社会的な性質によるところが大きい。」この表現は諸外国の事例との比較など、何らの検証を伴っておらず、その意味で投稿者の独断的な一見解に過ぎぬものと言わざるを得ない。客観性が担保されていないという点でも、百科事典に是非掲載すべき文言として、適当であるとは認めがたい。
参考図書[編集]
- 太田さとし著『内部告発マニュアル』ISBN 482841018X
- 奥山俊宏著『内部告発の力―公益通報者保護法は何を守るのか』
- 奥山俊宏ら著『ルポ内部告発』
外部リンク[編集]
関連項目[編集]
- 公益通報者保護法
- Wikileaks
- 企業犯罪
- 原子力施設安全情報申告制度
- 密告
- ネット告発
- ディープ・スロート
- 腐敗防止法
- ギルベイン・ゴールド
- 国民及び職員からの意見聴取 - 鳩山由紀夫内閣時代に「ハトミミ.com」のドメイン名で積極的な意見の採取が予定された。
- たったひとりの反乱
- 尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件
- 証人保護プログラム
脚注[編集]
- ↑ 公益通報者保護法第2条1項2項(公益通報者保護法#保護の対象者を参照)
- ↑ 公益通報者保護法第3条 - 通報先は労務提供先(事業所)、行政機関(監督官庁等)、その他外部(マスコミ等)の3つに分けられ、後者になるほど保護の要件が厳しい。
- ↑ 公益通報者保護法の内容と課題(2006年4月15日 講演要旨) 鷹匠法律事務所
- ↑ 「公益通報者保護法案」に対する意見 日本労働弁護団
- ↑ 損害賠償金等請求事件(通称 トナミ運輸損害賠償) - 裁判例情報(裁判所ウェブサイト)
- ↑ 「不正告発で報復人事」 三菱重社員、取り消し申し立て 朝日新聞 2008年9月27日
- ↑ 内部告発社員に自宅待機を指示 大阪トヨペット - 朝日新聞 2006年6月3日
- ↑ TBSテレビ・噂の!東京マガジン「噂の現場」これでは安心して走れない!手抜き工事発覚!内部告発者の苦悩(2008年4月13日放送)
- ↑ 社内告発で制裁人事、オリンパス社員が人権救済申し立てへ 読売新聞 2009年2月26日
- ↑ 「内部告発でパワハラ」提訴…香川 読売新聞 2012年8月18日
- ↑ 障害者虐待告発で「不当解雇」…審判申し立て 読売新聞 2013年8月29日
- ↑ 【朝日】2014年1月18日付「告発メールを転送、教授に対応一任 厚労省の告発者漏洩」
- ↑ 2002年9月13日 日本経済新聞朝刊・夕刊
- ↑ 世田谷保健所が内部告発情報を漏洩 業者、告発者を即日解雇
- ↑ 【朝日】2014年1月18日付「告発メールを転送、教授に対応一任 厚労省の告発者漏洩」
- ↑ 偽ミンチ、内部告発を1年余放置 農政事務所 - 朝日新聞 2007年6月21日
- ↑ 公益通報制度:5年間で「改善指示」ゼロ 実効性に問題 毎日新聞 2012年1月21日
- ↑ 『ホットライン機能せず マクドナルドのトップが語る内部告発の限界』2007年12月10日付配信 日経ビジネスオンライン 日経BP