鉄血演説
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鉄血演説(てっけつえんぜつ、)とは、1862年に当時のプロイセン首相オットー・フォン・ビスマルクがドイツ統一について論じた演説の通称である。小国が分立していた当時のドイツを統一することを目指し、軍備拡張を強行したビスマルクの人となりを如実に表したものであり、彼の「鉄血宰相」というあだ名の由来にもなった。
概要[編集]
1862年9月、プロイセン議会は政府提出の軍備拡張を進める予算案を否決した。この窮状を打開するため、国王ヴィルヘルム1世はビスマルクを首相兼外相に任命した。数日後、ビスマルクは下院予算委員会で議員を前にして軍備の必要性を訴える演説を行い、次のような言葉で締めくくった。
ドイツがプロイセンに注目しているのは、その自由主義ではなく、力なのであります。1848年および1849年の欠陥でありました。今や大問題(ドイツ統一)は演説や多数決ではなく鉄(武器)と血(兵士)によってのみ解決されるでありましょう。
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これが後に「鉄血演説」と呼ばれることになる演説である。この演説が奏功してプロイセン議会は予算を可決。以後、ビスマルクは「鉄血政策」と呼ばれる富国強兵・対外強硬策を推進して、ドイツ統一へと邁進することになる。