酢
酢(す、醋とも書く)は、食品に酸味を付与または増強し、味を調え、清涼感を増すために用いられる液体調味料のひとつ。1979年6月8日に「食酢の日本農林規格法」が公示・施行され、JASでの呼称は食酢(しょくす)となった。
酢酸を3-5%程度含み、種類によっては、その他に乳酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸などの有機酸類やアミノ酸、エステル類、アルコール類、糖類などを含むことがある。
一般的には、原料になる穀物または果実から酒を醸造し、そこへ酢酸菌(アセトバクター)を加え、酢酸発酵させて作る。
目次
歴史[編集]
フランス語で酢を意味する vinaigre が単純に vin aigre (酸っぱいワイン)に由来していること、また、漢字の「酢」と「酒」が同じ部首をもつことからわかるように、酒との関連性が深く、有史以前、人間が醸造を行うようになるのとほぼ同時期に酢も作られるようになったと考えられている。
文献上では紀元前5000年頃のバビロニアですでに記録に残されている。日本へは応神天皇のころに中国から渡来したとされる。律令制では造酒司にて酒・醴とともに造られており、酢漬けや酢の物、膾の調理に用いられていた。後には酒粕を原料とする粕酢や米や麹を原料とする米酢が造られるようになる。江戸時代には前者は紀伊国粉河、後者は和泉国堺が代表的な産地として知られていた。
分類と名称[編集]
以下、 * および ** を付したのはJASの「食酢品質表示基準」による分類であり、同基準によって表示には ** の名称を用いることになっている。それぞれの酢の定義の詳細や、これらを混合したときの扱いなどの詳しいことについては同基準を参照されたい。
- 食酢*
- 醸造酢*
- 穀物酢* - 穀物の使用量が40g/l以上のもの(粕酢、麦芽酢など)。
- 米酢(よねず)** - 穀物酢のうち、米の使用量が40g/l以上のもの。
- 米黒酢** - 穀物酢のうち、米(糠を完全に取っていないもの)使用量が180g/l以上のものであり、褐色または黒褐色をしたもの。小麦、大麦を含んでもよい。黒酢。
- 粕酢 - 酒粕を原料とした酢。その色から赤酢とも呼ばれる。かつては握り寿司の酢飯の材料として一般的だったが、戦後の物資不足と黄変米事件が原因であまり一般には流通しなくなった。
- 大麦黒酢** - 穀物酢のうち、大麦のみを使用し、その使用量が180g/l以上のもの。色は褐色または黒褐色。麦芽酢。モルトビネガー。
- 穀物酢** - 米酢、米黒酢、大麦黒酢のいずれでもない穀物酢。
- ハトムギ酢 - 健康食品として流通。
- 果実酢* - 果実の搾汁の使用量が300g/l以上のもの。
- 醸造酢** - 穀物酢、果実酢のいずれでもない醸造酢。
- 穀物酢* - 穀物の使用量が40g/l以上のもの(粕酢、麦芽酢など)。
- 合成酢** - 氷酢酸または酢酸を水で薄め、砂糖類、酸味料、うま味調味料等で味を調えたもの。日本では沖縄県のみで常用される。
- 醸造酢*
合わせ酢[編集]
酢を基本として他の調味料などと合わせて調味したものを合わせ酢という。
- すし酢
- 酢飯を作るために、砂糖、塩、みりんなどで調味した酢。
- 甘酢
- 砂糖などを加えた酢。
- 二杯酢
- 酢に醤油や塩で調味した合わせ酢。
- 三杯酢
- 酢と醤油と味醂を同量ずつ合わせた合わせ酢。
- 土佐酢
- 鰹節や昆布の出汁と醤油・味醂を合わせて煮立たせた後に冷ました合わせ酢。
- 吉野酢
- 合わせ酢(三杯酢や土佐酢など)にさらに葛粉を加えてとろみをつけた酢。
- 白酢
- 酢に裏漉しした豆腐や白胡麻を擂ったものを加えた酢。
- 梅酢(赤酢)
- 梅干しを漬けたときにできる酢。一般の食酢とは異なり醗酵により製造されるものではない。梅から出たクエン酸が豊富に含まれている。大抵の場合、梅干の色づけに使われる紫蘇の色で赤いため赤酢、赤梅酢ともいう。紫蘇で赤く色付けされていないものは白梅酢という。
- また、最近は梅と穀物酢に氷砂糖などを漬け込んだ梅サワーも梅酢と呼ぶことがあり、水で割り健康飲料として飲まれている。
- ヴィネグレットソース
- 食用油に酢、塩、香辛料などを加えて攪拌したもの。サラダなどに用いる。
- 酢味噌
- 甘酢に味噌、からしなどをあわせる。
- 黄身酢
- 合わせ酢(三杯酢や土佐酢など)にさらに卵黄を加えたもの。
なお、ポン酢は元来オランダ語 pons (柑橘系の果樹、そのジュース)に由来する語で、柑橘系の果汁をベースにしたものであり、本来酢は使用しないものである。
酢にまつわる話題[編集]
有機化学における名称[編集]
酢酸の歴史と共に酢は有機化学の発展に深くかかわってきた。だが、食酢の中に含まれる酸が酢酸塩から合成される酢酸と同一の物質であることはかなり後世になってからわかったことである。
1847年にドイツ人化学者ヘルマン・コルベが最初に無機物から酢酸を合成すると、酢酸に関係する(と、当時は考えられた)有機化合物に酢酸に関連した名称が付けられるようになった。ラテン語で酢を意味するacetoは、酢酸の英語名であるacetic acid、アセトアルデヒド(acetaldehyde)、アセトン(acetone)などの名称の語源となっている。
掃除に役立つ[編集]
人体脂(皮脂)や水垢は埃とともに放置すると変質(ヘドロ化、石化、等)して水拭きではとれなくなるが、(食)酢の弱酸性と重曹の弱アルカリ性の性質を利用して、汚れを分解・中和することができる。特に重曹を使った掃除の仕上げに用いると、残った重曹を中和するのに役立つ。他にも、同時に使用する事で排水溝をピカピカにすることができる。
ただし食酢は匂いがきついので、販売されているクエン酸を利用する人が多い。また鉄は錆びたり、炭酸カルシウムでできている大理石は溶けてしまうため使用できない。
肉を柔らかくする[編集]
鶏肉などを茹でるときに酢を煮汁に足すと柔らかくなる。また、肉が骨から離れやすくなるため食べやすくなる。
疲労回復効果[編集]
疲労回復の手段として、酢が用いられることがある。 酢の中に含まれる酢酸は、疲労の原因となる血行の循環不良をおさえたり、疲労のもとになる乳酸を分解すると考えられていたからだが、疲労が筋肉にたまった乳酸によるというのは現在では否定され、原因は細胞外のK+(カリウムイオン)にあることが報告されている(むしろ逆に、疲労を防ぐことが示唆されている。乳酸を参照のこと)。
さらに疲労回復効果を高めるためには、糖分と食酢を同時に摂取するとよい。 糖とともに食酢(主成分の「酢酸」)を摂ると運動により消耗されたグリコーゲンの再補充(回復)が促進されて疲労回復がさらに早くなるといわれている。
殺菌力[編集]
古来から、酢を使うと食物が傷みにくくなることが経験的に知られていた。科学的にも強い殺菌力があることが実験的に判明している。握り寿司、マヨネーズなどが応用例といえる。伝統農法では一種の農薬として利用されることもある。種子消毒用の特定防除資材(特定農薬)としても登録されている。
2010年日本における口蹄疫の流行において、宮崎県えびの市が無線操縦ヘリを使って酢を空中散布することでウイルスの蔓延を防ぐ試みが行われた。これは口蹄疫ウイルスが酸に弱いためである。
血糖抑制[編集]
食事とともに食酢を摂取すると血糖上昇抑制効果が認められた[1]。
「酢を飲むと身体が柔らかくなる」という迷信[編集]
サーカスは性質上、地方巡業の際に団員分の食料を一度に大量購入する。その際、疲労回復のための飲料として大量の酢を購入することがあり、それを見た人が「あんなに大量の酢を飲むから、サーカス団員は身体が柔らかい」と噂したことから生じた誤解である。また、古くから南蛮漬けなどにした魚の骨が酢の作用によって柔らかくなるように、肉を酢に漬け込むと柔らかくなることからもこの説が長く信じられる一因となった。
柔軟性は靱帯の可動域の拡張なしにはあり得ないので、ただ酢を飲んでも靱帯の柔軟性が増し関節の可動域が広がることは無い。また、酢の過剰摂取によって骨が脆くなるという指摘もあったが、緩衝作用によって骨細胞中のカルシウムの流出が抑制されるため、これも現在では否定されている。
主なメーカー[編集]
- チェリー食品(北海道)
- 横井醸造(東京)
- 健康医学社(東京)
- 私市醸造(千葉)
- キユーピー醸造
- 石山味噌醤油(新潟)
- 内堀醸造(岐阜)
- ミツカン(愛知)
- 三井酢店(愛知)
- 盛田(愛知)
- 飯尾醸造(京都)
- 村山醸造酢(京都)
- 近藤造酢(大阪)
- タマノイ酢(大阪)
- マルカン酢(兵庫)
- キング醸造(兵庫)
- 大興産業(岡山)
- オタフクソース(広島)
- 尾道造酢(広島)
- マルボシ酢(福岡)
- 宇都醸造(鹿児島)
酢を使う料理[編集]
博物館施設[編集]
- 博物館「酢の里」(愛知県半田市) - 日本で唯一の酢の総合博物館
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ↑ 食酢の食後血糖上昇抑制効果、遠藤美智子ほか、糖尿病、Vol.54 (2011) No.3