赤ちゃんポスト
赤ちゃんポスト(あかちゃんポスト)とは、諸事情のために育てることのできない新生児を親が匿名で養子に出すための容器、およびそのシステムの通称である。
目次
概要[編集]
設備の目的は、望まれない赤ちゃんを殺害と中絶から守ることにある。新生児では外界に対する適応力(恒常性を維持する能力)が弱く、また単純にいわゆる「捨て子」として何らかの施設前に放置されると野犬や低体温症・熱中症といった脅威に晒される危険性すらあるため、これらの危険から守るために設置されている。
設置に際しては、しばしば「捨て子」を容認するのかといった議論にも発展するシステムではあるが、それ以上に「捨て子」が依然として存在している以上、それらの新生児は早急かつ安全に保護されてしかるべきだという議論もあり、道徳と人道の双方の観点からの議論がある(後述)。
この仕組みは法的裏付けが十分でないにも拘らず、ベルリンの壁崩壊後のドイツ国内にて旧東ドイツ地域を中心にNPO・キリスト教団体・病院などにより次々に設置され、2005年時点で80ヵ所を超えている。ハンブルクでは2000年の開設以来5ヵ年間に22人の赤ちゃんの命が救われた。こと同地域では、冬季に夜間の温度が氷点下にまで下がるにも拘わらず、慈善団体施設の前に放置された乳幼児が凍死した事件が契機となって設置が進んだという事情も報じられている。
これらでは、屋外と屋内に扉が設けられ、中には新生児の入ったバスケット程度の空間があり、冬は適度に保温され、夏は猛暑に晒されることが無いように工夫されている。この中に新生児を入れると、宿直室の呼び出しブザーなどに直結されたセンサーが働き、職員がすぐさま安全に保護できるような工夫も見られ、その一方ではポスト内部に捨てに来た親向けのメッセージカード(手にとって持ち帰ることができる)が用意され、このカードに同ポスト設置施設や児童相談所などの連絡先が記載されており、後々「捨てた」のを後悔して親であることを名乗り出る際に役立つといった配慮も見られる。
名称[編集]
慈恵病院(後述)が参考にしたドイツでは "Babyklappe" と呼ばれている。英語の baby とドイツ語の Klappe を合わせた単語であるもう一つの呼び名として "Babywiege" がある。英語では "Baby Hatch" と呼ばれている。イタリア語では "Culle per la vita" (命のゆりかご)と呼ばれている。中国語では「棄嬰艙」「棄嬰信箱」などと呼ばれ、呼称が定まっていない。
日本語の「赤ちゃんポスト」という呼称がいつ頃、どのようにして用いられるようになったかははっきりしない。賛成・慎重双方の立場から「ポスト」という形容に違和感が表明されており、将来的に異なる呼び名が提起される可能性もある。
原理主義的カトリック教義の実践[編集]
普通の人の考えでは子供の遺棄は絶対悪であり、法律違反でもあるから、赤ちゃんポストは正当化されがちである。しかし、それは慈恵病院が赤ちゃんの生命の維持、生命の尊厳とは別個の価値観を行動原理にしている可能性が大きいことを知ることは損失にならない。慈恵病院はカトリックの病院である。カトリックの教義では、子供を儲けるための性交以外の性交を禁止しており、このため不要な妊娠を回避する避妊(子供を儲けるための性交ではない事が前提)や民主主義国の国民の権利の大きな権利、自己決定権の行使である、赤ちゃんの父母、時に母の自由意志での中絶をも否定される。出産の前段階である避妊の教育や、自己決定による中絶も選択肢に入れるべきであるが、上の理由から慈恵病院は避妊や中絶の推奨をしていない。赤ちゃんポストがあちこちにできてカトリック原理主義者、つまりカルトの病院や機関がまかり通れば、善意に見せかけた思想信仰という自慰行為のために、避妊や中絶が妨げられ結果的に多くの赤ちゃんが赤ちゃんポストに向かうことになる可能性が否定できない。
歴史[編集]
日本[編集]
第二次世界大戦後、2-3年間にわたり戦災孤児救済のため「東京都済生会中央病院」で『捨て子台』と呼ばれる、赤ちゃんポストと同様の施設が設置されていた。児童福祉法制定後、孤児の数が少なくなったためこの施設は1948年(昭和23年)ごろに廃止された。
1986年から5年間、群馬県大胡町(現前橋市堀越町)にある養護施設「鐘の鳴る丘少年の家」で『天使の宿』と呼ばれる、赤ちゃんポストと同様の施設が設置されていた。しかし、1992年2月に施設内の新生児が凍死する事故が発生したため、閉鎖された。女優の木暮実千代が協力していた。
慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」[編集]
熊本県熊本市の慈恵病院は2006年12月15日に「こうのとりのゆりかご」の設置申請を熊本市に提出。翌2007年4月5日に市はこの申請を許可し、5月1日に完成。5月10日正午から運用を開始した。
施設は、人目につきにくい病院東側に60cm×50cm大の扉をつくり、内部には36度に設定された保育器を設置する。新生児が入れられるとアラームが鳴り、医療従事者が駆けつける。監視カメラが設置されているが、親の匿名性を守るため子のみしか映らない。ポストに入れるのは生まれてから2週間以内の子供に限られる。ポストを閉めると、新生児の連れ去りを防ぐ「自動ロック」により、入れる側からは開けられない。
預けられた子供は慈恵病院が健康状態を確認し、熊本県中央児童相談所が県内の乳児院に移す。乳児院は熊本市の熊本乳児院と慈愛園乳児ホーム、八代市の八代乳児院の3か所。慈恵病院には預けられた期間に応じて、一時保護委託費(1日当たり1800円)、医療費などが支払われる。養護施設や乳児院には措置費(乳児院の場合、毎月約50 - 60万円)と子供の生活費、里親には手当(月3万円)と子供の生活費が支給される。これらの費用は国と県が折半する。
2007年当時の県知事である潮谷義子は、かつて慈愛園乳児ホームの園長だった[1][2]。2007年5月29日、幸山政史熊本市長は「こうのとりのゆりかご」の運用状況について、年1回件数のみを公表するという市の方針を表明する。慈恵病院は運用開始から6ヶ月を経過した11月に、件数と子供の健康状態について公表する方針とする。
留学のため預けた例、仕事の際に子供を預ける施設が見つからずに利用した例、未成年後見人の伯父がおいの男児を預けた後に相続財産を着服した例。
- 2009年
- 2009年11月26日、「こうのとりのゆりかご」の利用状況や課題を検証する熊本県の会議は最終報告を公表した。
- 相談事例を含めれば命がつながったとも考えられるが、明らかに命が救われた事例は認められないとし、養育をつなぐ仕組みと実態を評価した。懸念された「捨て子の助長」を否定できる報告はなく、近年34人前後だった全国の子供の遺棄数は、ポスト設置後の07年度は66人と大幅に伸びた。09年9月までに約1億3,000万円の措置費を負担している。
- 親が判明したケースにおいて子供を預けた理由を調査したところ「戸籍に入れたくない」8人、「生活困窮」7人、「不倫」5人、「世間体が悪い」「未婚なので」各3人という結果だった。また、子供に障害児や新生児以外の幼児が複数いたこと、親が福祉・教育関係者であるケースがあったことなどを挙げ、「親が匿名で預ける仕組みは倫理観の低下を招く恐れがある」と指摘した。子供の遺棄防止に一定の効果があることも認め、全国的な体制の整備が求められるが、様々な観点から匿名であり続けることは容認できず、病院側に対して子供を匿名で受け入れないよう努力することを求めた。
- なお、預けられた子供の人数は、設置された2007年5月から2008年3月までに17人、2008年4月から2009年9月末までに34人の計51人である。
- 2010年
- 2010年5月25日、熊本市は2009年度は15人が預けられたと発表した。内訳は、生後1か月未満が13人、1か月から1歳未満が1人、就学前の幼児が1人だった。治療が必要な子や虐待の痕跡がある子はいなかった。身元を確認できた母親は14人。父母らの居住地は関東が5人、九州(熊本を除く)は3人などで、熊本は0人だった。うち1人はその後、父母らが引き取った。
- 預けた理由(複数回答)は「世間体・戸籍」と「未婚」が最多で各6件、ほかに「不倫」と「親(祖父母)の反対」が各3件、「養育拒否」と「パートナーの問題」が各2件、「生活困窮」が1件だった。母親の婚姻状況も初めて明らかにされ、未婚が8件、既婚と離婚が各3件だった。子供の実父は母親と婚姻中、内縁関係、「別の妻子あり」が各2件で、そのほか(恋人など)は4件。
- 2011年
- 2011年5月25日、熊本市は2010年度は18人が預けられたと発表した。内訳は、生後1か月未満が12人、1か月から1歳未満が2人、就学前の幼児が4人だった。。精密検査など医療行為の必要な子は2人、虐待の痕跡がある子はいなかった。児童相談所の調査などで15人の子供の親が判明。父母らの居住地は、熊本3人、九州(熊本を除く)が5人、中国1人、近畿3人、関東3人、不明3人だった。うち3人はその後、父母らが引き取った。
- 預けた理由(複数回答)は「生活困窮」と「未婚」が最多で各7件、ほかに「パートナーの問題」が5件、「不倫」が2件、「世間体・戸籍」「養育拒否」「親の反対」などだった。
- 設置後の4年間で、預けられた子供は累計75人となった。
赤ちゃんポストに81人、安易な理由も続々(2012年3月)[編集]
親が養育できない子供を匿名で託せる慈恵病院(熊本市)の「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)について、熊本市の専門部会は3月29日、運用状況の検証報告書を公表した。
2007年5月の運用開始から2011年9月までの約4年半に預けられた子供は81人(男児40人、女児41人)で、うち8人は障害児だった。報告書は、子供の遺棄防止などの効果を認める一方、「留学」など安易な理由で預けるケースもあるとして対策を求めた。
報告書によると、預けられた81人のうち、病院の調査や連絡で67人の親が判明、13人は家庭に戻った。
67人の親の居住地は熊本県内6人、同県を除く九州20人、関東18人、近畿8人、中部8人、中国5人など。母親の年代は20歳代が34人で最も多く、30歳代(18人)、10歳代(10)の順だった。
この2年間に預けた30人の親に理由(複数回答)を聞いたところ、「生活困窮」「未婚」が各9件、「世間体・戸籍に入れたくない」「パートナーの問題」が各6件、「不倫」が4件だった。
報告書は、ゆりかごで救われた子供が多いことを認める一方、「仕事をする上で預ける施設が見つからない」「留学のため子供を育てられない」といった安易な理由で預けたケースに触れ、親が事前に相談できるような対策を求めた。
賛否[編集]
- 賛成意見
- 新生児の殺害・虐待・育児放棄を防ぐ。
- 預かるのが目的である。
- 中絶では児は生存できないが、このシステムにより児が生存できるための選択肢が増える。
- 人工妊娠中絶は本来法的には母体適応(妊娠出産が母体に危険)や経済的理由の社会適応しかないが、実際には他の社会適応(親の社会的側面など)、胎児適応(障害を有するなど)においても非合法だが容認されている。このシステムにより母体保護法への抵触を形式上回避できる。
- 慈恵病院の場合、赤ちゃんが安易にポストに預けられることがないよう「SOS赤ちゃんとお母さんの電話相談室」を24時間体制で運用しており、相談もしている。赤ちゃんポストの運用開始である2007年5月以前である、2006年12月に電話相談室を運用開始している。
- 反対意見
- 新生児の殺害・虐待・育児放棄を防止していない。預けられた子供に虐待の痕跡はなく、「命が救われた事例は認められない」と報告されている。
- 育児放棄、捨て子を助長する。
- 全国に乳児院や養護施設等があり、匿名性でなければいけない理由が曖昧である。
- 匿名性が倫理観の欠如を生み出している。「障害児」「幼児」「不倫の子」「戸籍に載せたくない」等、本来の趣旨から逸脱した利用状況が見られ、匿名性が大人の事情を救っている。
- 新生児の死体遺棄は年間数件であり、超法規的措置を取らざるを得ない必要性が感じられない。
- 病院側は「年に1人あるかないか」と想定しているなど、現状に対する認識が非常に甘い。
- 乳児一人当たり月額50~60万円の措置費が支給されるなど、諸施設に散見される金銭目的の懸念がある。
- 人工妊娠中絶反対はカトリック教会の思想であり、赤ちゃんポストの設置とは異なる問題である。
- 外国人の新生児の場合、どうするのか?
- 子供の親を知る権利を侵害している。
- 養育できる里親がいない。
- 児童養護施設に問題を丸投げしている(養護施設では大学や専門学校への進学が事実上断念され、また虐待の問題は恒常化している)。
- カトリック系の、いち医療法人の責務を超えている。
- 預けられた子供たちは法的な裏付けがない実験的システムの犠牲者になりかねない。
- 保護責任者遺棄罪や児童福祉法、児童虐待防止法に違反する恐れがある(法的問題は後述)。
- 関係省庁・閣僚
- 肩書きはいずれも当時。
- 厚生労働省は2007年2月22日、「明らかに違法とは言い切れない」として熊本市に対して設置を認可した。だが、今後同様の申請があっても一律に認可するわけではなく、子供がすぐに適切な看護を受けられ、生命や身体が危険にさらされることのない環境かどうかを個別に検証する必要があったり、児童虐待防止法に抵触したりしないように個別に判断するともしている。
- 閣内では、おおむね慎重論が多く唱えられた。
法的問題[編集]
以下の該当性を検討する必要があるとの意見がある。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 医療法人聖粒会 慈恵病院
- 熊本市 - 医療法人聖粒会からの病院開設許可事項変更許可申請について 4月5日付けで許可
- 参議院・平成17年度少子高齢化関連の調査議員団(第三班)報告書 - 「ベビーネスト」という名前で、ミュンヘン・シュヴァービング病院のケースに関するレポートが含まれている
- NPO法人 円ブリオ基金センター
- 生命尊重センター