粗品 (お笑い芸人)
粗品(そしな、本名:佐々木 直人(ささき なおと)、1993年1月7日 - )は、芸人という公人である立場であるにも関わらず、所構わず大して面白くもない暴言を吐きまくる、同志社大学の恥、カルト教祖、思想家、自称ミュージシャン、作詞家、作曲家、音楽プロデューサー、YouTuber、ギャンブラー、無敵の人、そして、日本で最も効率の悪い集金システムである。
その正体は、M-1グランプリ・R-1ぐらんぷりの「二冠」という輝かしい経歴を盾に、自らのギャンブル依存症を治療するためにファンを利用する、自覚なき教祖にして「歩く財政赤字」である。
芸名は「つまらないものですが」という謙虚な意味を込めて命名したらしいが、本人の性格と芸風はその真逆を貫いている。
また、木村拓哉や宮迫博之といった芸能界の格上に対し、一方的かつ公然と誹謗中傷を行うことで知られ、その過激な言動を盲目的に支持する信者のことは、自らへのギャンブル資金提供者という意味を込めて太客(ふときゃく)と呼称する。
彼が吐き出す「暴言」は、芸でも風刺でもなく、次のレースに賭ける金を捻出するための、「太客」に向けた集金の合図に過ぎない。
目次
概要[編集]
彼のキャリアは、すべてが「壮大なフリ」である。 2018年、平成の最後に霜降り明星としてM-1グランプリを最年少優勝。翌年、R-1をも制覇。世間は「新たな天才」「お笑い第七世代の旗手」と彼を持て囃した。この頃の粗品は、まだ本性を隠していた。黒いスーツに身を包み、スプーンに写った小栗旬のような顔で、クールなツッコミと、高度なフリップ芸を披露していた。
まさかこの数年後、彼がスーツを脱ぎ捨て、安物のTシャツ一枚で、YouTubeに向かって「お前、アホやろ」「辞めろ」と、小学生レベルの暴言を吐き続ける借金まみれのジャンキーに堕落するなど、誰も想像することができなかった。これらはすべて罠であった。
M-1とR-1の二冠という栄光は、彼にとって目的ではなく、より高額なスパチャを獲得するための「信用情報(クレジット)」に過ぎなかったのである。
相方・せいやの相対的聖人化[編集]
相方のせいやも、過去にZoomで色々やらかすなど、決して聖人君子というわけではないが、粗品が常軌を逸した暴言を吐き続け、その「人間性」の底が抜け落ちれば抜け落ちるほど、相対的にせいやの評価が爆上がりし続けるという、奇妙な現象が発生している。もはや、せいやがまともなツッコミをしたり、子供と遊んだりするだけで、「せいや、あんな化け物の隣にいて、よく正気を保ってるな…」「せいや、仏か?」と、異常なレベルで称賛される事態となっている。また、せいやこそが、粗品という金融事故の最大の被害者であり、同時に最大の受益者である。
経済活動[編集]
彼の人生は、お笑いではなく、「借金」によって動かされている。彼の全行動は、「粗品サイクル」と呼ばれる恐るべき負のスパイラルによって説明がつく。
恐るべき「粗品サイクル」[編集]
- 労働
- 霜降り明星としてテレビ(新しいカギなど)に出演し、まっとうな労働(子供とかくれんぼ)でギャラを得る。
- 入金
- JRA(競馬)またはボートレースに、稼いだギャラを全額投入する。
- 破産
- 「生涯収支マイナス2億円くん」の名に恥じぬよう、完璧な予想外しを披露し、スッカラカンになる。
- 攻撃・集金
- 軍資金を失った禁断症状で、YouTubeを起動。世間で話題の著名人(宮迫、キムタク、ヒカルなど)に対し、「おもんない」「辞めろ」など、大して面白くもない暴言を吐き散らかす(一人賛否)。
- 集金
- 暴言がネットニュースになり、炎上。話題になったタイミングで、「スパチャ乞食(集金)ライブ」を開催する。
- 課金
- 彼の暴言を「痛快だ」と勘違いした「太客」たちが、「次の攻撃(借金)のために」と数万円単位の赤色のスパチャ(お布施)を投げつける。
- ループ
- 集めたスパチャを握りしめ、笑顔でJRAに再入金(ステップ2へ戻る)。
彼の暴言は、思想や信念に基づくものではない。すべては、ステップ2(ギャンブル)の原資を確保するための、ステップ5(集金)の前フリ(煽り)でしかない。彼は芸人ではなく、現代の錬金術師(ただし錬成には失敗し続ける)なのである。
主要な攻撃対象[編集]
木村拓哉[編集]
彼にとって、キムタクは「高リスク・高リターンの金脈」である。 彼の主張によれば、「(テレビ局で)あいさつをしたのに無視された」ことが攻撃の発端らしい。当然である。視聴率の神であり、日本のイケメンの概念そのものである木村拓哉が、なぜ廊下ですれ違っただけのギャンブル中毒の後輩に、丁寧に挨拶を返さねばならないのか。粗品は、シマウマがライオンに挨拶を無視されたとキレているに等しい。
キムタクを叩くことは、一部の熱狂的なファンを敵に回すリスクがある。しかし、それ以上に「あのキムタクに噛みつく俺、カッケー」と酔いしれることができ、太客からの称賛(スパチャ)が見込めるため、彼の集金活動は止まらない。
宮迫博之[編集]
彼にとって、宮迫は「太客が確実に釣れるATM」である。宮迫は、闇営業、牛宮城、ヒカルとの癒着など、国民の嫌悪感のデパートと化している。そこに対して「おもんない」「辞めろ」と石を投げるのは、日本で最も安全かつ効率の良い集金活動である。
言っておくが、芸人としての格は、アメトーーク!という一時代を築いた宮迫の方が圧倒的に上である。子供とかくれんぼするめちゃ×2イケてるッ!の超下位互換番組しか持っていない粗品が噛みつくのは、格下が安全圏から死体を蹴っている行為に等しい。しかし太客が喜ぶので問題ない。
ヒカル[編集]
お笑い芸人でありながら最大の宿敵を、千鳥でも、かまいたちでも、ましてや相方のせいやでもなく、一度も会ったこともない成り金YouTuber・ヒカルに設定しており、これはもはやお笑いの文脈ではない。歌舞伎町のホストクラブNo.1とNo.2による、下品な売上バトルと同質の泥仕合である。
彼にとって、ヒカルは「新たな優良ATM」である。ヒカルは金を持っている。金を持っている奴はムカつく。ムカつく奴を叩けば、それに溜飲を下げる太客が金をくれる。完璧な論理である。彼の中では「芸人 vs YouTuber」という壮大な代理戦争を演じているつもりらしいが、端から見れば「借金まみれのYouTuber(粗品)」が「金儲けが上手いYouTuber(ヒカル)」に嫉妬しているだけの醜い構図である。
あのとの関係[編集]
あのちゃんとは、音楽番組や動画で頻繁に絡み、恋仲であるとしばしばネットニュースでは報道されている。しかし、この「あの」もまた、その独特すぎるキャラクターから、絶大なファンと、同数以上の強烈なアンチを抱える存在である。この二人が絡めば絡むほど、粗品アンチは「あのちゃんも嫌い」になり、あのちゃんアンチは「粗品も嫌い」になるという、負のスパイラルが発生している。彼らは、互いのアンチを増幅させ合う、最悪の共犯者なのである。
音楽活動[編集]
粗品は、ギャンブルの合間にボカロPやシンガー・ソングライターとしての音楽活動も行っている。しかし、その楽曲は一ミリも売れない。彼が「魂の叫び」として生み出す曲は、どれもこれも「THE BLUE HEARTS」や「銀杏BOYZ」の下位互換のような、「どうせ俺なんて…でも世間が悪い!」という中学生のポエムが乗っただけの、薄っぺらいロックである。
致命的なことに、歌も相方のせいやの方が圧倒的にうまい。せいやが披露するサザンオールスターズなどの曲の歌唱が、本家へのリスペクトと圧倒的な歌唱力で評価されているのに対し、粗品の「オリジナル曲」は、一部の太客以外、誰にも聴かれることなく、YouTubeのアルゴリズムの彼方へと消えていく。
一人賛否[編集]
「一人賛否」とは、粗品がYouTubeで不定期に開催する、単独コントである。これが、彼の誹謗中傷の本丸である。
彼の悪口は地上波のテレビ番組ではスポンサーが怖いためほとんど発せられない。吉本興業とフジテレビという盾に守られた場所では、彼は借りてきた猫のように大人しい。しかし、この「一人賛否」という、治外法権のステージにおいては、そのリミッターが外れる。
ただし、そこでの悪口は、かつての島田紳助が披露したような、ウィットに富んだ毒舌や、計算され尽くしたプロレスでは一ミリもない。それは、本当にただの悪口であり、面白くない。ただただ、聴いている人間を不快にさせるだけの、陰湿な怨嗟の垂れ流しである。
そして、この面白くない悪口を、太客たちは、「粗品さん、マジ天才!」「これを面白いと思えない奴は、センスないw」と、必死に擁護する。この「信者たちが、面白くないものを『面白い』と定義し、それを理解できないマジョリティに対して喧嘩を売る」という構図は、驚くほど、西野亮廣のオンラインサロン信者と同じである。実に惨めである。
「ユーチューバー、おもんない」[編集]
2024年、彼は人志松本の酒のツマミになる話という番組で、あの有名な思想を発表した。「ユーチューバー、おもんない」この発言は、彼の「太客」たちによって、コムドットやスカイピースのような、芸人の剽窃系、つまりワチャワチャ系YouTuberのみを指している、と必死に擁護された。だが、おそらく違う。
粗品は、自分以外のYouTubeで活動する人間全般(せいやは除く)、特に、自分より金を稼いでいるヒカル (Youtuber)やHIKAKINを、心の底から「おもんない」と見下している。なんて奴だ。
しかし、彼は鏡という文明の利器をご存知ないらしい。 彼こそが、誰よりもYouTubeに魂を縛られ、スパチャ(集金)に依存し、再生数のために他人を攻撃する、最もおもんないYouTuberの一人である。 彼のWikipediaの見出しにも、ちゃんと「YouTuber」の文字がある。カッコ悪すぎる。彼は芸人ではなく、ただの「ギャンブルに狂ったYouTuber」である。
結論[編集]
粗品とは、芸人ではない。彼は「現象」である。 彼は、M-1とR-1という二つの神輿(みこし)に乗せられたまま、ギャンブルという泥沼に突っ込み、抜け出せなくなった男の末路である。 彼が吐く暴言は、新たな笑いの息吹ではない。それは、口座から金が無くなった時に漏れる、ただの断末魔の叫びである。
彼の生涯収支がプラスになる日は、永遠に来ない。なぜなら、彼はプラスになった瞬間、その全額を次のレースに突っ込むからである。我々は、この滑稽で哀れな「粗品サイクル」を、彼が自己破産する日まで、生温かく、スパチャは投げずに見守っていく義務があるのだ。