同人誌
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同人誌(どうじんし)とは、同人雑誌(どうじんざっし)の略であり、同好の士(同人)が資金を出し合って作成された雑誌のこと。
但し、「個人誌」など、この定義から外れるものも同人誌として認知されているため、むしろ執筆者が自ら発行元となる雑誌と捉えた方が、より実態に近い。また、対義語が「商業誌」であるため、営利を目的としない雑誌という印象が強いが、営利性の有無による分類ではない。
元々は文学などの著述の分野で始まったものであるが、現在では漫画・アニメなどの分野の市場が拡大し、特に分野を限定せずに同人誌といえば、こちらの方を指すことが多い。
また、同人誌と、非営利色の強い少部数の商業誌を含めて、「リトルマガジン」と呼ぶこともある。こちらは、同人誌に用いる場合は文学・評論系にほぼ限られる。ミニコミ誌も参照。
目次
同人誌の系統[編集]
文学系[編集]
文学系の同人誌は、とくに中核となる催事などは有さず、既存の商業文芸誌における批評や口コミによる情報交換が行われている状況にある。一部の文学賞は同人誌での発表を条件としたものもあり、執筆者にとって出版および投稿の価値は高い。日本文学で作家個人の経験が重要となる私小説が大きな位置を占めることから、地域的な繋がりの強い同人誌も多く見られる。漫画・アニメと比較してインターネット等を活用する割合は低いが、インターネットを利用し、地域を越えた交流の試み(小説投稿サイト)も徐々に始まっている。
- 散文
小説、特に近代の日本文学では、主に純文学において、同じ思想を持つ人が集まり同人誌を発行した。尾崎紅葉ら硯友社の人々によって作られた『我楽多文庫』は日本最初の文学同人誌である[1]。硯友社には山田美妙、川上眉山、巖谷小波、広津柳浪などの人々が集い、当時の文学界で大きな存在感を示していた。他には武者小路実篤・志賀直哉・有島武郎らによる『白樺』などが有名である。戦後まもなくのころには、労働組合につくられた文学サークルが、自分たちの雑誌を出すことが多かった。その名残は、旧官公労系統の組合に残っている。しかし純文学系の同人誌はその後衰退し、文壇への影響も微小なものになった。しかし、現在でも『文学界』『民主文学』の二つの文芸雑誌には、〈同人雑誌評〉〈サークル誌評〉のコーナーと、その中での優秀作を転載するシステムがある。
エンターテイメント系では、小松左京、筒井康隆、星新一など著名な執筆者が見られる日本最古のSF同人誌『宇宙塵』などが挙げられる。SFにおいては同人誌から育った作家も多く、その点では漫画同人誌との類似も見られる。
- 韻文
俳句・短歌、詩にも同人誌は見られる。俳句、短歌の作者の多くは「結社」と呼ばれる会に所属し、その機関誌に作品を発表するが、これらは「結社誌」と呼ばれ「同人誌」とは区別される。俳句、短歌において「同人誌」とは結社内または超結社の小グループにより発行される雑誌をいう。短歌同人誌には『幻想派』、『反措定』、『ジュルナール律』などがあった。代表的な短歌結社誌には『アララギ』(廃刊)、『心の花』、『玲瓏』、『短歌人』など、俳句結社誌には『ホトトギス』、『海程』などがある。韻文の場合、一作品の長さが非常に短いことから、長期にわたって書き溜めた作品について個人の作品集(歌集、句集、詩集)という形態で出版し、世に問うことが多い。
漫画・アニメ系[編集]
文学界に遅れて、漫画界においても漫画家志望者の同人によりサークルが形成され、同人誌が発行されるようになる。それまでも知り合い同士が原稿を見せあう事はあったが、同人が地域を越えたのは、1953年に石ノ森章太郎が月刊誌「漫画少年」の投稿仲間を集め「東日本漫画研究会」を作ったあたりからと見られる。その後、1967年に発刊された「COM」(1971年休刊)の読者交流ページによって、漫画同人の結成がいっそう進んだ。初期には資金力の問題から主に肉筆回覧誌で製作された。
- 学漫
こうした動きと並行して、1954年創部の明治大学漫研を始めとして大学の漫画研究会の創部が相次ぎ、それは高校にも波及する。これら学校系の漫研(以下学漫)は、相対的に豊富な資金力によってかなり初期からオフセット印刷による同人誌製作を行っていた。学校という場を共有しているだけの同人による学漫の同人誌は、近隣の飲食店や文具店の広告が入りがちで、内容はよく言えばバラエティに富んだ、悪く言えばバラバラな作品であることが多い(阿部川キネコの『辣韮の皮』1巻の巻末に収録された仮想の学漫同人誌にその特徴が捉えられている)。
- ファンサークル
これら創作系の同人とは別に、漫画ファンによるファンサークルや批評系サークルも作られ、1972年の『ガッチャマン』『海のトリトン』から活発化するアニメのファンサークルなども細々とではあるが同人誌を発行するようになる。
学術・評論系[編集]
独自に研究・取材した成果等を本にして発行している団体などもある。その一つが学校のサークル活動・部活動のひとつである鉄道研究部・研究会である。大学祭のときに無料で配布されるものから、一般書店の鉄道コーナーで販売されるものまである。部誌は白黒の単色刷りのものが多いが、一部にカラー刷りのものもある。内容は取材の成果(写真・データなど)や旅行記などがある。 近年では、評論系ジャンルが注目されはじめ、駅弁めぐり、地方土産、毒物飲料(地方限定発売のマズイ飲料を指す)、メカ・ミリタリー、などを中心に非常に広範囲に専門誌の内容を凌駕するような同人誌をも発行されるようになった。
発行形態[編集]
同人誌は、印刷方法によって主にコピー誌とオフセット誌に分類される。過去にはこれ以外の形態も見られた。近年ではパーソナルコンピュータの普及に伴い、CD-ROM、DVD-ROM、インターネットからのダウンロードなどで同人作品を頒布するという方式が増えているが、これらは同人「誌」という定義から外れてしまうために、パーソナルコンピュータで閲覧する同人作品のことを同人ソフトとしばしば呼ばれるようになった。
以下に、一般的な同人誌について1.で、漫画系同人誌について2.で触れることにする。
- コピー誌
- 乾式コピー機で原稿をコピーして作られた本(レーザープリンタによる印刷の場合もある)。製本は大抵ステープラで綴じるだけで、作成が容易である。
- 一般に装丁はオフセット誌に比べ大幅に劣る。但し、一部には手作業ならではの、手描きや型押しなどを駆使した凝った装丁もある。また,カラーコピー機(プリンタ)の普及によって,表紙や本文の一部もしくは全ページをフルカラーとすることも可能となっている。短期間で作成できるため、即売会の直前(開催日の数日前)までに作られることが多い。文字通り直前の前夜 - 当日朝に作られることも珍しくない。
- オフセット誌
- 印刷業者に依頼して作成された本。オフセット印刷の項を参照。
- 最初期のコミックマーケットでは、印刷費用を個人で賄うことが難しかったため、学漫(学校の漫画研究会)以外でこの形式が見られることは少なかった。また、オフセットによる印刷費用の高さが、個人誌ではなく、資金を持ち寄るサークルという形を必要としていた時期があった。表現が媒体によって束縛されることの一例と言える。
- 肉筆回覧誌
- コピーなど複製技術のコストが高くついた時代に、各人の原稿を編集担当者の元に送り、それを1冊にまとめたものを、順に(主に郵送で)回覧していくという手法。学校の文集で、原稿用紙をそのまま束ねたものを回覧している状態に相当する。担当者がおらず、自分の原稿を差し込んで送り、1周してきたらそれを抜いて、代わりの原稿を挿入する、ということが行なわれた。途中で原稿が散逸、損傷、または紛失することもあった。
- 漫画誌では石ノ森章太郎らの『墨汁一滴』が有名(複製本が販売されている)。印刷コストがかからないため、初期からカラー原稿が見られる。
- 青焼コピー誌
- 青焼(湿式コピー)によるコピー誌。かつて日本の学校・企業・団体が湿式コピー機を所有し、安価または無料で使用できることが多かった。そのため、乾式コピー機の使用料が高かった頃には良く使われていた。
- 乾式コピーでは難しい中間調を出すことができたため、薄墨や定着された鉛筆画による作品も楽しめるメリットもあり、また独特の青い印刷に魅力を感じる向きもあった。そのため乾式コピーが主流を占めるようになった後も、1980年代中盤まではMGM(まんがギャラリー&マーケット)などでは、幾つかの青焼コピー誌を見ることができた。ただし、光によって退色し、約1年程度でインクが飛んでしまうため、美しい青焼コピー誌はほとんど現存しないと思われる
- ガリ版誌
- ガリ版(謄写版)による手刷り同人誌。非常に低コストでそれなりの部数を刷ることができたため大いに使われた。というより、かつては小部数かつ安価な印刷方法ははガリ版がほぼ唯一の手段であった。日本における同人誌の原点と言える。『宇宙塵』もガリ版から始まっている。製版や印刷で手間がかかるため、他の印刷方式が普及して安価になると姿を消した。
- アニメ研究会などの文章系サークルによる同人誌で見ることができた。ガリ版に直接漫画を描いたものも見られた。但し、鉄筆で原版に直接書き入れるので、明らかに絵を表現する目的には不向きである。同じく孔版印刷であるリソグラフやプリントゴッコでは、一文字ずつガリを切るのではなく、原稿から焼きつけて一気に製版してしまうので、イラストにも適したものに変わっており、コピー誌の表紙印刷などに使われていることもある。
- 漫画同人誌においてガリ版の使用は難しいものであったが、1970年代後半には各地の学校に謄写原紙自動製版装置が普及し、これを利用したものが作成された。これは二つのドラムに原稿と専用の原紙(ファックス原紙と呼ばれた)をセットし、原稿の黒色部分に対応する原紙上の位置を放電で穿孔する仕組みで。紙に書いた絵がそのまま再現される点で画期的であったが、製版に時間がかかる上、印刷は相変わらずのガリ版印刷であり、画質もプリントゴッコ程度であったために、乾式コピーの低価格化と共に姿を消した。
- CD-ROM、DVD-ROM
- テキストデータであればもちろん、PDFやイラストを頒布するにも低コストで便利な手段として、採用が増えつつある。コピー誌感覚で作家自身がCD-R、DVD±Rを1枚ずつ焼くところから、印刷所を使ってCD-ROM、DVD-ROMとするところまで、枚数に応じて住み分けがされる。
- 主にカラーイラスト集に使われる。同人誌におけるカラーイラストの制作がほぼデジタルに移行したことと、カラーの印刷費の高さから、比較的低コストで頒布するメディアとして重宝される。また白黒原稿と変わらぬ手間で仕上げたカラーを、本よりも安く作って高く売ることが可能な錬金術の手段としても多用されている。もちろん、ゲームや資料集などにも使われているが、最近ではFlashを用いた動画も増えている。同人ソフトの項も参照。
- オンラインでのドキュメント配布に非常に適している。縦書きも使える点は、特に韻文同人誌には有難い。
- イラストをデジタルで制作している場合には極めて便利で、なによりも在庫を持つ必要がない。オンラインショップや@payなどを使ってダウンロード販売も可能。反面コピーが容易であるため、今後の普及には疑問もある。
入手方法[編集]
元来、同人誌は発行同人に連絡をとって入手するものであった。しかし、そのためには同人誌を入手する必要があり、卵が先か鶏が先か的な問題が存在していた。そのため、関連する商業誌に紹介ページが用意されることが多い。また『宇宙塵』のような中核的同人誌に掲載されることで、他の同人の存在が周知されることもある。また、同人になることでしか入手できない場合、または購読会員という形で同人に所属することを必要とする場合もある。CLAMPを筆頭とする女性系サークルのように通販を一歩進めて、ニュースペーパーを発行するなど購読会員としての囲い込みを行うところも少なくない。
市場の拡大が進んだ漫画・アニメ・ゲームの世界では、コミックマーケットを初めとする同人誌即売会での入手が一般的である。同人誌を専門に扱う書店(同人ショップ)などでも購入が可能であるが、多くは流通コストから高価格になりがちである。ネットでの販売も行われており、サークルの持つウェブサイトを利用した通販が多いが、デジタルで作成されたデータをPDF形式で頒布することもある。
一方、文学系同人誌は旧来の発行同人に連絡を取って入手するか、発行同人の事務所が存在する地域にある委託書店で購入する以外の方法は極めて少ない。また、出版形式はもちろん、連絡手段や宣伝などを含め、コンピュータの利用は漫画・アニメ同人誌と比べ利用が非常に低いことは大きな特徴である。「ぶんぶん!」「文学フリマ」など、文学系同人誌の即売会も少数ながら存在するが、普及はこれからというところである。
同人誌を取り巻く状況[編集]
同人誌市場の拡大と商業化[編集]
当初、同人誌を頒布する機会はほとんどなく、僅かにSF大会や、学漫であれば文化祭などで頒布する以外は、制作者近辺でしか流通しなかったが、1975年のコミックマーケット開催により状況が一変。当初、32サークル、参加者700人で始まった同人誌即売会は、制作者と読者が同一であった同人の世界から、明確な読者という存在を作り出した。さらに翌年、同即売会の運営母体であった迷宮発行の『萩尾望都に愛をこめて』に掲載された萩尾望都作品『ポーの一族』のパロディ『ポルの一族』によって、エロ要素を含むパロディが同人誌において重要な存在となっていく。 そしてパロディが主流となっていく中、廃れ行く創作系においても新たな展開を模索する動きがあり、京都を中心に活動した球面表着(きゅうめんひょうちゃく)のように漫画以外に特集コーナーなどの雑誌的要素を取り入れるものもあった。
その後、市場の拡大により同人誌印刷を行う印刷所も増え、それに伴う印刷コストの低減、DTPの普及、コピー、プリンター等の低価格化によって、形態は多様化していった。同時に内容も、創作漫画、漫画批評、アニメファンジンに止まらず、パロディやサブストーリー、エロティックな描写や小説など多様化した。1980年代前半にはロリコン、アニパロが、後半にはやおいがキーワードとなる同人誌が流行した。また、1990年代に入ると、グラフィックが十分な性能を備え出したことからかゲームに対しても、攻略、サブストーリー、エロパロなどの同人誌が増えていった。対象も広がり、鉄道やコンピュータ、モバイルなどあらゆる分野について、技術的な内容(特に裏情報)を深く掘り下げたもの、噂やパロディなど商業誌では取り上げられない内容を扱うものも出現している。
その一方、同人誌市場の商業化という問題がある。本来は経済的利益の追求とは無関係に趣味として作成と販売が行なわれていた同人誌だが、おたく人口の増大とマーケット拡大により、特に人気同人誌の売り上げ額は非常に大きくなった。一定数の売り上げが見込めるほど市場が拡大したことにより、プロやセミプロの作家が同人誌で小遣い稼ぎをするという光景も見られるようになった。その反面、同人誌は商業誌が商業利益追求のために切り捨てた部分を補う役目を果たすようになっている。商業誌で人気がないため連載が打ち切りになったり、出版社の倒産などで掲載誌そのものが廃刊となった場合に、作家が自己の作品の続きを同人誌で発表したり、単行本化されない作品を同人誌で発行するという形も見られる。原稿が散逸したり、出版権などの権利関係が複雑で商業ベースでの復刻が難しい作品を、同人誌で復刻したりすることが行なわれている。
税務署はそれまで同人誌の売上収入に対して所得税の課税を行なってこなかったが、イベントでの同人誌やグッズ販売により得た利益を申告せず、6000万円の追徴課税を受けた者が現れて以降、同人誌の売り上げに対しても課税処分を行う動きが活発化しつつある。これに対応して、プロが同人誌を出す場合、税理士に相談して所得が発生しないようにする場合がままある。同人誌で生活していると言える作家の場合、ページ数の少ない本を大量に発行することによって必要経費を多く算入する工夫をしている。また、こういった発行物を大量に仕入れ、ネットオークションや漫画専門の古書店に売りさばく「転売屋」と呼ばれる存在もある。
同人誌と青少年を取り巻く問題[編集]
特にコミックを主体とする同人誌での性表現に対し、青少年の健全な育成を主張する勢力から、環境犯罪誘因説や割れ窓理論などを理由に規制を求める声が毎年強まっており、後述の著作権よりも一層深刻な問題となっている。「性表現の問題」と「著作権の問題」は本質的に別の問題ではあるものの、二次創作では常にこの問題が付随する。
その一例として「青少年健全育成条例」や「児童ポルノ法」の改正案で導入を進めている「実在しない児童の絵に対する規制案」など、児童の保護を口実として同人誌を含むコミックの性表現を規制しようとする運動がある[2]。同人誌においては、性描写の全くない同人誌までも規制しようとする動き[3]まで見られるようになっており、特に地方では死活問題となっている。
また、市民団体が管理者(地方公共団体、企業など)に対し、公共施設(○○ホール、○○会館など)を同人誌即売会の会場として提供しないよう陳情する運動も行われており、現に東京都立産業貿易センターが同人誌即売会の会場(特に成人向け同人誌)として提供することを拒否し始めており、首都圏内において次第に活動が困難となりつつあり、地方においても(保守的な地域は特に)その影響を強く受けている。
これらの運動は、同人誌には文学系のものなど芸術性の高いものもあり、また必ずしも全てが卑猥かつ反社会的とは言いきれないにもかかわらず、「同人誌や同人ソフトは全て低俗で反社会的なもの」という、誤った認識や偏見に基づく不当な運動である場合もある。
その一方で、通常人が嫌悪するような性描写のある、いわゆる成人向けの同人誌などが数多く存在するのは否めない事実であり、それらが同人誌即売会において充分な年齢などの確認を行うことなく販売されていることについては、何らかのゾーニングが必要であるとの問題意識もある[4]。しかし、成人向けではないものを含む全ての同人誌即売会について、高校生も含めた児童の参加を一律に禁止すべきとする、モラル・パニックに近い批判の声も多く上がっており、仮に性描写のある同人誌の販売を一切禁止するなどの規制を敷いたとしても、そのような状態に陥っている層からの理解は得られないともみられており、同人に対する汚名の返上が困難を極めている。
特に2000年代の情勢を考慮して、2006年2007年からのコミックマーケットでは修正関連も含めて規則を強化し、また、2007年8月23日に起きたわいせつ図画頒布容疑での同人作家の逮捕劇や、同年10月下旬に起きた同人誌即売会に対しての会場(東京都立産業貿易センター)の貸し出し拒否[5]の波及などを受け、印刷業組合や各同人誌即売会の主催者などは、ガイドラインの制定や規則に沿った修正を確実にするよう促している。
日本(世界)最大の同人誌即売会であるコミックマーケットに固有の、安全性や地域住民の理解、会場確保に関する問題についてはコミックマーケットの項を参照されたい。
同人誌と著作権問題[編集]
同人誌市場における著作権慣習[編集]
現行の日本の著作権法では、フランス知的保有権法典第122条の5第4項のパロディ条項、アメリカ著作権法第107条のフェアユースのように、一定の文化活動としてのパロディを認める法理が存在せず、判例・通説もパロディを例外として認めていないため、原作者の許諾を得ることなく同人誌の不特定多数への販売することは、原則として著作権侵害となる。一方で、漫画というメディア自体がパロディを高度な表現手段として確立してきた経緯、商業作家が同人誌で自らの作品のパロディを作成する状況などがあり、一面的な法解釈についての疑問もある。
ディズニー、サンライズ、任天堂やコナミのように、二次創作物に対し法的手段を用いて積極的に規制する企業がある一方で、ファンクラブの延長線としてとらえ[6]、又は宣伝効果や相乗効果を期待して[7]、著作権元に実害が及ぶような作品でもない限りあえて黙認[8]している場合も少なくない[9]。許諾の意思がない場合との識別が困難ではあるものの、その意思に基づく限りにおいて、著作権者による黙認には事実上の許諾という側面もある[10]。
また、一部の企業にはガレージキット(キャラクターのフィギュアなど)などを中心に即売会会場で制作者に利用を許諾し、比較的少額の対価で販売権を与えるなどの発展的な試みをしている場合があり、有力パロディ元の一つであるアダルトゲームメーカーでは、一定のガイドラインをもうけた上で二次創作を認める場合もあるが、多くの企業は現時点ではこの問題に未着手である。
出版社やコンテンツ配給会社なども、同人誌即売会の有名作家をヘッドハンティングして質の高い作家を集めたり、新人賞などをとった作家の修行先としての役目を果たしている側面もあるため、黙認しているのが現状である。さらに講談社では、コミックマーケットの企業スペース内に少年マガジン編集部ブースを出展し、原稿持ち込みを受け付けるなど、むしろ積極的に認めるかのような行動を取っていたこともある。
個人においても、プロを志す者がその過程の一つとして二次創作物を制作する場合がある。すなわち、二次創作の元となる作品を供給している側も、かつては自分が二次創作によって創作技術を磨いてきたという事実がある。中には、プロとなってからも同人誌等で堂々と二次創作を行っている例も多い。また、高いレベルの二次創作家がプロにスカウト、またはスポット的な仕事をすることがある。こういったことにより「消費のみのファン - 二次創作家 - プロ作家」の区分が流動的になっている。その意味では、二次創作はプロ作家などの有力な供給源で[11][12][13]、作品の多様性と高品質を支えており、消費のみのファンにとっては製作側に親近感を抱きやすくし、製作側にとっても消費側との乖離を防ぎニーズを吸い上げやすくしていると言える。
他の先進国(特にアメリカ)と異なり、このように著作権侵害に当たるような行為を著作権者が「黙認」することによって、製作側・消費側ともに断続面のない厚い地層が形成されていることが、現在の日本における漫画・アニメ隆盛の原動力の一つとなっていると言え、既にほとんどの製作側にとっても不可分と言える。
一方で、著作権法で容認され、文章系では当たり前に行われている批評などのための引用も、著作権元の許可が必要という認識が強い。これは企業のみならず、同人も含めた作家についても同様である。小林よしのりと上杉聰らの間で争われた「『脱ゴー宣』裁判」では絵の引用が争点となったが、2002年(平成14年)4月26日、絵の引用は合法とする最高裁判決が出ている(ただし、レイアウトの改変は違法とされた。)。
この判決は、コミックマーケットがシンポジウムで取り上げるなど同人誌にもある程度の影響を及ぼした。しかし、前出のサンライズなど、現在でも判例を無視して一切の画像利用禁止を告知している企業もある。
著作権紛争の発生事例[編集]
そんな中、2005年12月30日に開催されたコミックマーケットで「AQUA STYLE」というサークルから頒布される予定だった「MALIGNANT VARIATION FINAL」という映像作品が、著作権元から警告を受けて販売中止になったとして、各所で波紋を呼んでいる。
警告が成されたのは全ての準備が整ったコミックマーケット開催前日で、約4万枚の全てが廃棄処分となった。1枚1890円で総売り上げが7000万円以上になる事から、さすがに無視できなくなったとされる。ただし、実際に警告を受けたのは「FINAL」ではなく、同じ「MALIGNANT VARIATION」(通称「マリグナ」)シリーズの「味を見ておこう」で、警告のタイミングが自主回収とイベント頒布中止の直前であったため混同されている。だが、どちらの作品も著作権侵害映像作品であり、作品の種類・名称を問わず問題であることは明らかである。
当の警告を発した著作権元は明らかにされていないが、警告後にイベント専売用に製作された映像作品「KITE'S BIZARRE ADVENTURE」が事実上「MALIGNANT VARIATION」シリーズの後継作であり、その作品に今まで出てきていた特定のキャラクターが出なくなった事から、そのキャラクターを扱う著作権元が警告主ではないかと、インターネット掲示板等で噂されている。
当時、同時期に同ジャンルのサークルが多数警告を受けており、ある程度は想像することができるが、警告を受けたサークル側が警告主を類推(特定)できる方法を取り、著作権的に問題のある映像を警告後も販売し続けている事実が物議を呼んでいる。
また、同年田嶋安恵が「田嶋・T・安恵」の名義で都市伝説を元にした「ドラえもんの最終回」を発表。2006年になってから、問い合わせがあるなど反響の大きさに慌てた出版元の小学館と著作権元の藤子プロ[14]が著作権侵害を通告し、田嶋に在庫の廃棄と不当に得た利益の返還を命じた(詳細は田嶋・T・安恵版 ドラえもんの最終回について参照)。
原作者が故人という特殊な状況下における事例であり、ただちに他へ波及するとは考えにくいが、同人誌における二次創作物への各出版社の今後の対応が注目されている。
非親告罪化への動き[編集]
著作権侵害の非親告罪化への動きも、同人誌関係者には不安要素となりつつある。
現在、著作権侵害の刑事罰は親告罪であり、著作権者からの告訴がない限り刑事責任は問われない(ただし、損害賠償などの民事責任は、刑事責任とは無関係に問われる。)。このことが、著作権者によるパロディ同人誌の黙認に刑事制度上の根拠を与えている。しかし、非親告罪化された場合、黙認は通用しなくなり、常に事前かつ明示の許諾を求められる可能性がある。
『朝日新聞』2007年5月26日号「著作権が「脅威」になる日 被害者の告訴なしに起訴、共謀罪でも」(丹治吉順)によると、日本は「模倣品・海賊版拡散防止条約」の制定を提案している。しかし、アメリカ合衆国から「海賊版摘発を容易にするため、非親告罪化を盛り込んで欲しい」という要望[15]があり、条約提唱国としては、国内の著作権法も条約に合わせて改正するのが望ましいとされた。そこで、文化庁文化審議会著作権分科会法制問題小委員会で3月から審議が始まった。
また、同記事によると、文化庁の審議とは別に、国会で審議が進んでいる共謀罪法案には、自民党の修正案3案のうち2案で、著作権法を共謀罪の対象としている。自民党案をとりまとめた早川忠孝衆議院議員は、「犯罪組織が海賊版を資金源にすることを防ぐのが目的」と述べている。
ここで注意しなければならないのは、海賊版とパロディ・オマージュの本質的な違いである。海賊版は創作性のない複製物[16]であり、何ら創意工夫をせずに利益を得る手段である。パロディ・オマージュは、二次的ではあっても創作物である。これらは現行の著作権法では一括りにされているが、本来は一括りにされるようなものではない。
編集者の竹熊健太郎は、非親告罪化によって、警察・司法が独自の判断で逮捕することが可能になれば、「商業的な出版・放送・上演・演奏のみならず、コミケの二次創作・パロディ同人誌などにも深刻なダメージが加わる可能性がある」と指摘。「俺を含めて多くの作家・マンガ家・同人誌作家・ブロガーは何か書く場合でも無意識のパクリがないかどうかおっかなびっくり書くことになり、ひいては表現の萎縮につながりつまらん作品ばかりになるかもしれないので俺は反対だ」[17]と主張した。
また、クリエイターの小寺信良は、行使する側が模倣と創作の違いが分からない場合、クリエイターの活動を萎縮させかねないとコメントした[18]。
脚注[編集]
- ↑ 明六雑誌(1873年)を日本最初の同人誌とする説もあるが、文学の分野においては『我楽多文庫』を最初と考えてよい。
- ↑ 「漫画・イラストも児童ポルノ規制対象に」約9割──内閣府調査 - ITmedia News:
- ↑ 性描写がない場合、著作権侵害を口実に適用し、規制しようとすることがある。但し、一次創作(オリジナル)となれば、著作権侵害さえも適用できなくなる。
- ↑ 同人誌全てが卑猥なものではないとする前提の元に、コミックとらのあなやメロンブックスのような大手同人ショップの店舗で販売する場合、成人向けと一般向けを明確に区別することにより、少しでも児童の目から隔離されるよう、多少の配慮がなされている。
- ↑ 都立産業貿易センター同人規制情報まとめ @ wiki
- ↑ ただし、同人ショップなどの商業流通に乗せられたものは「ファンクラブ活動」の範囲を逸脱しているとして摘発されるケースも多い。一方で、規制に積極的とされる企業であっても、コミケットなどの同人イベントでの摘発事例はなく、「子供の落書きにまで規制を入れる」ディズニーを別とすれば、摘発はこれらの商業流通のものに限られていた。しかし、ビデオやDVDなどの映像作品については摘発される可能性が高く(サークルと無関係の業者による無断複製の海賊版から連座的に摘発された事例もある。)、また大規模化(例えば、深夜アニメやアダルトゲームの場合、本編の売り上げを超える規模で二次創作物が頒布されることも多くなり、看過できる範囲を超えている。)したため、個別に警告が出されるケースもある。
- ↑ 積極的に規制が行われているような著作物については、いわゆるオタク層に見放されることが多く、オタク層向けのコンテンツでこれを行うと、グッズ展開や続編コンテンツ自体が不調に終わることも多い。
- ↑ 黙認とは、黙って認めることであり、認める意思がなく単に黙っているに過ぎない場合は本来、含まれない。しかし、これらを混同した議論も少なくない。
- ↑ 特に性表現を含めない限りにおいては、多くが黙認されている。
- ↑ ただし、「ときめきメモリアル」(コナミ)のように黙認と思われていた状態から突然、法的手段の行使に至る場合や、「しまじろう」(ベネッセ)のように、一旦許諾したものを突然取り消してファンクラブ活動が休止に追い込まれるケースもある。
- ↑ ただし、同人誌の経験がある、あるいは同人出身とされる作家の中には、自費出版の代わりの発表の場として同人誌を選んだだけで、二次創作とは全く関係のないオリジナル作品しか創作していない者や、単に同人誌の経験もあるというだけで、実際はアシスタントや持ち込みの経験から評価されてデビューの機会を与えられた者も多い(これらは、1980年代初頭までにデビューした作家に多い。)。また、現在に至る二次創作物が登場し始めた1980年代以降であっても、そもそも同人とは全く関係のない出自の作家も多数いる。
- ↑ 近年では逆に、元々同人誌とは無関係だったプロ作家が、不人気、出版元とのトラブル、あるいは老齢や健康上の理由による引退などから発表の場を同人誌に移すケースも増えており、二次創作とは無関係なオリジナル作品(中にはプロ時代に未完で終了した連載の続編や、過去作の外伝などを発表するケースもあるが、これは場合によっては二次創作物とみなされることもある。)を発表することが多い。
- ↑ 女性向けやコンピュータソフト制作(同人ソフト)を中心に、「プロ同人」と呼ばれる、同人活動のみで生計を立てる者もいる。これらは、商業誌などからプロデビューのオファーがあっても、スケジュールの自由度を奪われるなどの理由で辞退することが多い。原作品の著作権者や税務署など、当局からはアマチュアとはみなされておらず、これらのサークルが二次創作を行った場合や過剰な性表現の作品を発表した際に摘発に至るケースが多い。
- ↑ 小学館とは資本関係があるとされる。
- ↑ 2006年12月5日付日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書(「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書 2006年12月5日」)には、「知的財産権保護の強化」のための要求の一つに「起訴する際に必要な権利保有者の同意要件を廃止し、警察や検察側が主導して著作権侵害事件を捜査・起訴することが可能となるよう、より広範な権限を警察や検察に付与する。」がある。
また、この他に著作権保護期間の50年から70年(個人著作物の場合。法人は95年)への延長要求などがある。 - ↑ この場合、デッドコピーのことを指す。
- ↑ たけくまメモ:2007/05/21 【著作権】とんでもない法案が審議されている
- ↑ ITmedia +D LifeStyle:知財推進計画が目指す「コンテンツ亡国ニッポン」
関連項目[編集]
- 「同人」で始まる項目
- 関連用語
- 関連人物
- 黒田清子(中学、高校、大学時代、漫画同人誌を書いていた。)
- 佐々木貴賀(投げる同人作家という異名を持つプロ野球投手。るろうに剣心などの同人誌を書いた経験がある。)
- 山口貴士(コミックマーケットのスタッフとしても関わった弁護士)
外部リンク[編集]
- 文學界(文学系同人雑誌を論評する連載がある)
- 週刊読書人(同上)
- 文芸同人誌案内
- 同人誌生活文化総合研究所
- 日本同人誌印刷業組合ast:Dōjinshi
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