共政会
五代目共政会(きょうせいかい)は、広島市南区に本拠を置く日本の指定暴力団。構成員は、平成19年(2007年)12月17日で約330人[1]。
目次
略歴[編集]
初代共政会[編集]
昭和39年(1964年)5月、山村組・山村辰雄組長は広島のテキヤ・村上組の村上正明と提携し、右翼団体・共政会を結成した。初代会長には山村辰雄が、副会長には村上正明が、理事長には山村組若頭・服部武が、幹事長には山口(英)組・山口英弘組長が就任した。同年6月29日、共政会の披露興行が行われた。
昭和40年(1965年)3月11日、傷害事件で逮捕された山村組組員・品川稔は、服部武の指示で、山口組本部にダイナマイトを投げ込み、爆破させたことを自供した。警察は、服部武を横浜刑務所から、広島に移管し、取り調べた。服部武は、山村辰雄からの指示で、山村組幹部が共謀したことを認めた。山村辰雄は、藤堂真二に弁護を依頼した。藤堂真二は、依頼を引き受ける条件に、山村辰雄のヤクザからの引退と、身体障害者療養施設を経営する財団法人への出資を要求した。山村辰雄が要求を飲んだため、藤堂真二は山村辰雄の弁護を引き受けた。
二代目共政会[編集]
昭和40年(1965年)6月9日、山村辰雄は、広島県警でヤクザからの引退を宣言した。二代目共政会会長には服部武が、理事長には山田久が、顧問には村上正明が就任した。山口英弘は引退し、山口(英)組は、十一会と改称された。十一会会長には、竹野博士が就任した。
昭和42年(1967年)、波谷守之は、共政会樋上組・樋上実組長から、美能組(組長は美能幸三)・小原組との和解を依頼された。樋上実の提案は「美能幸三が山村辰雄への報復を止めるのならば、美能幸三を組長として、美能組・樋上組・小原組を統一する」というものだった。樋上実は、侠道会・森田幸吉会長と合田一家・浜田一郎総長に自分の提案を示し、合意を得た。波谷守之は、美能組幹部・薮内威佐夫とともに、札幌刑務所に行き、美能幸三を説得した。1回目、2回目の説得では、美能幸三が納得しなかった。波谷守之は、3回目の説得で、美能幸三を説得した。山田久が、共政会関係者を説得し、樋上実の提案に合意させた。
昭和44年(1969年)11月、共政会十一会組員と共政会村上組組員が喧嘩をした。これを切っ掛けに第三次広島抗争が勃発した。
昭和45年(1970年)、下関市の合田一家・合田幸一総長の提唱により反山口組同盟・関西二十日会が結成された。加盟組織は、合田一家、大阪市の松田組、神戸市の忠成会、姫路市の木下会、岡山市の浅野組、広島市の共政会、福岡市の工藤会など[2]。
三代目共政会[編集]
昭和45年(1970年)11月22日に広島の料亭で、山田久は、共政会三代目の襲名披露を行った。
昭和46年(1971年)11月、王子製紙の株主総会で、総会屋の嶋崎栄治と総会屋の小川 薫の両派が乱闘となった。その後、嶋崎栄治が松葉会・菊池徳勝を後見人に立て、小川 薫が二代目共政会・服部 武会長を後見人に立てて、手打ちを行った[3]。
昭和47年(1972年)5月、兵庫県有馬温泉で、山田久と森田幸吉の手打ちが行われた。仲人は、大日本平和会・平田勝市会長がなった。手打ち式の後、波谷守之と山田久と森田幸吉は、兄弟分になることを約束した。
昭和54年(1979年)4月16日、三代目山口組・田岡一雄組長は、田岡一雄の自宅で、山田久、森田幸吉、浅野組・浅野眞一組長、共政会・門広相談役と会った。この席で、山口組と、それぞれ関西二十日会に所属していた共政会、侠道会、浅野組との共存共栄路線が確認された。
昭和62年(1987年)11月、山田久が死亡した。共政会は、共政会理事長・沖本勲を中心とした主要幹部の合議制で運営された。
昭和63年(1988年)、西日本二十日会が結成された。関西二十日会とは違い、特に山口組を仮想敵とするわけではなかった。西日本二十日会の加盟団体は、唐津市の西部連合、下関市の合田一家、広島市の共政会、尾道市の侠道会、笠岡市の浅野組、松山市の松山連合会、岡山市の木下会、徳島市の勝浦会、高松市の親和会、大阪市の波谷組だった。
平成2年(1990年)1月4日午後4時15分、札幌事件が勃発した。同年5月14日、山口組若頭補佐・桑田兼吉と共政会・沖本勲理事長(後の四代目共政会会長)との兄弟盃が交わされた。
四代目共政会[編集]
平成2年(1990年)9月、沖本勲が四代目共政会会長に就任した。
平成4年(1992年)7月27日、広島県公安委員会は、共政会を指定暴力団に指定した。
平成8年(1996年)2月、四代目共政会、二代目侠道会、三代目浅野組、六代目合田一家、親和会は、親睦会「五社会」を結成した。
五代目共政会[編集]
歴代会長[編集]
- 初代(1964年5月~1965年6月):山村辰雄
- 二代目(1965年11月~1970年11月):服部 武
- 三代目(1970年11月~1987年11月):山田 久
- 四代目(1990年9月~2003年8月):沖本 勲
- 五代目(2004年4月~):守屋 輯
五代目共政会最高幹部[編集]
- 会長 - 守屋 輯(現在恐喝容疑で公判中)
- 執行部・会長代行 - 石井謙二(石井組組長) - 広島市南区
- 最高顧問 - 北山昭男(二代目中国高木会会長) - 広島市安佐南区
- 顧問 - 有木 博(有木組組長) - 広島市南区
- 常任相談役 - 野村 博(野村組組長) - 広島市南区
- 相談役 - 尾崎幸夫(尾崎組組長) - 広島市中区
- 副会長 - 藤田靖彦(藤田組組長) - 広島市中区
- 副会長 - 藤田燿士(藤田(燿)組組長) - 広島市中区
- 副会長 - 吉岡信彦(吉岡組組長) - 広島市中区
- 常任参与 - 谷本 実
- 常任参与 - 古川勝彦
- 常任参与 - 角山忠勝
- 執行部・理事長 - 宮藤正行(二代目沖本組組長) - 広島市中区
- 執行部・本部長 - 荒岡満州雄(荒岡組組長) - 呉市中央
- 執行部・幹事長 - 木多修孝(木多組組長) - 呉市本通
- 執行部・理事長代行 - 下手尚美(下手組組長) - 広島市中区
- 執行部・組織委員長 - 薮内賢治 - 呉市中央
- 執行部・渉外委員長 - 播真昌男(播真組組長) - 広島市中区
- 執行部・風紀委員長 - 大上博司(二代目片山組組長) - 広島市中区
- 執行部・懲罰委員長 - 沖田 孝(沖田組組長) - 広島市中区
- 執行部・慶弔委員長 - 三浦 勇(三浦組組長) - 広島市安佐南区
- 執行部・行動隊々長 - 島木昭博(島木組組長) - 広島市中区
- 執行部・事務局長 - 平野正敏(平野組組長) - 広島市中区
- 執行部・筆頭補佐 - 細石保美(六代目小原組組長) - 呉市広文化町
- 執行部・理事長補佐 - 酒井世見(酒井組組長) - 広島市中区
- 執行部・理事長補佐 - 新谷義行(二代目伊藤組組長) - 広島市南区
- 執行部・本部長補佐 - 堂河内良二(二代目高塚組組長) - 広島市南区
- 執行部・幹事長補佐 - 中尾亘(中尾組組長) - 広島市西区
- 執行部・幹事長補佐 - 平内司郎(平内組組長) - 呉市本通
- 執行部 - 増宮(三代目守屋組組長) - 広島市中区
- 会長室長 - 河村 勇
- 組織運営委員 - 吉岡正光
- 組織運営委員 - 前中鉄造
- 組織運営委員 - 管 祐志
- 組織運営委員 - 上田孝司
- 組織運営委員 - 岡崎辰志
- 参与 - 新井秋夫
- 参与 - 大西 徹
- 本家責任者 - 河合 淳
- 副事務局長 - 金子 誠
- 副事務局長 - 近藤洋市
- 会長付 - 吉田明則
- 会長付 - 前崎 修
- 会長付 - 松浦 忍
- 会長付 - 迫田一臣
- 事務局付 - 田中宏昌
- 本家付 - 大野宏明
- 直参 - 金川 稔(金川組組長)- 広島市中区
- 直参 - 藤之原貢(藤之原組組長) - 広島市南区
- 直参 - 川口博之(三代目美能組本部長、川口組組長)
- 直参 - 益繁 晃(三代目美能組若頭)
- 直参 - 鳥生佳之
- 直参 - 木村 栄
- 直参 - 山本達宣
- 直参 - 松澤雅明
- 直参 - 荒瀬 進
- 直参 - 木高武雄
- 直参 - 高山昭二郎
- 直参 - 前角博夢
- 直参 - 上田嘉居
- 直参 - 森藤純一
共政会関連の映画・オリジナルビデオ[編集]
- 深作欣二監督『仁義なき戦い 完結篇』(1974年、東映)
- 山下耕作監督『最後の博徒』(1985年、東映)
- 辻裕之監督『伝説のやくざ 最後の博徒 残侠の章』(2004年、東映ビデオ)
- 市川徹監督『実録・広島四代目 抗争完結編』(2004年、GPミュージアムソフト)
脚註[編集]
- ↑ 出典は、『松江八束建設業暴力追放対策協議会』のHPの「指定暴力団」
- ↑ 出典は、溝口敦『撃滅 山口組vs一和会』講談社<講談社+α文庫>、2000年、ISBN 4-06-256445-9のP.208
- ↑ 出典は、溝口敦『撃滅 山口組vs一和会』講談社<講談社+α文庫>、2000年、ISBN 4-06-256445-9のP.153。このとき、服部武は二代目共政会会長ではないが、出典のまま「服部武」と表記しています
- ↑ 出典は、『六代目山口組 完全データBOOK』メディアックス、2008年、ISBN 978-4-86201-328-6のP.137
参考文献[編集]
- 『松江八束建設業暴力追放対策協議会』のHPの「暴力団ミニ講座」の「36)四代目共政会」
- 溝口敦『荒らぶる獅子 山口組四代目竹中正久の生涯』徳間書店、1988年、ISBN 4-19-123603-2
- 正延哲夫『波谷守之の半生 最後の博徒』幻冬舎(幻冬舎アウトロー文庫)、1999年、ISBN 4-87728-733-7
- 飯干晃一『仁義なき戦い<決戦篇>』角川書店<角川文庫>、1980年、ISBN 4-04-146402-1
- 実話時代編集部『山口組若頭』洋泉社、2007年、ISBN 978-4-86248-108-5