リンカーン大統領とケネディ大統領の共通点
提供: Yourpedia
リンカーン大統領とケネディ大統領の共通点(リンカーンだいとうりょうとケネディだいとうりょうのきょうつうてん)とは、アメリカ合衆国の2人の大統領、エイブラハム・リンカーンとジョン・F・ケネディの経歴などに見られる数多くの共通点のことである。
アメリカでは、テコムサの呪い(Tecumseh's curse)、ケネディ家の呪い(Kennedy Curse)等と結びつけて語られる事の多い話題で 、オカルト系の書籍で題材として取り上げられることも多い 。
この話題が取り上げられるようになった背景には、ケネディ大統領暗殺事件を検証したウォーレン委員会報告書の最終的な結論が一般人には理解し難いもので、憶測も含めて様々な陰謀説が各方面で囁かれ始め、マルコムXやキング牧師、ロバート・ケネディなどの暗殺事件が続発した当時の社会不安がある 。これらの社会不安と歴代大統領の中でも人気の高い2人を結び付け、商業主義に利用した面も否定できない 。
何らかの因果関係を見出そうとする人々がいることも事実だが、都市伝説の類で単なる偶然の一致とする説が一般的である。
目次
共通点[編集]
共通点には以下のようなものがある。
家族[編集]
- 駐イギリス大使経験者
- リンカーンの息子のロバートは1889年から1893年まで駐英大使を務めた。
- ケネディの父ジョセフは1938年から1940年まで駐英大使を務めた。
- リンカーン、ケネディともに4人の子供がいた。
結婚と夫人[編集]
- リンカーン、ケネディともに30を過ぎてから結婚している。
- 夫人は24歳前後
- リンカーン夫人のメアリー・トッドは結婚当時23歳11ヶ月
- ケネディ夫人のジャクリーン・ケネディ・オナシスは結婚当時24歳1ヶ月
- 夫人はフランス語を話すことができた。
- メアリー・トッドは63歳、ジャクリーン・ケネディは64歳と結婚の40年後に死亡している。
家族の悲劇[編集]
- リンカーン、ケネディともに20代で亡くなった姉妹がいる。
- リンカーンの姉サラは20歳で亡くなっている。
- ケネディの妹カスリーンは28歳で亡くなっている。
- リンカーン、ケネディともに大統領在任中に息子を亡くしている。
- リンカーンの息子ウィリアムは1862年に12歳で亡くなっている。
- ケネディの息子パトリックは1963年に生後2日で亡くなっている。
- リンカーン、ケネディともに40歳まで生きた子供が1人しかいない。
経歴[編集]
- リンカーン、ケネディともに46年に初めての議会に選出された。
- リンカーン、ケネディともに60年に大統領に当選した(就任も共に61年)。
- リンカーン、ケネディともにジョンソンという副大統領がいた。彼らは08年生まれで、ともに南部出身だった。
- アンドリュー・ジョンソン - 1808年生まれ
- リンドン・ジョンソン - 1908年生まれ
- 秘書の名前
- リンカーンにはケネディという名の秘書がいた(公式の記録には残っていない)。
- ケネディにはリンカーンという名の秘書がいた。
- リンカーン、ケネディともに黒人差別問題に深く関わっていた。
- リンカーン、ケネディともに国が南北に分かれる戦争に関わっている。(リンカーンは南北戦争、ケネディはベトナム戦争)
- リンカーン、ケネディともに死後、同名の空母が作られている。
暗殺[編集]
- 暗殺された場所
- 暗殺日は祝日の前の金曜日
- リンカーン、ケネディともに頭を狙撃された。
- リンカーン、ケネディともに夫人が隣にいるときに狙撃された。
- 両方の事件の目撃者や関係者など事件に関わった多くの人々が不審な死を遂げたり、災いに巻き込まれている。
暗殺犯[編集]
- 2人の暗殺者の生まれ年は39年である。
- 暗殺時
- ブースはリンカーン暗殺時、劇場で殺し小屋で別の人物に射殺された。
- ケネディを殺したオズワルドは教科書倉庫から逃げダラス警察所でルビーに射殺された。
名前と文字数[編集]
- リンカーン、ケネディともに5種類の文字を使用した7文字の姓である。
- Lincoln
- Kennedy
- ジョンソン副大統領のファーストネームは6文字である。
- Andrew Johnson
- Lyndon Johnson
- 暗殺者はミドルネームも含めて知られており、文字数は全部で15文字である。
- John Wilkes Booth
- Lee Harvey Oswald
異論[編集]
上記の例の中には、間違いや誤誘導、こじつけなどがあるという批判もある。
例えば、以下のような部分が上げられる。
- リンカーンにケネディという秘書がいたという記録は存在しない(「ジョン」という秘書はいた)。
- ブースの誕生年は1838年だとも言われている。
- 「夫人が隣にいる時に狙撃された」とあるが、公式の場でファースト・レディが隣にいる事はなんら不思議ではない。
- そもそもオズワルドが犯人かどうかも疑問がある。
- 文字数の一致は都合のいい部分のみを切り取り、それを誇張して表現しているにすぎない。例えばケネディ、リンカーンは共通しているのは苗字のみであり、それ以外に共通しているものはない。また暗殺者の2人にはミドルネームを含めているにも関わらず、同じくミドルネームのあるLyndon Baines Johnsonは19文字となってAndrew Johnsonの13文字と変わってしまう。
- アメリカの大統領選挙は4年ごとに行われているため、100年後に大統領となっても不思議なことではない。
- 銃を使う暗殺者が相手を確実に殺すために頭を狙うのは当然である。
- 復活祭の2日前、感謝祭の前日は単なるこじつけでしかなく、また金曜日である必然性もないので確率は1/7(2人の殺された日が同じ曜日である確率)となり、さほど珍しいものでもない。
- 100年の差を生まれ年から見るとケネディとリンカーンが違い、議員になった年から見るとジョンソンの2人が違う。つまり100年の差に基準がない、たまたま100年違いだったところを誇張しているだけである。
- アメリカ海軍は就役空母に有名大統領や軍人の名をつけている(他にはジョージ・ワシントン、T・ルーズベルト、ハリー・トルーマン等の大統領の名をつけられた空母が7隻建造されており、ジョージ・H・W・ブッシュ(建造計画)もある)ので、両有名大統領の名を持った空母が就航していてもなんら不思議ではない。
その他[編集]
1992年にサイコップは、他の大統領間の関係を調べるコンテストを開催した。このコンテストの入賞者は、ケネディとメキシコのアルバロ・オブレゴン大統領の間に16ヶ所の共通点を見出した。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
このページはウィキペディア日本語版のコンテンツ・リンカーン大統領とケネディ大統領の共通点を利用して作成されています。変更履歴はこちらです。 |