ナルシシズム
ナルシシズム(英語 narcissism)、ナルシシスム(フランス語 narcissisme)(自己愛)とは、防衛機構の一種である。自己の容貌や肉体に異常なまでの愛着を感じ、自分自身を性的な対象とみなす状態をいう。ナルシシズムを呈する人をナルシシスト (narcissist) という。
ナルシズム (narcism)、ナルシスム (narcisme)、ナルシスト (narcist) と訛ることがあり、いくつかの言語ではこちらの形のほうが一般的である。
日本では「うぬぼれ」「耽美」といったニュアンスで使われることが多い。 思春期から青年に見られる。
目次
概要[編集]
一次性のナルシシズムは人格形成期の6ヶ月から6歳でしばしばみられ、発達の分離個体化期において避けられない痛みや恐怖から自己を守るための働きである。
二次性のナルシシズムは病的な状態であって、思春期から成年にみられる、自己への陶酔と執着が他者の排除に至る思考パターンである。二次性ナルシシズムの特徴として、社会的地位や目標の達成により自分の満足と周囲の注目を得ようとすること、自慢、他人の感情に鈍感で感情移入が少ないこと、日常生活における自分の役割について過剰に他人に依存すること、が挙げられる。二次性ナルシシズムは自己愛性人格障害の核となる。
ナルシシズムという語はフロイトの心理学において初めて使われた。語の由来はギリシア神話に登場するナルキッソス(Narcissus、フランス語ではナルシスNarcisse)である。ナルキッソスはギリシアの美しい青年で、エコーというニンフの求愛を拒んだ罰として、水たまりに映った自分の姿に恋するという呪いを受けた。彼はどうしても想いを遂げることができないので、やつれ果てた挙句スイセン(narcissus)の花になってしまった。
ナルシシズムの研究に貢献した心理学者には、メラニー・クライン、カレン・ホーナイ、ハイマン・スポトニッツ、ハインツ・コフート、オットー・F・カーンバーグ、セオドア・ミロン、エルザ・F・ロニングスタム、ジョン・ガンダーソン、ロバート・ヘア、スティーヴン・M・ジョンソンなどがいる。
発症機序[編集]
ナルシシズムが生じる原因は解明されていない。遺伝とも、育て方の問題とも、社会のアノミーが社会適応の過程を混乱させるためとも言われている。ナルシシズムについては研究が少ないばかりか、診断基準でさえも曖昧なので、どれかの説に落ち着くのは遠い未来のことだろう。
精神分析によると、誰でも子供のうちはナルシシズムをもっている。ほとんどの幼児は自分が世界の中心で、もっとも重要で、何でもできるし何でも知っていると感じる。一方、両親は神話の人物のように、不死で恐るべき力を持つが、子供を守り育てるためだけに存在するものとみなされる。このように、自他は観念的に位置づけられる。それを心理学のモデルでは原始的ナルシシズムと呼ぶ。
成長にしたがって、原始的ナルシシズムは現実に見合った認識に置き換えられてゆく。この過程が予測できないものだったり、過酷だったりすると、幼児の自尊心は深くつけられる。さらに重要なのは親(最初の他人)の助けである。親の助けが足りなくてナルシシズムを育ててしまった大人は、自尊心の働きで、自他を観念的にきわめて重く見ること(観念化)と、逆に軽く見ること(デバリュエーション)の間で揺れ動く。幼い頃に、自分にとって重要な人物に根本から幻滅し、落胆することがナルシシズムにつながると考えられている。健常な成人は自分の限界を受け入れ、失望や逆境や失敗に耐えられるため、彼らに起こる出来事が自尊心を侵すことはない。 また自分は人に良く褒められるという場合は大体嘘が多く、相手にして欲しい為という人も居る。そのためナルシシズムの場合嫌われる確率が高いが、自慢話は本人が満足したいだけなので気にしないほうが良い。
ナルシシズムの動態[編集]
原始的防衛機構[編集]
ナルシシズムは分離と関連した防衛機構である。ナルシシストは他の人、環境、政党、国家、民族といったものを、よい要素と悪い要素が混じったものとして見ることができず、観念化かデバリュエーションのどちらかに偏る。すなわち、対象を完全な善か完全な悪に振り分けてしまうのである。悪いアトリビュートは常に投影されるか、別のもので置き換えられるか、外的要因に帰せられる。よいアトリビュートは、膨張した(誇大に考えられた)自己認識を支持し、自信喪失や幻滅を遠ざけるものとして内面化される。
ナルシシストは自己愛備給、すなわち注目されることを求める。それによって傷つきやすい自尊心を制御するのである。
家族の機能障害[編集]
ナルシシストの多くは正常に機能していない家庭に産まれる。ナルシシストを生み出す家族の特徴は、家族に問題があることを内外に対して強く否定することである。このような家庭では虐待が珍しくない。子供は優秀になることを望まれるが、それはナルシシズムの目的に至る手段としてでしかない。両親は、貧困や未熟な感情、そしてナルシシズムといった素因をもち、そのために、子供の能力の限界と感情の要求を正しく認識し尊重することができない。その結果、子供の社会化は不完全になり、アイデンティティーに関わる問題が起こる。
分離と個体化[編集]
精神動態理論によると、両親、特に母が社会化を促す最初の要素になる。子供はもっとも重要な、人生のすべてに関わる疑問の答えを母に見出す。その疑問とは、自分はどれくらい愛されているのか、世界はどれくらい理解できるのか、といったことである。より後の段階では、精神的な結合に加えて身体的な結合を漠然と望む初期の性欲が、男の子なら母に向けられる。ここで母は概念化・内面化され、精神分析で「超自我」と呼ばれる良心の一部になる。
成長は母から離れることとエディプス・コンプレックスの解決、つまり性的関心を社会的に適切な対象へ向けなおすことを含む。これらは自立して世界を探求し、自我を強く意識するために重要である。どの段階が妨げられても、正常に分化することはできなくなり、自立した求心力のある自我は形成されず、他人への依存と幼稚症を呈する。ときには子離れしない母によってその障害が起こされることもある。
子供が親から離れ、それに続いて個体化をとげることは広く認められている。ダニエル・N・スターンは、著書“The Interpersonal World of the Infant” (1985年)で、子供は最初から自我をもち、自分と親を区別するといっている。
幼年期のトラウマと自己愛型の発達[編集]
幼年期の虐待とトラウマは、模倣戦略と、ナルシシズムを含む防衛機構を働かせる。模倣戦略のひとつは、内面に引きこもり、絶対に信頼できる源泉から、つまり自らの自我から満足を得ようとすることである。拒絶と虐待を恐れる子供は、他人に触れることを避け、愛と充足の妄想に逃げ込む。繰りかえし傷つけられることが自己愛性人格障害の誘引になる。
研究の流派[編集]
フロイトとユング[編集]
ジークムント・フロイトはナルシシズムについて初めて一貫した理論を唱えた。フロイトは主体指導型リビドーから客体指導型リビドーへの移行が両親の働きに媒介されると説明した。この移行がうまく進まないと、神経症が引き起こされる。だから、子供は両親から愛されず軽んじられると、ナルシシズムに退行する。
一次性ナルシシズムの発生は、子供が頼るべきものを探して、手元にある自我を選び、満足したと感じるという、適応的な現象である。しかし、後の段階から二次性ナルシシズムに退行することは適応的でない。それはリビドーを「正しい」対象に向けられなかったことの現れである。
ナルシシズムが遷延すると、自己愛性神経症が成立する。ナルシシストは自我を刺激して喜びを得ることに慣れ、現実よりも妄想を、現実的な評価よりも誇大な自己認識を、普通の性行為よりもマスターベーションと性的妄想を好むようになる。
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関連項目[編集]
参考文献[編集]
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- Golomb, Elan - Trapped in the Mirror : Adult Children of Narcissists in Their Struggle for Self - Quill, 1995 ISBN 0688140718
- Greenberg, Jay R. and Mitchell, Stephen A. - Object Relations in Psychoanalytic Theory - Cambridge, Mass., Harvard University Press, 1983 ISBN 0674629752
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- Rothstein, Arnold - The Narcissistic Pursuit of Reflection - 2nd revised ed. - New York, International Universities Press, 1984
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- Zweig, Paul - The Heresy of Self-Love: A Study of Subversive Individualism - New York, Basic Books, 1968 ISBN 0691013713
外部リンク[編集]
- A Primer on Narcissism
- Self-Esteem and Narcissism: Implications for Practice
- Self-Love and Narcissism
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