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2015年1月21日 (水) 13:53時点における版
松井雅博(まつい まさひろ、1979年6月14日-)は、兵庫県東播磨出身の日本の経営コンサルタント・政治家である。
岡山白陵中学校・高等学校、慶應義塾大学卒業。慶応義塾大学大学院理工学研究科、東京学芸大学大学院教育学研究科の二つの大学院を修了。修士号を二つ保有している。理系でありながら、在学中に国家公務員Ⅰ種法律職に独学で挑み、最終合格した。 また、松下政経塾サマースクール、小沢一郎政治塾、維新政治塾にて政治を学び、ハーバード大学ケネディスクールの短期プログラムを修了している。
生い立ち
父親の仕事の関係で一時的に滞在した北海道松前町で生まれる[1]。9歳まで日本各地を転々とした後、東播磨の地に落ち着く。岡山白陵中学校・高等学校に進学。慶応義塾大学の理工学部・同大学大学院理工学研究科で物性工学を専攻するも、研究者の道は選ばず、独学で法律・経済を学び、国家公務員Ⅰ種法律職に最終合格した。しかし、教育学を修めるため東京学芸大学大学院に進む。両大学院在学中は、様々な種類のアルバイトをこなし、授業料と生活費を捻出した[2]。
職歴
経営コンサルタントとして
アクセンチュア、アビームコンサルティング、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて働く。アクセンチュア時代はITコンサルタントとして働き、韓国での駐在も経験した。アビームコンサルティングで戦略コンサルタントに転身し、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社後はアメリカ、中国、シンガポール、チリと世界を飛び回りながら、クライアントの経営課題解決に取り組んだ。
政策担当秘書として
2012年の衆議院選挙後、維新の党衆議院議員事務所で政策担当秘書として国会事務所で勤務。厚生労働委員会、憲法審査会、総務委員会、環境委員会、倫選特と、幅広い委員会での質疑準備を担当した[3]。
政治家として
第47回衆議院議員総選挙(衆院選2014)の兵庫県第10区 / 近畿ブロックにて維新の党より立候補。51,316票を獲得するも、自民党現職の渡海紀三朗元文部科学大臣に敗れた。
人物
- 15歳の時に明石にて阪神淡路大震災を被災した経験から、11年の東日本大震災では、仕事で訪れていた南米のチリから緊急で帰国し宮城県の松島・石巻にて泥撤去作業に従事した[4]。
- 政治の面白さを伝えており、各種講演会での講師の他、FM Ulala、Radio365での政治に関するラジオパーソナリティ[5]、東洋経済オンライン[6]やダイヤモンド・オンライン[7]での記事執筆を行っている。
- 日本の教育に関心を持ち、理工系の大学院を修了後、東京学芸大学大学院に入学し、文部科学省への入省を目指す。しかし、国家公務員1種試験に法律職で合格しつつも、最後の面接試験に落ち、入省がかなわなかった。その後、コンサルティング業界に就職している[8][9][10]。
- 国連英検A級・空手黒帯(初段)を保有。
脚注
- ↑ 松井雅博Official Blog 【回想録】故郷
- ↑ 松井雅博Official Blog 【回想録】始動!
- ↑ 松井雅博Official Blog 【第1275話】あらためまして、松井雅博です!
- ↑ 松井雅博Official Blog 【第586話】がんばれ日本! ~被災地へ行ってきます!
- ↑ Radio365 松井雅博の未来志向のススメ!
- ↑ 東洋経済オンライン
- ↑ ダイヤモンドオンライン DOL特別レポート
- ↑ 外資就活ドットコム マッキンゼー元コンサルタントが語る、キャリア選択の正しい悩み方
- ↑ 松井雅博Official Blog 【回想録】テレビの中に・・・&日テレ
- ↑ 松井雅博Official Blog 【第1270話】霞が関ツアー!文部科学省へ