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'''イブラヒム・ヤーコブ'''('''イブラヒム・ビン・ハジ・ヤーコブ''', 英語：Ibrahim bin Haji Yaacob、[[1911年]]－[[1979年]])は、[[マレーシア]]の政治家。戦前の[[英領マラヤ|マラヤ]]で{{仮リンク|マレー青年同盟|label=マレー青年同盟（Kesatuan Melayu Muda; KMM）|en|Kesatuan Melayu Muda}}を率いて反英運動を展開。日本軍の占領時期には軍政に協力し、[[マライ義勇軍]]の隊長を務め、1945年7月に元KMMのメンバーと共に[[クリス運動|クリス(KRIS)運動]]を推進した。戦後[[インドネシア]]・[[ジャワ島]]へ逃れ、のち実業家に転身した。戦時中から、英国諜報部や[[マラヤ共産党|マラヤ共産党（MCP）]]とも通じていたとされる。<!--段落全体にかかる脚注。句点の後に置く。--><ref>この記事の主な出典は、{{Harvtxt|フォーラム|1998|p=672}}、{{Harvtxt|リー|1987|pp=170-171}}、{{Harvtxt|鶴見|1986|pp=292-293,317-318}}および{{Harvtxt|板垣|山田|内田|1981}}。</ref>

== 来歴 ==
=== 生い立ち ===
[[パハン州]]の農村の出身{{Sfn|鶴見|1986|p=292}}。1931年に[[ペラ州]]の{{仮リンク|スルタン・イドリス教育大学|label=スルタン・イドリス師範学校(SITC)|en|Sultan Idris Education University}}を卒業した{{Sfn|鶴見|1986|p=292}}。

=== 戦前 ===
1938年、SITCの同窓生や新聞記者ら約100人と、マレー社会の改革、[[イギリス]]支配からの独立を標榜する{{仮リンク|マレー青年同盟|label=マレー青年同盟（Kesatuan Melayu Muda; KMM）|en|Kesatuan Melayu Muda}}を結成{{Sfn|フォーラム|1998|p=672}}{{Sfn|鶴見|1986|p=292}}。マラヤ各地で遊説を行なった{{Sfn|鶴見|1986|p=292}}。

[[太平洋戦争]]の開戦直前の頃、マレー人のナショナリズムに注目した在シンガポール日本総領事館<ref>当時の総領事は[[鶴見憲]]（{{Harvnb|鶴見|1986|p=292}}）</ref>と接触し、資金提供を受けて新聞『{{仮リンク|ワルタ・マラヤ|ms|Warta Malaya}}』（のちの『[[マライ・ニュース]]』）を買収<ref>{{Harvtxt|鶴見|1986|p=292}}。鶴見憲は、資金提供は自身の記憶になく、担当していたのは総領事館員として活動していた陸軍少佐だろうと述べた、としている。また同書では、『ワルタ・マラヤ』はジャーナリストだったイブラヒムにとって自然な隠れ蓑になり、各地に支局を持つ情報機関になった、としている。</ref><ref>{{Harvtxt|フォーラム|1998|p=672}}。同書では、シンガポール日本総領事だった鶴見憲が、[[同盟通信|同盟]]記者[[飼手誉四]]を通じKMMに資金援助して『ワルタ・マラヤ』紙を買収させ、反英運動助長を図った、としている。</ref><ref>{{Harvtxt|篠崎|1981|p=174}}によると、鶴見憲は情報・宣伝工作を積極的に推進し、鶴見が総領事の時代に陸軍参謀・[[鹿子島隆]]少佐が総領事館に入り情報・宣伝工作を担当した。</ref>。

またイブラヒムは開戦直前期に英国諜報部とも接触し、[[トレンガヌ州]]の総務長官[[オマール]]と接触して[[蘭印|オランダ領]]だった[[リアウ州|リオ]]の独立工作に携わったとされる{{Sfn|鶴見|1986|pp=292-293}}。

=== 日本軍占領時期 ===
KMMのメンバーの多くは[[マレー作戦]]直前に英国植民地当局によって逮捕されたが、1942年2月の日本軍によるシンガポール陥落後に解放された{{Sfn|フォーラム|1998|p=672}}。

日本軍によるマラヤ占領後、日本軍はKMMの政治活動を禁止し{{Sfn|フォーラム|1998|pp=13,672}}、イブラヒムら元KMMの幹部は[[マライ軍政監部]]顧問室に勤務した{{Sfn|フォーラム|1998|pp=55,672}}。この頃、イブラヒムは[[マラヤ共産党]]（MCP）と秘かに接触していたとされている{{Sfn|フォーラム|1998|p=672}}<ref>{{Harvtxt|板垣|山田|内田|1981|p=165}}によると、イブラヒムの回想録の中に、[[MPAJA|共産軍]]の[[スルタン・ジュナイ]]と連絡を取っていたとの記載がある。</ref>。

1944年1月、日本軍は[[マライ義勇軍|義勇軍]]を組織し、イブラヒムを隊長に任命{{Sfn|フォーラム|1998|p=672}}{{Sfn|鶴見|1986|p=292}}。イブラヒムはKMMを改組して日本軍に協力した{{Sfn|鶴見|1986|p=292}}。

=== クリス運動 ===
1945年7月、マライ軍政監部調査部民族班で民族工作に携わっていた[[板垣與一]]からの要請を受けて、マレー系住民の政治的自立を目指す[[クリス運動|クリス(KRIS)運動]]の指導者となり、{{仮リンク|ムスタファ・ハッサン|ms|Mustapha Hussain}}、{{仮リンク|イシャク・ハジ・モハメド|en|Ishak Haji Muhammad}}ら戦前のKMMのメンバーとともにマラヤ各地にクリス協会支部を設立{{Sfn|フォーラム|1998|p=672}}<ref>{{Harvtxt|リー|1987|p=170}}では、1973年頃、イブラヒムから直接聞いた話として、1945年7月頃にマレー半島のマレー人を統一してインドネシアに引き入れるために組織を結成した、としている。</ref>{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|pp=154-158}}。

クリス協会は1945年8月17-18日に発足を予定し、同月13日にイブラヒムは板垣を介して[[タイピン (ペラ州)|タイピン]]飛行場でインドネシア独立運動の指導者である[[スカルノ]]、[[ハッタ]]および{{仮リンク|ラジマン|en|Rajiman Wediodiningrat}}と会い<ref>スカルノらは、[[サイゴン]]の[[寺内寿一|寺内]][[南方総軍]]司令官からインドネシア独立準備委員会の発足について承認を受け、帰国する途上だった（{{Harvnb|板垣|山田|内田|1981|pp=158-159}}）。{{Harvnb|鶴見|1986|p=317}}では、仏印[[ダラット|ダラト]]からの帰国途上、としている。</ref>、激励を受けた{{Sfn|フォーラム|1998|p=672}}{{Sfn|鶴見|1986|p=317}}{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|pp=158-159}}。

=== 終戦 ===
1945年8月15日、[[イポー]]からの移動中に板垣から日本の降伏を知らされ、同日夜、シンガポールへ移動{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|pp=159-160}}。板垣からはマラヤ域内で潜伏することを勧められていたが、数日後に[[ジャワ]]へ脱出した{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|pp=162-164}}<ref>{{Harvtxt|フォーラム|1998|p=672}}。英国による逮捕を恐れた（同）。</ref><ref>{{Harvtxt|鶴見|1986|p=292}}は、終戦直前にインドネシア・[[ジャカルタ]]へ逃亡した、としている。</ref>。

イブラヒムは板垣に対してシンガポールへ行く理由を「義勇軍を解散させるため」としていたが、義勇軍は、[[MPAJA|共産軍]]と合流するような形で[[クアラルンプール]]へ北進し、[[ジョホール]]近辺で解体されており、イブラヒムがMCPと義勇軍を共産軍に合流させる密約を結んでいた可能性も指摘されている{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|pp=164-165}}。またイブラヒム自身が直接義勇軍の解体を見届けたかは疑問視されている{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|p=164}}。

同月17日にスカルノらが発表した[[インドネシア独立宣言|独立宣言]]にはマラヤへの言及はなく、ジャワへ渡ったイブラヒムは、スカルノにこの点を質したが、スカルノはオランダと英国の両国と対立することの不利を説明したとされる<ref>{{Harvtxt|リー|1987|p=171}}。イブラヒムの著書からの引用として、インドネシア側は英国が復帰した時点でも態勢が整わず、オランダとの戦闘で頭がいっぱいだった、としている。</ref>{{Sfn|鶴見|1986|p=318}}。

=== 戦後 ===
戦後、インドネシアへ渡ったイブラヒムは、1947年に当地で面会した板垣によると「カミール」と変名していた{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|p=166}}。

{{Harvtxt|リー|1987|p=171}}によると、イブラヒムはインドネシアで[[闘争民主党#インドネシア国民党時代|インドネシア国民党]]（PNI）に入党して国会議員になった{{Sfn|リー|1987|pp=170,178}}。他方で、{{仮リンク|マラヤ国民党|ms|Parti Kebangsaan Melayu Malaya}}（MNP）翼下のマレー人組織・{{仮リンク|中央人民団結委員会|ms|Pusat Tenaga Rakyat}}（PUTERA）の活動にも参加し、シンガポールの[[リバティ・キャバレー]]にあったPUTERAと[[全マラヤ統一行動会議]]（AMCJA）の連絡事務局にしばしば現れていた{{Sfn|リー|1987|p=170}}。

その後、実業界に転身し{{Sfn|リー|1987|pp=170-171}}、事業に成功して経済的に豊かになった{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|p=167}}。他方で、経済的な成功も一因となって、ムスタファやイシャクら元KMMのメンバーとの個人的な信頼関係は損なわれていたとされる{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|p=167}}。

また{{Harvtxt|リー|1987|p=171}}によると、戦後もKRISは[[林天保]]を通じてMCPの[[ロイ・タク]]と接触しており、KRISとMCPはマレー独立後の民主政府の民族別人員構成を巡って軋轢を生じたとされる。

1957年に[[統一マレー国民組織]]（UMNO）の[[トゥンク・アブドゥル・ラーマン|ラーマン]]がMCPとの和平を模索した際には、イブラヒムはラーマンと書簡をやりとりし、共産党に合法的な政党として活動する余地を残すような形でなければ和平交渉はうまくいかない、と、MCP（総書記・[[陳平 (マレーシア)|陳平]]）寄りの見解を示していたとされる{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|pp=165-166}}。

=== 晩年 ===
1973年、講演で、日本との開戦直前に英軍とも接触していた（二重スパイだった）ことを告白{{Sfn|鶴見|1986|p=292}}。

1979年、[[ジャカルタ]]で死去した{{Sfn|鶴見|1986|p=292}}。

== 著書 ==
*『マラヤ・ムルデカ』(不詳）{{Sfn|リー|1987|p=171}}

== 評価 ==
* {{Harvtxt|鶴見|1986|pp=292-293}}は、戦前にイブラヒムが携わったリオ独立工作を「質の低い」計画と評価し、イブラヒムがかつての同志から受けていた「俊敏なオポチュニスト」という評価は当たっているようだ、と評している。
* KMMの指導者だったイシャクは、イブラヒムの回顧録に対して、自身の役割を過大評価していると批判を寄せた{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|pp=166-167}}。イブラヒムはインドネシアへ逃亡し、経済的に成功した後、ムスタファへの金銭的な支援を断わったことがあり、元KMMのイシャクやムスタファからは個人的によく思われていなかったとみられている{{Sfn|板垣|山田|内田|1981|pp=166-167}}。

== 脚注 ==
{{Reflist}}

== 参考文献 ==
* {{Cite book|和書|author = フォーラム |year = 1998|editor= 「日本の英領マラヤ・シンガポール占領期史料調査」フォーラム |title = 日本の英領マラヤ・シンガポール占領 : 1941～45年 : インタビュー記録|publisher = 龍溪書舎|series= 南方軍政関係史料|volume= 33|isbn= 4844794809 |ref= harv}}
* {{Cite book|和書|last = リー|year = 1987|first = クーンチョイ|authorlink = リー・クーンチョイ |translator= 花野敏彦|title = 南洋華人‐国を求めて|publisher = サイマル出版会|isbn= 4377307339 |ref= harv}}
* {{Cite book|和書|last = 鶴見 |year= 1986 |first= 良行 |authorlink= 鶴見良行 |title = マラッカ物語 |publisher = 時事通信社 |isbn= 4788781247 |ref= harv}}
* {{Cite book|和書|last1 = 板垣 |last2= 山田 |last3= 内田 |year= 1981 |first1= 与一 |first2= 勇 |first3= 直作 |authorlink1= 板垣与一 |authorlink2= 山田勇 (経済学者) |authorlink3= 内田直作 |editor = 東京大学教養学部国際関係論研究室 |title = インタヴュー記録 Ｄ．日本の軍政 |volume= 6 |publisher = 東京大学教養学部国際関係論研究室|chapter=板垣与一氏・山田勇氏・内田直作氏 インタヴュー記録|pages= 115-168 |ref= harv}}
* {{Cite book|和書|last = 篠崎 |year= 1981 |first= 護|authorlink= 篠崎護|editor = 東京大学教養学部国際関係論研究室|title = インタヴュー記録 Ｄ．日本の軍政 |volume= 6 |publisher = 東京大学教養学部国際関係論研究室|chapter=篠崎護氏インタヴュー記録|pages=169-213|ref= harv}}

<!-- == 外部リンク == -->
== 関連文献 ==
* {{Cite journal|和書|last= Cheah |year= 1979 |first= Boon Kheng |month = 10 |title= The Japanese Occupation of Malaya, 1941-45: Ibrahim Yaacob and the Struggle for Indonesia Raya |journal= Indonesia |volume= |issue= 28 |pages= 84-120 |publisher= Southeast Asia Program Publications at Cornell University |location= |issn= |doi= 10.2307/3350897 |naid= |pmid= |id= |url= http://www.jstor.org/stable/3350897 |format= |accessdate= 2016-09-15 |ref=harv}}
<!-- == 関連項目 == -->

{{Normdaten}}
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