相続
相続(そうぞく)とは、自然人の財産などの様々な権利・義務を他の自然人が包括的に承継すること。一般的には、自然人の死亡を原因とするものを相続と称することが多いが、死亡を原因としない生前相続の制度(日本国憲法が施行される前の日本における家督相続は、死亡を原因とする場合もしない場合も含む)や法人化による相続税逃れも存在する。
目次
総説[編集]
近代法の相続制度の趣旨[編集]
近代法の相続制度については、被相続人と生計をともにした遺族の生活を保障する趣旨であるとみる説や被相続人の遺した財産が無主物となってしまうことを防ぐ趣旨であるとみる説などがある。
相続における財産の承継形態[編集]
比較法上、相続原因が発生した場合(死亡など)に被相続人から相続人に財産が移転する形態としては、包括承継主義と清算主義の形態がある。
- 包括承継主義
- 清算主義
- この形態では、相続原因が発生した場合、相続財産は直ちに被相続人に承継されず、一旦死者の人格代表者(personal representative)に帰属させ管理させる。そして、この者が被相続人の利害関係人との間で財産関係の清算をし、その結果プラスの財産が残る場合はそれを相続人が承継する。英米で採用されている形態である。
- 包括承継主義と異なり、建前上は相続人が被相続人の債務を承継することはない。もっとも、相続財産が小額の場合は費用倒れになること、多額の場合でも清算手続を経ない方が経済的に望ましい場合もあるため、現実には清算手続を経ずに債務も含めてそのまま相続人が財産を承継する便法が採られることもある。
日本法における相続[編集]
日本の民法における相続に関する規定には遺言により民法の規定と異なる定めをすることができる任意規定が多く含まれる一方、遺留分規定のように遺言での排除を許さない強行規定も存在する。
- 日本の民法について以下では、条数のみ記載する。
相続の開始[編集]
相続は、死亡によって開始する(882条)。尚、死亡には、失踪宣告、認定死亡も含まれる。
相続人は、相続開始の時(被相続人の死亡の時)から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(896条)。
相続の「開始」という用語を用いるが、いわば相続の開始の瞬間に被相続人の財産上の権利義務は相続人に承継されるのであり、時間の経過とともに次第に権利義務が移転するという性格のものではない。したがって、「相続の開始」と対となる概念は存在しない。
相続人[編集]
総説[編集]
被相続人の財産上の地位を承継する者のことを相続人(そうぞくにん)という。またこれに対して相続される財産、権利、法律関係の旧主体を被相続人(ひそうぞくにん)という。相続開始前には、推定相続人といい、被相続人の死亡による相続開始によって確定する。相続人となる者は、被相続人の子・直系尊属・兄弟姉妹及び配偶者である。
相続人となり得る一般的資格を相続能力といい、法人は相続能力を持たないが、胎児は相続能力を持つ(886条)。
被保佐人が相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をするには、その保佐人の同意を得なければならない(13条)。
相続順位[編集]
直系及び傍系(兄弟姉妹)の相続権(889条)
- 被相続人の子
- 被相続人の直系尊属
- 被相続人の兄弟姉妹
被相続人の配偶者は、上記の者と同順位で常に相続人となる。同順位同士との相続となるのであって、遺言による指定がない限り他順位間とで相続することはない。
相続欠格[編集]
故意に被相続人や他の相続人を死亡に至らせたり、遺言書を破棄・捏造するなど第891条に規定される重大な不正行為(相続欠格事由)を行った者は、その被相続人の相続において当然に相続人としての資格を失なう。これを相続欠格という。遺言状ではなく遺産を隠匿しただけでは、相続の権利は失わない。
相続人の廃除[編集]
被相続人に対して虐待・侮辱あるいは著しい非行があった場合、被相続人は家庭裁判所に申し立てる事によって、その相続権を喪失させることができる(892条)。これを相続人の廃除という。相続人の廃除は遺言による申し立てによっても可能である(893条)。廃除された推定相続人は相続権を失う。
代襲相続[編集]
- 相続の開始以前に被相続人の子あるいは被相続人の兄弟姉妹が死亡、相続欠格・廃除によって相続権を失った場合、その者の子が代わって相続する(887条2項本文・889条2項)。これを代襲相続といい、代襲相続する者を代襲者、代襲相続される者を被代襲者という。代襲者は被相続人の直系卑属でなければならない(887条2項但書)。この代襲相続の問題点としては、養子縁組前に出生していた養子の子は被相続人の直系卑属ではない(民法727条は養子と養親およびその血族との間に血族関係が生じることを認めているが、養親と養子の血族との間に血族関係が生じることは認めてない。)から代襲相続することはできない(大判昭和7年5月11日民集11巻1062頁)とする判例が昭和戦前にあるものの、これは養子を嫡出子の実子と全く同等なものとして扱う法理とも親の親は祖父あるいは祖母であるという社会常識とも明らかに矛盾しており、にもかかわらず、今なお解消されていない。なお、相続放棄は代襲原因とはならず、相続放棄をした者の直系卑属(子・孫・曾孫…)には代襲相続は発生しない。
- 代襲者である相続人の子が死亡・相続欠格・相続廃除によって相続権を失った場合、孫が代わって相続する(887条3項)。これを再代襲相続といい、代襲者は直系卑属(子・孫・曾孫…)では延々と続くことになる。ただし、相続人が兄弟姉妹の場合には代襲者は甥姪までとなり、大甥大姪の再代襲相続は認められていない(889条参照)。
- 相続人が直系尊属の場合、代襲相続とはいわない。
相続の効果[編集]
相続の一般的効果[編集]
相続により相続人は原則として被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(896条本文)。しかし、以下の例外がある。
- 一身専属的権利
- 相続人の一身専属的権利は相続が発生しても承継されない(896条但書)。以下のようなものがある。
- 代理権(111条1項1号)
- 定期の給付を目的とする贈与(定期贈与、552条)
- 使用貸借における借主としての地位(599条)
- 委任における委任者あるいは受任者としての地位(653条)
- 民法上の組合の組合員としての地位(679条)
- 祭祀に関する権利
- 系譜・祭具・墳墓の所有権は原則として慣習により祖先の祭祀を主宰すべき者が承継するものとされるが、被相続人の指定があるときはその者が承継することになる(897条1項)。
共同相続[編集]
相続人が数人あるときは相続財産は共同相続人の共有に属することになる(898条)。この「共有」の意味については共有説と合有説の対立があるが、判例は249条以下の共有と異ならないものと解して共有説をとっている(最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁)。
相続分[編集]
相続人の相続財産に対する分け前の割合や数額のことで、普通はその割合をいう(900条)。
- 指定相続分
- 被相続人は遺言で共同相続人の相続分を定め、または、相続分を定めることを第三者に委託することができる(902条1項本文)。このような方法によって定まった相続分を指定相続分という。ただし、被相続人や第三者は相続分の指定について遺留分に関する規定に違反することができない(902条1項但書)。被相続人が共同相続人のうちの一人もしくは数人の相続分のみを定め、または第三者に定めさせたときは、他の共同相続人の相続分は法定相続分の規定によって定まることになる(902条2項)。
- 上記のように遺言により相続分の指定・指定委託をした場合でも、消極財産は指定相続分によらず法定相続分に応じて分割されるという説が有力である。これについて大審院決定昭和5年12月4日は、「…金銭債務のその他可分債務については各自負担し平等の割合において債務を負担するものにして…」と述べている。(したがって消極財産は遺産分割の対象とならないとされる下級審判例:福岡高決平成4・12・25判タ826・259)。
- 平成21年03月24日最高裁判所第三小法廷判決(平成19(受)1548)は、傍論ではあるが「もっとも,上記遺言による相続債務についての相続分の指定は,相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから,相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり,各相続人は,相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには,これに応じなければならず,指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが,相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し,各相続人に対し,指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。」と判示しており、大審院判例の見解を維持しているものと考えられる。この判例では、指定相続によって明示または黙示的に債務の帰属を定めた場合、債権者に対しては効力が及ばないが、相続人相互間ではその指定通りの効力を生じることを判示している。
- ただし、国税通則法または地方税法の適用・準用がある公租公課については、遺言による指定・指定委託があれば、指定相続分による承継が原則となる。(国税通則法5条2項、地方税法9条2項が民法902条を用いることを明記している)
- なお、公租公課については、承継する財産の価額が承継税額を超えるときは、その超過部分を限度に他の相続人と連帯して納付する義務を負う。(国税通則法5条3項、地方税法9条3項)
- 法定相続分
- 遺言による相続分の指定がない場合は法定相続分(900条)によることとなり、具体的には次の通りとなる。
順位 相続人 相続分(遺留分) 適用 法定 配偶者 他の親族 配偶者 他の親族 1 第1順位 有 子 1/2(1/4) 1/2(1/4) 2 第2順位 直系尊属 2/3(1/3) 1/3(1/6) 3 第3順位 兄弟姉妹 3/4(1/2) 1/4(無) 4 無 全部(1/2) - 5 第1順位 無 子 - 全部(1/2) 6 第2順位 直系尊属 - 全部(1/3) 7 第3順位 兄弟姉妹 - 全部(無)
- ※他の親族の該当者が複数存在する場合は相続分の中から均等分にする。
- ※非嫡出子の相続分は嫡出子の相続分の二分の一とする(900条4号但書)。
- ※最高裁判所は2013年9月4日に、婚外子(非嫡出子)の相続分が違憲であるとの判断を下した[1]。そのため、今後この規定は改定される可能性が高い。
- ※直系尊属の場合、生存する最近親のみの相続となる。
- 特別受益者の相続分
- 共同相続人中に被相続人から特別受益を受けた者については、相続における実質的公平を図るため、相当額の財産について持戻しを行う(903条)。
- 特別受益には次のようなものがある。
- 遺贈
- 婚姻のための贈与
- 養子縁組のための贈与
- 生計の資本として贈与
- 寄与分
共同相続人中に被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をした者については、相続における実質的公平を図るため、相当額の財産を取得させる寄与分の制度(904条の2)が設けられている。これは1980年の民法改正で設けられたものである。
- 相続分の取戻権
- 共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲渡したときは、他の共同相続人はその価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる(905条1項)。ただし、この取戻権は1ヶ月以内に行使する必要がある(905条2項)。
遺産分割[編集]
共同相続の場合において、相続分に応じて遺産を分割し、各相続人の単独財産にすること。
- 遺産の分割の協議又は審判等(907条)
- 遺言による分割の方法の指定(908条)
- 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
- 遺産の分割の効力(909条)
- 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。
- 相続の開始後に認知された者の価額の支払請求権(910条)
判例では、遺産分割により不動産の権利を取得した相続人は、登記を経なければ、分割後に権利を取得した第三者に対し、対抗することができない。
相続回復請求権[編集]
相続欠格者や本来相続人でないのに相続人を装っている者(表見相続人・僭称相続人・不真正相続人などという)が、遺産の管理・処分を行っている場合、相続人は遺産を取り戻すことができる。これを相続回復請求権という(884条)。相続回復請求権はこれを包括的に行使でき個々の財産を具体的に列挙して行使する必要はない(大連判大正8年3月28日民録25輯507頁)。相続回復請求権は相続人またはその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する(884条前段)。また、相続開始の時から20年を経過したときも消滅する(884条後段)。なお、清算主義でプラスの財産しか相続しない英米法では相続回復請求権は大いに尊重されており、日本の民法との相違は大きい。
そして、その相続回復請求権は共同相続人相互間の相続権の帰属の問題についても適用があるとされている。ただし、判例上は相続回復請求権における消滅時効の援用権者について、共同相続人が他の真正共同相続人の持分まで主張する場合は、他の真正共同相続人の持分を侵害している事実を知らずかつ自らが相続権があると信ずるに足りる合理的理由があることを要するとして(最大判昭和53年12月20日・民集32巻9号1674頁)その範囲を制限している。
相続の承認および放棄[編集]
相続は被相続人の権利義務を相続人が承継する効果をもつものであるが、実際に相続を承認して権利義務を承継するか、あるいは、相続を放棄して権利義務の承継を拒絶するかは各相続人の意思に委ねられている(ただし、相続人が921条に規定される事由を行ったときは後述の単純承認をしたものとみなされる)。
東日本大震災に伴う特例参照
- 相続の承認・放棄をすべき期間(熟慮期間)
- 相続の承認や放棄は自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内にしなければならない(915条1項本文)。ただし、この期間は利害関係人や検察官の請求により家庭裁判所が伸長することができる(915条1項但書)。「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続開始の原因となるべき事実を知り、かつ、それによって自分が相続人となったことを知った時をいう(大決大正15年8月3日民集5巻679頁)。相続人は相続の承認や放棄をするまで、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない(918条1項)。
- 相続の承認の内容
- 相続人が被相続人の権利義務の承継を受諾することを相続の承認といい、権利義務の承継を受諾する範囲により単純承認と限定承認に分けられる。
- 単純承認は相続により相続人が被相続人の権利義務を無限に承継するものである(920条以下)。なお、相続人が921条に規定される事由(法定単純承認事由)を行ったときは単純承認したものとみなされる。
- 限定承認は相続によって得た財産の限度で被相続人の債務および遺贈を弁済することとするものである(922条以下)。共同相続の場合には限定承認は共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる(923条)。
- 相続放棄の内容
- 相続を放棄した場合には、その相続に関して初めから相続人とならなかったものとみなされることになる(939条)。相続放棄は相続財産が債務超過である可能性が高い場合や、一部の相続人に相続財産を集中させたい場合などに行われる。相続を放棄する場合には被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述しなければならない(940条)。放棄したことにより、放棄者の子へといった代襲相続は生じない。(贈与税の回避防止のため)
- 相続の承認および放棄の撤回および取消し
- 相続人が相続の承認または放棄をしたときは、以後は915条の期間内であっても撤回できない(919条1項)。ただし、民法総則および親族編に定められる取消原因があれば919条3項に定められる一定期間に取消しをすることはできる(919条2項・3項)。この場合に限定承認または相続の放棄の取消しをしようとする者は家庭裁判所に申述しなければならない(919条4項)。
財産分離[編集]
相続財産と相続人の財産が混同しないように分離、管理、清算する手続のこと。財産分離には相続債権者または受遺者の請求による第一種財産分離(941条以下)と相続人の債権者の請求による第二種財産分離(950条)がある。財産分離は941条以下に規定されているものの、実際にはほとんど利用されていない。これは、相続財産・相続人に破産原因があれば破産申立てが可能であることによると思われる。
相続人の不存在[編集]
相続人の存在が明らかでない場合、相続財産は相続財産法人となり(951条)、以下の相続人不存在確定手続がとられることになる(なお、遺言者につき相続人は不存在であるが、その相続財産の全部について包括受遺者がいる場合には、その包括受遺者に相続財産が帰属することになるので相続人不存在確定手続はとられない(最判平成9年9月12日民集51巻8号3887頁参照))。
- 相続財産法人の成立(951条)・相続財産の管理人の選任とその公告(952条) - 第一の捜索期間
- 公告期間は2ヶ月(957条1項前段)で、この公告期間内に相続人のあることが明らかにならなかったときは次の捜索段階へ移る。
- 相続債権者及び受遺者に対する請求の申出をすべき旨の公告(957条1項) - 第二の捜索期間
- 公告期間は2ヶ月以上の期間で設定され(957条1項後段)、以後、債権者等との清算手続に入る。この公告期間内に相続人のあることが明らかにならなかったときは次の捜索段階へ移る。
- 相続人の捜索の公告(958条前段) - 第三の捜索期間
- 相続人の捜索の公告期間の満了、相続人不存在の確定、除斥(958条の2により相続人、また、相続財産管理人に知れなかった相続債権者・受遺者は権利行使不可)
- 特別縁故者(被相続人と生計を同じくしていた者や被相続人の療養看護に努めた者など)に対する相続財産の分与
- 特別縁故者の相続財産分与請求は相続人不存在確定後3ヶ月以内になされることが必要(958条の3)。
- 残余財産の国庫への帰属(959条)
共有#相続人不存在 も参照
諸外国における相続[編集]
相続税#世界の相続税 を参照
中華人民共和国[編集]
中華人民共和国での相続については中華人民共和国継承法で定められており、次のような特徴がある。
- 相続回復請求権の短期の時効期間が2年である(中華人民共和国継承法8条)。
- 配偶者の相続順位について、子や父母と同列の第一順位とされている(中華人民共和国継承法10条1項)。
- 嫡出子と非嫡出子の相続における地位が等しい(中華人民共和国継承法10条3項)。
- 配偶者の一方が亡くなった配偶者の父母に対して主たる扶養義務を尽くした場合には、第一順位の相続人となる(中華人民共和国継承法12条)。
なお、中華人民共和国での相続制度は扶養制度と密接に関連したものとなっており、扶養との関係により相続人の相続分が変更になる場合がある[2]。