都市伝説
都市伝説(としでんせつ、英:urban legend)とは、近代あるいは現代に広がったとみられる口承の一種である。
- 具体的な都市伝説の事例については、都市伝説一覧を参照
目次
概要
都市伝説の概念は、フランスの社会学者であるエドガール・モラン (Edgar Morin) が1969年に著書 La Rumeur d'Orléans(オルレアンの噂 - 女性誘拐のうわさとその神話作用) において最初に使った。フランス語では légende urbaine。
1979年の初頭には、アメリカの民俗学者であるジャン・ハロルド・ブルンヴァン (Jan Harold Brunvand) がアメリカ民俗学の学会誌の書評で使った[1]。 1980年代になると、ブルンヴァンがこの現象に対する著書を発表するようになり、対外的にもよく知られるようになった。
ブルンヴァンによると、都市伝説とは「民間説話」 (folk narratives) の下位分類である「伝説」 (legends) に属し[2]、「伝説」とは「口承の歴史」 (folk history) あるいは「擬似的な歴史」であるとされる[2]。 都市伝説は、民間における「普通の人々」によって語られ、信じられている[3]。
「都市-」 (urban) という形容詞は、「都市の、都会の」というような地域を示しているのではなく、「都市化した」という意味で使用されている。その意味では、伝統的文化に由来する伝説や、ある社会に古くから永く伝承されてきた伝説を指すものではなく、説話の舞台設定が地方であっても都市伝説と呼ばれる。
一部には口承の他に、テレビ、ラジオなどのマスメディアや、インターネットを通して広がることもあり、これは古くからの伝説にはない特徴である。インターネット掲示板・ブログ等に由来するものは、とくにネットロアと呼ばれることもある。ネットロアとは「インターネット」(internet) と「フォークロア」(folklore) から造語された語である。
名称
「都市伝説」という用語が提唱されるまでは、この現象を指し示すために様々な用語が使われていた。"urban belief tales"(都市で信じられる話)、"urban narratives"(都市の体験談)と呼ぶ者もあり[4]、必ずしも「都市」で広まるとは限らないこともあり、伝統的な民話に対して "modern legends"(近現代の伝説)ともいう。社会学者や民俗学者は同様の意味で "contemporary legends" と呼んでいる。
ブルンヴァンの『消えるヒッチハイカー』によれば、「都市伝説」の中の「伝説」とは、「話し手がそれを実際にあったできごととして語っている」ことを指すという[5]。また同書の訳者はこの「伝説」を「『世間話』という口承文芸の雑然としたオモチャ箱的ジャンル」とも表現している[6]。
都市伝説の有する特徴
ニュース性
古くからの伝説とは異なる都市伝説の特徴としてそのニュース性がある。
ブルンヴァンによれば、都市伝説は「より多くの意味を含んでいきながら、魅力的な形で私達に提示される『ニュース』なのだ。この様々な断片からなるアピールを持たなければ、その他の娯楽ひしめく現代社会において、伝説は耳をかたむけてもらえなくなるだろう。伝説は、テレビの夜のニュースのように、いきいきとして 「事実に即したもの」(factual) として生き残ってきた。また、それは毎日のニュース放送のように人々の死や怪我、誘拐や悲劇、そしてスキャンダルにかかわる傾向を持っている。」[7]としている。
それゆえ、都市伝説にはある種スキャンダラスな次のような話題が含まれることが多い。
都市伝説のこうした要素は、「『もしかしたら本当に起こったのかもしれない』、奇怪で、おっかない、危険を含んだ、やっかいなできごとについて知りたい、理解したいというわたしたちの欲求を満たすもの」[8]である。
しかし、都市伝説は必ずしもこうした 「アングラな」 スキャンダルのみを扱うものではなく、 ある種のナンセンスな面白さを含むジョーク的で興味本位なスキャンダルをも取り扱う。
真実味
都市伝説は真実味と不安とを加えるため、伝説中の登場人物や地名には話し手や聞き手に取って身近なものが選ばれる。そして伝説は、実際に、"friend of a friend"(FOAF, いわゆる「友達の友達」)などの身近な人に起こった真実として語られたり、「これは新聞に載っていた話」として紹介されたりする。
多くの都市伝説においては、話の面白さ・不気味さが主であり、伝説中の人物・企業・地名は、話し手や聞き手に身近なものへところころと変化する。
例えば 「ファストフード店のハンバーガーにはミミズ肉(あるいは巨大な鼠)が使われている」「ファストフード店のフライドチキンには3本足の鶏の肉が使われている」などという都市伝説では、あるときは「ファストフード店」として 「マクドナルド」 が選ばれるが、他のときには 「ロッテリア」や「ウェンディーズ」などの、他のファストフード店が選ばれる。ときにはより具体的に、「駅前のマクドナルド」、「交番そばのロッテリア」などのように個々のファストフード店が標的に選ばれるときすらある。上記の理由から、知名度が高い人・企業についての都市伝説が多く存在していても、当該人物・企業が起源であるとは断定できない(→ハンバーガーの肉を参照)。また、都市伝説のカテゴリーには陰謀論や疑似科学、あるいはゴシップ、デマゴギー等も含まれることがある。陰謀論の定義と都市伝説のそれは似た部分とそうでない部分がある。反証可能性を持たない陰謀論は都市伝説であるし、反証されたのに世間に流布し続けている陰謀論も都市伝説である。事実だった陰謀論は都市伝説ではない。
都市伝説は、常識的な感覚では突飛なものが多いので、合理的な説明が試みられて真実味が加えられる事がある。たとえば、「都市の下水道に巨大なワニが生息している」という都市伝説では、ワニの存在は、飼いきれずにトイレで流されたペットのワニが生き延びて増殖したものと説明されている。
都市伝説の起源
一見新しそうに見える都市伝説であっても、その起源が古くからの神話や民話にあったり、あるいは、より古い別の都市伝説の焼き直しだったりする事が多いことが、ブルンヴァンら研究者により指摘されている[9]。
都市伝説には起源や根拠がまったく不明なものも多いが、何かしらの根拠を有するものもある。特定の(大抵は何でもない)事実に尾ひれがついて、伝説化することが多い。たとえば「東京ディズニーランドの下には巨大地下室があり、そこで賭博等の行為が行われている」という都市伝説は、同施設が実際に巨大な貯水用地下室を持っていることが起源の一つになっている。要出典
都市伝説の伝播
都市伝説は、若者、都市生活者、高等教育を受けた人などの 「普通の人々」 によって語られる。
都市伝説の伝播に重要な要素として、それが真実として語られる、というものがある。ブルンヴァンによれば、「『これは本当のことだ』として語られるのは、伝説が形成される代表的な回路」 であり、「この事実は古くからの民話であろうと、都市伝説であろうと変わらない」。都市伝説は、「古くからの民話と同じように、大真面目に語られ、口から口へと広がっていく」。伝説とは、ブルンヴァンの言葉を借りれば、口承の歴史 (Folk History)、すなわち擬似的な歴史である[2]。
都市伝説はマスメディアによっても広められることがある。これは古くからの民話にはない重要な要素である。また、根拠のない噂を新聞やテレビの情報番組が「事実」として誤報してしまう事で、噂が都市伝説に発展することがある。
存在しない話を「実話」として新聞や雑誌が紹介してしまった例としては、『スキー』誌1983年12月号が「裸でスキー」の都市伝説を「『モントリオール・ガセット』誌に載った前代未聞のへま」として紹介したこと[10]などが挙げられる。
また、マスメディアが報道した内容によって、直接の損害が発生しなければ、当事者や関係者もすぐに訂正、謝罪をマスメディアに求めないので、「誤報」が広まったままとなる要因の一つと言える。
1970年代の日本の場合、出自が事実か創作かにかかわらず、ハガキ職人を含む聴取者の深夜放送への投稿がきっかけとなり、さらにそれを、自身や身内の話として盗用するものも含め、他の番組へ受け売り投稿する者が後を絶たなかったことから若者の間で話題となり始め、次第にスポーツ新聞やワイドショーなどが「人気取り」のために後追いで取り上げたことで世間に広まっていった経緯がある。
深夜放送など、仲間内のシャレが通用するコミュニティーを離れ、新聞やテレビが都市伝説を都市伝説として紹介した時、読者や視聴者の間に「事実」だという誤解が生じ始め、事実として周囲に伝達していくことで爆発的に流布することがある。マスメディアにより、虚構が事実として広まった著名な例として、オーソン・ウェルズによるラジオドラマ、『火星人襲来』がある。番組の冒頭で「これはドラマだ」と明言されていたにも関わらず、それを聞き逃した、あるいは聞き流していた者が多く、さも実況中継であるかのごとく多くの聴取者が信じ切る結果となった。
都市伝説は、報道等を契機としてそれを信じる者が増えると、信奉者からの伝播によりますます流布・定着するという傾向がある。話に興味をそそるような尾ひれが付くことや、流行情報に遅れまいとする群集心理、もとより一般大衆にゴシップの類を好む者が多いこともこれを加速させる原因となる。
また、真実よりも扇情性を重んずる一部メディアでは、「これは実話でない」という記述をあえて見付けにくい場所に載せて読者を煽るという手法を取る事があり、都市伝説の起源となる場合がある。
最近の傾向としては、2ちゃんねるなどの大型匿名掲示板が都市伝説の伝播媒介となっている現状がある。大型掲示板はそのシステム上、利用者の間で伝言ゲームのように情報が伝播する。そのため多くの場合情報は変質し歪められていく傾向がある。また他者と直接会話せず、頭の中のみで情報を摂取するインターネットの世界は、陰謀論や都市伝説との親和性が認められる。
都市伝説の派生
対抗神話
ある都市伝説が嘘であることを示すために流れる噂話や、この都市伝説はこれが元の話とさも事実のように流れる話を対抗神話という[11]。
具体例としては、「電子レンジに猫を入れて殺してしまったお婆さんが電子レンジの製造会社を訴えた」という話について、「あの話は法律学の先生がジョークで挙げた例が広まった」、「あの話は元々はPL法を説明する際の例え話」とするなど、誰も証明できないが、もっともらしい起源が示されることが挙げられる。また、企業・商品に対する悪意のある都市伝説の起源は、しばしば 「あの話はライバル会社が流した嘘」 とされる。
注
- ↑ Journal of American Folklore, 92, 362. 邦訳:『オルレアンのうわさ—女性誘拐のうわさとその神話作用』ISBN4-622-04907-4
- ↑ 2.0 2.1 2.2 『消えるヒッチハイカー』p24
- ↑ 『消えるヒッチハイカー』p14
- ↑ 『消えるヒッチハイカー』p14と同ページの注
- ↑ 『消えるヒッチハイカー』21頁。
- ↑ 『消えるヒッチハイカー』21頁の注釈。
- ↑ ブルヴァン『消えるヒッチハイカー』
- ↑ ブルンヴァン 『消えるヒッチハイカー』 p37
- ↑ ブルンヴァン要出典
- ↑ ブルンヴァン (1991年)要出典
- ↑ ブルンヴァン (1988年)要出典
参考文献
- ジャン・ハロルド・ブルンヴァン (1988年) 『消えるヒッチハイカー - 都市の想像力のアメリカ』 大月隆寛、重信幸彦、菅谷裕子 訳、新宿書房 ISBN 978-4-88008-116-8
- ジャン・ハロルド・ブルンヴァン (1997年a) 『消えるヒッチハイカー - 都市の想像力のアメリカ』〈ブルンヴァンの「都市伝説」コレクション」〉 大月隆寛、重信幸彦、菅谷裕子 訳、新宿書房 (前掲書の新装版) ISBN 978-4-88008-239-4
- ジャン・ハロルド・ブルンヴァン (1990年) 『チョーキング・ドーベルマン』 行方 均 訳、新宿書房 ISBN 978-4-88008-128-1
- ジャン・ハロルド・ブルンヴァン (1997年b) 『ドーベルマンに何があったの? - アメリカの「新しい」都市伝説』〈ブルンヴァンの「都市伝説」コレクション」〉 行方 均 訳、新宿書房 (前掲書の改題新装版) ISBN 978-4-88008-240-0
- ジャン・ハロルド・ブルンヴァン (1991年) 『メキシコから来たペット - アメリカの「都市伝説」コレクション』 行方 均、松本 昇 訳、新宿書房 ISBN 978-4-88008-147-2
- ジャン・ハロルド・ブルンヴァン (1992年) 『くそっ!なんてこった 「エイズの世界へようこそ」はアメリカから来た都市伝説』 行方 均 訳、新宿書房 ISBN 978-4-88008-169-4
- ジャン・ハロルド・ブルンヴァン (1997年c)『赤ちゃん列車が行く』 行方 均 訳、新宿書房 ISBN 978-4-88008-241-7
関連項目
- 陰謀論
- 噂
- 学校の怪談
- ミーム
- 民俗学
- 迷信
- 都市伝説をとりあげている番組関連
- 都市伝説をとりあげている書籍関連
- 『本当にこわ〜い都市伝説』(PHP研究所)ISBN 978-4-569-68794-0 - 子ども向けの都市伝説。
- スティーブン・セキルバーグ(関暁夫) - 都市伝説に関する本を出版した芸能界の都市伝説マニア。上記のハローバイバイのメンバーである。
- 『フシギ伝染』 - 都市伝説に関する児童向けの短編集。
- 『World 4u_』 - 都市伝説を扱った短編連作漫画。
- 『禍霊ドットコム』 - 都市伝説を扱ったホラー漫画。
- 『噂屋』 - 都市伝説を扱ったサスペンス漫画。
- 都市伝説をとりあげているゲーム関連
東方神秘録。
外部リンク
- 怪しい伝説 - 米ディスカバリーチャンネル。毎回3つの都市伝説を検証する。
- ウワサの検証ファイル - [1]特命リサーチ200Xによる都市伝説の検証。数は少ないが一部の都市伝説には詳しい。
- 現代伝説考 (1) - ニフティサーブで集められた都市伝説を民俗学的に分析している