善隣会館事件
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善隣会館事件(ぜんりんかいかんじけん)は、1967年2月28日から同年3月2日にかけて、東京都文京区の善隣学生会館で発生した流血事件。同会館内に事務所を構えていた日本共産党系の日中友好協会と、中華人民共和国を支持し、日中友好協会の事務所の撤収を要求する寮生(華僑学生)やその支援者が衝突した。[1]
背景には、前年来の国際政治路線をめぐる中国共産党と日本共産党との対立があった。1969年に日中友好協会が会館から退去して事態は収束したが、事件や両党の対立は、日中友好協会や関連団体が推進していた華人労務者の遺骨の収集・送還運動にも影響を及ぼした。[2]
付録
脚注
参考文献
- 曽(2014) 曽士才「日本残留中国人 - 札幌華僑社会を築いた人たち」法政大学国際文化学部『異文化』2014年4月、pp.67-99