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(山本忠生)
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2016年6月28日 (火) 22:34時点における版

山本忠生(やまもと ただお、1939年-)は京都府京都市出身の作曲家、うたごえ運動活動家。

経歴

1962年より、京都ひまわり合唱団指揮者1964年、日本のうたごえ合唱団訪ソ公演に参加。関鑑子井上頼豊に師事し、音楽活動を開始。うたごえ運動サークル合唱団の指導を中心に、指揮・アコーディオン伴奏・作編曲などの活動を行う。「笠木透と雑花塾」のメンバー。

1987年林光作詞・作曲「生命の木、空へ」[1]の初演を指揮。

現在、地元京都のほか、秋田、山形、仙台、名古屋、広島、福岡など各地の合唱団の指導に携わる。日本のうたごえ全国協議会の指揮者講習会講師。

エピソード

1964年、日本のうたごえ合唱団訪ソ公演に際して、団長関鑑子に贈呈された一瓶のシャンパンを、それとは知らず帰りの船の中で飲み干してしまい、あとで冷や汗をかいて、関団長に謝りに行った。山本自身、そのことを「楽しい思い出」として回想している[2]

脚注

  1. 国立国会図書館サーチ林光作詞・作曲「合唱、児童合唱、ピアノ(または管弦楽)のための"生命の木、空へ"」
  2. 関鑑子追想集編集委員会 編「大きな紅ばら: 関鑑子追想集」(音楽センター 1981年)262ページ