<?xml version="1.0"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xml:lang="ja">
		<id>http://35.80.154.190/mediawiki/index.php?action=history&amp;feed=atom&amp;title=%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%BF</id>
		<title>ミノルタ - 変更履歴</title>
		<link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://35.80.154.190/mediawiki/index.php?action=history&amp;feed=atom&amp;title=%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%BF"/>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://35.80.154.190/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%BF&amp;action=history"/>
		<updated>2026-04-08T15:47:50Z</updated>
		<subtitle>このウィキのこのページに関する変更履歴</subtitle>
		<generator>MediaWiki 1.25.1</generator>

	<entry>
		<id>http://35.80.154.190/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%BF&amp;diff=401301&amp;oldid=prev</id>
		<title>Medical body: ウィキペディア日本語版のミノルタの項目の2022年8月1日 05:04 (UTC)版</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://35.80.154.190/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%BF&amp;diff=401301&amp;oldid=prev"/>
				<updated>2022-09-03T06:01:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%BF&quot; class=&quot;extiw&quot; title=&quot;wiki:ミノルタ&quot;&gt;ウィキペディア日本語版のミノルタの項目&lt;/a&gt;の2022年8月1日 05:04 (UTC)版&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;{{基礎情報 会社&lt;br /&gt;
| 社名 = ミノルタ株式会社&lt;br /&gt;
| 英文社名 = Minolta Co.,Ltd.&lt;br /&gt;
| ロゴ = &lt;br /&gt;
| 画像 = &lt;br /&gt;
| 画像説明 = &lt;br /&gt;
| 種類 = [[株式会社]]&lt;br /&gt;
| 機関設計 = &lt;br /&gt;
| 市場情報 = &lt;br /&gt;
| 略称 = &lt;br /&gt;
| 国籍 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
| 本社郵便番号 = 541-0052&lt;br /&gt;
| 本社所在地 = [[大阪府]][[大阪市]][[中央区 (大阪市)|中央区]]安土町2丁目3番13号&lt;br /&gt;
| 本社緯度度 = &lt;br /&gt;
| 本社緯度分 = &lt;br /&gt;
| 本社緯度秒 = &lt;br /&gt;
| 本社N(北緯)及びS(南緯) = &lt;br /&gt;
| 本社経度度 = &lt;br /&gt;
| 本社経度分 = &lt;br /&gt;
| 本社経度秒 = &lt;br /&gt;
| 本社E(東経)及びW(西経) = &lt;br /&gt;
| 座標右上表示 = Yes&lt;br /&gt;
| 本社地図国コード = &lt;br /&gt;
| 本店郵便番号 = &lt;br /&gt;
| 本店所在地 = &lt;br /&gt;
| 本店緯度度 = &lt;br /&gt;
| 本店緯度分 = &lt;br /&gt;
| 本店緯度秒 = &lt;br /&gt;
| 本店N(北緯)及びS(南緯) = &lt;br /&gt;
| 本店経度度 = &lt;br /&gt;
| 本店経度分 = &lt;br /&gt;
| 本店経度秒 = &lt;br /&gt;
| 本店E(東経)及びW(西経) = &lt;br /&gt;
| 本店地図国コード = &lt;br /&gt;
| 設立 = [[1937年]]（[[昭和]]12年）&amp;lt;br /&amp;gt;（千代田光学精工株式会社）&amp;lt;br /&amp;gt;創業は[[1928年]]&lt;br /&gt;
| 業種 = 電気機器&lt;br /&gt;
| 法人番号 = &lt;br /&gt;
| 統一金融機関コード = &lt;br /&gt;
| SWIFTコード = &lt;br /&gt;
| 事業内容 = &lt;br /&gt;
| 代表者 = &lt;br /&gt;
| 資本金 = &lt;br /&gt;
| 発行済株式総数 = &lt;br /&gt;
| 売上高 = &lt;br /&gt;
| 営業利益 = &lt;br /&gt;
| 経常利益 = &lt;br /&gt;
| 純利益 = &lt;br /&gt;
| 純資産 = &lt;br /&gt;
| 総資産 = &lt;br /&gt;
| 従業員数 = 4,860名&lt;br /&gt;
| 支店舗数 = &lt;br /&gt;
| 決算期 = &lt;br /&gt;
| 会計監査人 = &lt;br /&gt;
| 所有者 = &lt;br /&gt;
| 主要株主 = &lt;br /&gt;
| 主要部門 = &lt;br /&gt;
| 主要子会社 = &lt;br /&gt;
| 関係する人物 = &lt;br /&gt;
| 外部リンク = [https://web.archive.org/web/20000609051005/http://www.minolta.co.jp/japan/index.html アーカイブ]&lt;br /&gt;
| 特記事項 = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''ミノルタ株式会社'''（{{Lang-en-short|Minolta Co.,Ltd.}}）は、かつて[[日本]]に存在した[[カメラ]]・[[複写機]]を主力とする大手光学機器メーカー。本社は[[大阪市]][[中央区 (大阪市)|中央区]]安土町に存在していた。日本の光学機器メーカーとしては[[コニカ]]に次いで2番目に古い歴史を誇る。2003年にコニカと[[合併 (企業)|合併]]し[[コニカミノルタ]]となったが、同社は[[2006年]]3月をもってカメラ、フィルム関連事業より撤退している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
=== 日独写真機商店時代 ===&lt;br /&gt;
創業者の[[田嶋一雄]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot;&amp;gt;『クラシックカメラ専科No.12、ミノルタカメラのすべて』p.6。&amp;lt;/ref&amp;gt;は日本に職を求めて来たドイツ人'''ビリー・ノイマン'''、日本で写真機械の輸入をしていたドイツ人'''ウィリー・ハイレマン'''と協力してカメラの国産化を企て、[[1928年]]11月&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;に個人企業の'''日独写真機商店'''を設立した&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;。社名はこの協力関係を表すとともに、[[舶来品|舶来]]礼賛の当時、ドイツの技術を誇示する意図もあったと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
兵庫県武庫郡（現西宮市）に工場を建設し、30人ほどの従業員を集めて事業を始めた&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;。当時の近畿地方には精密工業の基盤が全くなかったため、ネジ1本の生産、メッキに至るまで下請けには出せず、自社で行わねばならなかった&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1929年3月に第一号機'''ニフカレッテ'''を完成し、これは[[エ・クラウス]]の'''ローレッテ'''のコピー、レンズとシャッターはドイツからの輸入品であり、また工員も不慣れで当初月産50台という状態ではあったが、ボディーはなかなかの出来であった。以後ブランドは社名のニ、フォトグラフのフ、カメラのカから'''ニフカ'''を使用した&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;。1930年にはハンドカメラの'''ニフカクラップ'''、'''ニフカスポーツ'''、'''ニフカドックス'''などを発売し、製造も軌道に乗った&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1930年10月に武庫川工場でストライキがあり、田嶋一雄は穏健策を提案したが、工場責任者であった'''ウィリー・ハイレマン'''はストライキ参加者全員の解雇という強硬策を押し切り、2人の関係が微妙になっていく&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== モルタ合資会社時代 ===&lt;br /&gt;
[[1931年]]7月&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;、資本金30万円で「モルタ合資会社」（''Mechanismus, Optik und Linsen von TAshima'' &amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;）に組織変更した&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;。この時点ではまだドイツ人2人は在籍していたのにも関わらず会社名から「ドイツ」に相当する文字はなくなり、無限責任社員は田嶋一雄のみで有限責任社員にも名前がなかった&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;。'''ウィリー・ハイレマン'''は1931年11月に退社し武庫川上流にシャッター工場を開設し、1932年に'''ビリー・ノイマン'''も退社して合流、'''ノイマン・ハイレマン工場'''となり、田嶋に対抗意識を燃やしていくことになった&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;。ニフカレッテはシリウスベベ、ニフカクラップはシリウス、ニフカスポーツはアルカデアに改名しニフカブランドも廃止された&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-6&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ミノルタブランドの使用開始 ===&lt;br /&gt;
1933年にミノルタ、セミミノルタが発売され、この時ミノルタブランドが初めて使われた&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-7&amp;quot;&amp;gt;『クラシックカメラ専科No.12、ミノルタカメラのすべて』p.7。&amp;lt;/ref&amp;gt;。ミノルタは「Machinery and INstruments OpticaL by TAshima」という英語の文字からとった&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-7&amp;quot; /&amp;gt;もので、創業者の田嶋一雄によって名づけられた。この名称は『稔る田（みのるた）』の意味も含んでおり、創業者の生母が『稔るほど頭を垂れる稲穂のように、常に謙虚でありなさい』と言っていたことを肝に銘じておきたかったからとも言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 千代田光学精工時代 ===&lt;br /&gt;
[[1937年]]「千代田光学精工株式会社」に組織変更した&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-7&amp;quot; /&amp;gt;。不思議なことに由来について何も伝わっていないが、当時の時局柄欧米的造語を避け国粋的な名称を選んだと考えられている&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-7&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[浅沼商会]]はモルタ合資会社時代には数ある取引先の一つに過ぎなかったが、1937年12月10日浅沼商会との提携披露宴が開かれ、1938年1月19日に浅沼商会は写真材料店120名を招待しミノルタ製品を披露した。以後ミノルタ製品は浅沼商会の名前で販売されることになり、当時は問屋の力が強かったため場合によっては浅沼商会の広告に「弊社工場に於て謹製」などと書かれる場合もあり、戦前からのカメラファンの中には浅沼商会がミノルタ製品を作っていると誤解していた人も多かった&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-7&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 軍需工場時代と戦後の再スタート ===&lt;br /&gt;
1937年7月7日[[盧溝橋事件]]に始まる[[日中戦争]]の拡大を受け、1937年9月に[[臨時資金調整法]]、[[輸出入品等臨時措置法]]、[[軍需工業総動員法]]が公布され、軍需産業以外の産業は極めて困難になった。さらに1938年4月に[[国家総動員法]]が公布され、この傾向はさらに強まった。1938年ミノルタにも大阪の[[陸軍造兵廠]]から砲弾信管を受注し、海軍からは双眼鏡の注文が入るようになり、企業の生き残りのため積極的に軍の注文を受けるようになった。このため、陸軍[[予備役]]であった田嶋一雄に[[召集令状]]が来て入隊したが、しばらくして「仕事の方でご奉公せよ」と除隊になったという&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-7&amp;quot; /&amp;gt;。カメラ生産も順次縮小されつつも続けられた&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-7&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二次世界大戦の敗戦で軍需工場の指定は解除され、その後占領軍による民需生産転換も許可されたが、武庫川工場、尼崎工場、小松工場は空襲や火災で全焼被害を受けており、残っていたのは堺工場、大阪市東区に逆疎開した本社工場、伊丹工場だけであった&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-7&amp;quot; /&amp;gt;。これに加え敗戦で閉鎖されていた[[豊川海軍工廠]]光学部を買い取り、豊川工場として再出発した&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-7&amp;quot; /&amp;gt;。部品の残りや焼け残った金型などを使用し1946年には戦後第一号機となる'''セミミノルタIIIA'''を発売できた&amp;lt;ref name=&amp;quot;clacamesenka12-7&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ミノルタカメラ時代 ===&lt;br /&gt;
[[1962年]]にカメラのブランド名であった「ミノルタ」を社名に冠し「ミノルタカメラ株式会社」に商号変更。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ミノルタ時代 ===&lt;br /&gt;
[[1994年]]に「ミノルタ株式会社」と改称した後は[[2003年]]8月に「[[コニカ]]株式会社」と経営統合するまで同社名が使われてきた。また、ミノルタの最後期に使用されたCIロゴマークは、[[ソール・バス]]によりデザインされたもので、現在のコニカミノルタでも引き続き使用されている。詳細は[[コニカミノルタ]]の冒頭の説明も参照されたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主力製品 ==&lt;br /&gt;
一眼レフオートフォーカスカメラのα（アルファ）シリーズ、[[デジタルカメラ]]のDiMAGE（ディマージュ）シリーズ、業務用複写機。&lt;br /&gt;
なお、歴史が長く一般消費財でもあるカメラで知られているが、事業規模としては1980年代に複写機を中心とする事務機器が主力となっている。その後のコニカミノルタ統合後も同様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ミノルタ製カメラの歴史 ==&lt;br /&gt;
[[1929年]]発売の[[ベストフィルム|ベスト判]]カメラ「ニフカレッテ」に始まる。その後二眼レフカメラを得意としていたが、1947年発売の「ミノルタ35」を皮切りに次第に35ミリカメラに開発の比重を移していくこととなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1962年]]、[[アメリカ航空宇宙局|NASA]]の厳しい試験をクリアした35mmレンズシャッターカメラ「ハイマチック」が[[ジョン・ハーシェル・グレン]]中佐が乗り込む[[マーキュリー計画|フレンドシップ7号]]の宇宙飛行用カメラとして採用され、フレンドシップ7号にちなんで製品名称に7を多用するようになる。ミノルタのカメラが普及した背景には技術力もさることながらミノルタのCM戦略も大きかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1980年]]、当時大学生の[[宮崎美子]]を起用した「X-7」のCMが大ヒット、X-7は瞬く間に当時のベストセラーモデルとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1985年]]発売、世界初のシステム一眼レフカメラ「α-7000」に始まる[[オートフォーカス]][[一眼レフカメラ]]の[[α (カメラ)|αシリーズ]]は、[[マニュアルフォーカス]]との互換性をなくし絞りもボディー側から電子制御する等、電子化された新マウントミノルタAマウントを採用し、第1回ヨーロピアン・カメラ・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど日本のみならず世界中でのヒットとなったが、[[1987年]]に[[アメリカ合衆国]][[ハネウェル]]社が、同社の保有するオートフォーカス技術の[[特許]]侵害で訴訟を起こし、ミノルタは約1億ドルもの和解金を支払うこととなった。この特許侵害訴訟では[[サブマリン特許]]という概念が日本企業に認知された。{{main|ミノルタ・ハネウェル特許訴訟}}&lt;br /&gt;
このハネウェルとの特許訴訟に敗れたことに加え、[[キヤノン]]・[[ニコン]]が地道に改良を重ね、やがてカメラの売上でミノルタを上回るようになる。デジタルカメラの開発では競合他社に大きく遅れをとり、[[2003年]]にコニカと合併しコニカミノルタホールディングスとなってからも、[[CCDイメージセンサ]]を動かすことで手ぶれを補正する「アンチシェイク」など独自の技術で他社に挑んだものの努力は実らず、次第に業績が悪化。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]][[1月19日]]、コニカミノルタホールディングスは翌[[2006年]]3月末に写真フィルムからレンズ・カメラに至る全ての写真関連分野から撤退することを発表した。「α」ブランドを含むデジタル一眼レフカメラについては先に提携を発表していた[[ソニー]]に譲渡し、同時期をもって長年続いたミノルタのカメラ事業は幕を閉じた。&lt;br /&gt;
{{main|ミノルタのカメラ製品一覧}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ロッコール ==&lt;br /&gt;
ミノルタは早い時期からガラス溶解、研磨、コーティングまですべて自社の工場で行い「ロッコール」ブランドをつけていた。[[1941年]]入社の[[斎藤利衛]]に率いられた設計陣により設計されよく写る優秀なレンズが多く、レンズ製品のブランドロッコールはミノルタ製カメラの名を高らしめる原動力となった。ロッコールの名称は創業地である西宮市から近い[[神戸市]][[六甲山]]にちなんで命名された。世界で初めてマルチコート（2層・アクロマチックコーティングと呼ばれる）が施されたのもロッコールレンズであり、このコーティングをされたレンズ特有の緑色の反射光から「緑のロッコール」と呼ばれ、有名になった。しかし1981年、ロッコールの名称は消えて単に「ミノルタレンズ」と表記されるようになった。これに関しては「レンズに独自の名称をつけないという当時の風潮に従った」という説と、「ニューMDレンズ開発の際、一部の光学レンズの供給を他社に頼ったため」との説がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ロッコールレンズには「ROKKOR-QF」というように、最後にアルファベット2文字の記号が付いているものがある。これはレンズの群数・枚数を表している。記号と数字の対応は以下の通りである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 群数記号&lt;br /&gt;
: T=3、Q=4、P=5、H=6、S=7、O=8、N=9&lt;br /&gt;
; 枚数記号&lt;br /&gt;
: C=3、D=4、E=5、F=6、G=7、H=8、I=9、J=10、K=11、L=12&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
したがって「ROKKOR-QF」は4群6枚となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また輸出向けレンズに限り「ROKKOR-X」、「CELTIC」の名前が付いているものが存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経営統合後の事業再編 ==&lt;br /&gt;
[[2003年]]8月に[[コニカ]]と経営統合し、[[持株会社]]コニカミノルタホールディングスを発足させた。その際、ミノルタはコニカミノルタホールディングスの子会社となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、2003年10月にミノルタはコニカミノルタホールディングスに合併し、ミノルタの各事業は以下の各傘下会社にそれぞれ継承された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*カメラ事業 コニカミノルタフォトイメージング&lt;br /&gt;
*:カメラ事業は、2003年10月にコニカミノルタカメラ（ミノルタが準備子会社として設立したミノルタカメラから改称）に継承されたが、[[2004年]]4月にコニカミノルタフォトイメージングと合併した。&lt;br /&gt;
*:カメラ事業から撤退した[[2006年]][[4月1日]]には、カメラ並びにその関連製品（ただし、レンズ付フィルム「撮りっきりMiNi」は除く）の修理及び製品の問い合わせ等のアフターサービスは[[ソニー]]のち[[ケンコー・トキナー]]に委託された。&lt;br /&gt;
*:双眼鏡は株式会社ケンコー・トキナーに委託された。&lt;br /&gt;
*:2011年3月をもってコニカミノルタ製品のアフターサービスはケンコー・トキナーへ継承され、コニカミノルタフォトイメージングは[[解散]]した。&lt;br /&gt;
*計測機器事業 コニカミノルタセンシング&lt;br /&gt;
*オプト（レンズユニット、光学撮像素子、デジタルディスクプレーヤー用レンズ）事業 コニカミノルタオプト&lt;br /&gt;
*複写機事業 コニカミノルタビジネステクノロジーズ&lt;br /&gt;
*プラネタリウム事業 [[コニカミノルタプラネタリウム]]&lt;br /&gt;
*カメラ関連 ソニー製品情報&amp;lt;ref group=&amp;quot;ex&amp;quot;&amp;gt;[https://www.sony.jp/ ソニー製品情報]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*双眼鏡関連 ケンコー光学製品&amp;lt;ref group=&amp;quot;ex&amp;quot;&amp;gt;[https://www.kenko-tokina.co.jp/optics/ ケンコー光学製品]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、コニカミノルタセンシングとコニカミノルタオプトは2012年4月に事業再編を行い、コニカミノルタオプティクスとコニカミノルタアドバンストレイヤーに改称。2013年4月にグループ内の再編に伴い、コニカミノルタオプティクス、コニカミノルタアドバンストレイヤー、コニカミノルタビジネステクノロジーズを含む事業子会社7社がコニカミノルタホールディングスへ吸収合併し、同社は[[コニカミノルタ]]株式会社となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*『クラシックカメラ専科No.12、ミノルタカメラのすべて』[[朝日ソノラマ]]&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[トヨタ・エスティマ]] - 同社の[[社用車]]として頻繁に用いられた&lt;br /&gt;
* [[トヨタ・ハイエース]] - 同上&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat}}&lt;br /&gt;
* [https://www.konicaminolta.com/jp-ja/index.html コニカミノルタホームページ]&lt;br /&gt;
* {{Wayback|url=http://www.minolta.co.jp/japan/index.html|title=ミノルタ|date=20000609051005}}&lt;br /&gt;
{{Reflist|group=&amp;quot;ex&amp;quot;}}&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:みのるた}}&lt;br /&gt;
[[Category:コニカミノルタ]]&lt;br /&gt;
[[Category:かつて存在した日本のカメラメーカー]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のカメラメーカー・ブランド|廃]]&lt;br /&gt;
[[Category:かつて存在した大阪府の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:1928年設立の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:2003年廃止の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:2003年の合併と買収]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Medical body</name></author>	</entry>

	</feed>